はいくる

「スナッチ」 西澤保彦

SFやホラーの分野では、しばしば<主要登場人物が何者かに体を乗っ取られる>というシチュエーションが登場します。見た目は本人そのものなので周囲は異変に気付かず、狼藉を許してしまうというハラハラドキドキ感がこの設定のキモ。乗っ取られる側にしても、<完全に意識が消滅する><意識はあるが指一本動かせず、自分の体の悪行を見ているしかない><無意識下(睡眠中とか)に悪行が行われるため、乗っ取られた自覚ゼロ>等々、色々なパターンが存在します。

登場人物の見た目が重要な要素になるせいか、小説より映像作品でよく出てくる設定な気がします。私が好きなのはハリウッド映画の『ノイズ』。宇宙からの帰還後、別人のようになってしまう夫を演じたジョニー・デップがミステリアスで印象的でした。では、小説界でのお気に入りはというと、ちょっと特殊な作風ながらこれが好きなんですよ。西澤保彦さん『スナッチ』です。

 

こんな人におすすめ

特殊な設定のSFミステリーに興味がある人

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三十一年の間に、一体何が起こったのだろう---――ある日、宇宙から飛来した地球外生命体に体を乗っ取られた大学生・充生。彼の意識は完全に消滅した、はずだった。それから三十一年後、充生は突如として自我を取り戻す。知らぬ間に五十三歳になっていた充生が知る両親の死。最愛の女性・美和子との結婚と離婚。そして、今や元妻となった美和子の急死。なぜ自分がこんな目に。失われた三十一年の間に何があったのか。訳が分からぬまま、歳月を埋めるかのように関係者を訪ねて回る充生だが、間もなく彼の周囲で人死にが相次ぎ始める。この連続殺人事件の渦中にいるのは、まさか僕?混乱しつつ推理をめぐらす充生が、最後に見つけた真相とは・・・・・謎が謎を呼ぶ、異色SFミステリー

 

<登場人物が体を乗っ取られる>系の物語の多くには、悲壮感や陰鬱さが漂っています。自分の、あるいは愛する人の体が何者かに侵食され、中身だけ別人になってしまうのですから、それも当然でしょう。ところが本作の場合、西澤保彦さんの筆致のせいか、悲惨極まりない状況なのになんだか軽妙でユーモラス。クスリとさせられる描写も結構あり、不思議と後味悪くないのです。

 

昭和五十二年、日本は四国を中心として、突如、正体不明の地球外生命体の襲来を受けます。これにより主人公・充生を含む一部の日本人は地球外生命体に体を乗っ取られ、自我は消滅。そのまま生涯を送るはずでした。ところが三十一年後、消えたはずの充生の自我が、突然甦ります。知らぬ間に自分が五十三歳になっていたこと、両親がとうに鬼籍に入っていること、婚約者だった美和子と結婚・離婚を経ていたこと、その美和子が殺害されたことを知り、呆然とする充生。何もせずにはいられず、再婚していた美和子の家族をはじめ、関係者を訪ねて回ります。その矢先に相次ぐ、謎の連続殺人事件。もしや、この事件の核となっているのは僕ではないか。不自由な体と乏しい情報から、懸命に事件に挑もうとする充生ですが・・・・・

 

最初に言っておきますが、本作は西澤ワールドらしく、とんでもなく奇抜な設定が前提となっています。序盤の地球外生命体襲来により体を乗っ取られたのは充生一人ではなく、二百万人を超す日本人(多くは四国在住者)であること。あまりにも人数が多い上、DNAも知識も記憶も完全に本人そのもののため、もはや彼らを排除することはできず、社会全体で地球外生命体の地球暮らしをサポートする体制ができあがったこと。乗っ取られた人の精神は基本的に消滅するものの、何かの拍子に意識を取り戻すことがままあること。この場合、一つの肉体の中に本人と地球外生命体の意識が同時に存在し、コミュニケーションを取り合うことが可能なこと。意識が二つ存在する精神的ストレスから、自我を取り戻した人間は早死にする傾向にあるということetcetc。西澤保彦さんだからこそ成立するトンデモ設定の数々に圧倒されること請け合いです。

 

これで決して分かりにくくないところが、本作のすごいところ。前半、呆然とする充生に対し、役所の地球外生命体サポート担当者(!)が事態を懇切丁寧に説明してくれることもあり、突飛すぎるシチュエーションもすんなり理解できました。これは、体を乗っ取った地球外生命体とやり取りできる点も大きいでしょうね。体を共有している二人の状況は、例えて言うと『ど根性ガエル』のひろしとピョン吉のようなもの。意識はあるものの指一本動かせない充生は、生活すべてを地球外生命体に頼らざるをえません。一方、地球外生命体の方も、<ストレスが溜まりすぎると病気になり、急死してしまう>というリスクがあるため、充生にはできるだけ穏やかな精神状態でいてもらう必要があります。混乱する充生(および読者)に噛んで含めるように状況を教え、知識を与え、できるかぎり要求を叶えてあげようとします。こうしたフォロー体制のせいか、置いてきぼり感はほぼゼロ。このシチュエーションをこれだけ分かりやすく描けるなんて、つくづく才能ある作家さんだなと思います。

 

SF設定だけでも本一冊分くらい十分書けそうですが、本作にはさらに連続殺人というミステリー要素も絡んできます。いわゆるミッシングリンクもので、死んでいく登場人物達は一見無関係。そこが徐々に繋がり、クライマックスの謎解きで真相発覚となる流れは読み応えありました。西澤保彦さんの作品の場合、<登場人物達の会話の中でだけ真相が仄めかされ、現実でどう落着したかは不明>というパターンが一定数あるのですが、本作はきっちり警察が絡み、犯人逮捕に至ります。この展開が、本作の読後感の良さに一役買っていた気がします。

 

そんなこんなでお気に入りの一冊なのですが、注意点を一つ。作中には、癌をはじめとした病気・その治療法に対するかなり極端な描写があります。人によっては、不愉快と感じるレベルかもしれません。ただ、忘れちゃいけないのは、それを語っているのが地球外生命体であるということ。現実世界での価値観はひとまず置いておき、トンデモ設定のSFとして読むことをお勧めします。

 

世界観・ロジックの組み立て方がお見事!度★★★★☆

何事にも折り合いって大事だよね度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     宇宙人に乗っ取られて31年目に自我を取り戻した。
     周囲で殺人事件が起きている~大変興味深い設定でこれは是非とも読みたいです。
     大学生を乗っ取った宇宙人はどうなったのか?
     ミステリーはどのような展開で進んで行くのか~病気に対する治療法の描写も気になります。
     早速図書館で検索します。
     誰かが借りていれば予約出来ますが、図書館にあるとパソコンで予約出来ないのが残念です。

    1. ライオンまる より:

      特殊な設定が多い西澤ワールドの中でも飛び抜けた突飛さだと思います。
      かなり好き嫌いが分かれそうなものの、不思議とクセになるんですよ。
      図書館では、誰かが館内で閲覧中の書籍は予約できないですものね。
      残念な思いをしたことが何度もあります。

  2. しんくん より:

     書庫にあったので出して貰いました。
     高知県出身の西澤さんの故郷への愛着を感じました。
     宇宙人に身体を乗っ取られて宇宙人が地球人として暮らしている~その宇宙人が地球人と暮らしていて、その中で自我を取り戻して殺人事件の真相を調べるという波乱過ぎる展開に一気読みでした。
     何より健康、また癌に対する考え方が印象的でした。
     「人格転移の殺人」のようにハッピーエンドで読後感が良かったです。

    1. ライオンまる より:

      西澤保彦さんの著作には高知の登場頻度が高いのですが、いずれの描写も丁寧で、郷土愛がひしひし伝わってきます。
      設定は奇抜ですし健康論もかなり強引なものの、それでも読ませる筆力はさすがですよね。
      この作風を真似できる作家さんは少ないんじゃないかと思います。

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