はいくる

「謎亭論処(めいていろんど) 匠千暁の事件簿」 西澤保彦

<事件解決>とは、果たしてどのタイミングを指すのでしょうか。<捜査>という観点からいうと、犯人を逮捕したタイミング。もっと踏み込むなら、逮捕後、裁判によって動機や犯行方法等がすべて明らかとなり、然るべき刑を科されたタイミングだと考える人が多い気がします。

ただ、創作の世界に関して言えば、必ずしも逮捕や裁判が事件解決の必須条件となるわけではありません。登場人物の会話や独白、回想等で真相発覚・事件解決となることもあり得ます。「で、この後どうなるの!?」「犯人は捕まったの!?」というモヤモヤ感を残すことが多いため、イヤミスやホラーのジャンルでしばしば出てくるパターンですね。消化不良という批判を浴びがちですが、私はこういう後味の悪さが大好きです。そして、登場人物のやり取りで謎解きするという作風なら、やっぱりこの方でしょう。今回は、西澤保彦さん『謎亭論処(めいていろんど) 匠千暁の事件簿』を取り上げたいと思います。

 

こんな人におすすめ

・多重解決ミステリーが読みたい人

・『匠千暁シリーズ』が好きな人

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突如消え失せた答案用紙と車の行方、不可解な督促状に込められた恐ろしい悪意、上履きの大量消失事件からあぶり出される罪と罰、元婚約者の死を巡る歪んだ愛憎劇、これみよがしに騒ぐ男女の意外な正体、謎めいた密室殺人事件に対する美女の見解、不幸の手紙に仕掛けられた卑劣な企み・・・・・読むと一杯やりたくなる、『匠千暁シリーズ』ファン必見のミステリー短編集

 

西澤保彦さんの著作の中でも人気が高い『匠千暁シリーズ』の中の一冊です。タック(匠千暁)、タカチ(高瀬千帆)、ボアン(辺見祐輔)先輩、ウサコ(羽迫由起子)の四人が喋ったり飲んだり食べたりしながら謎を解いていくのがお決まりのパターンで、作中でがっつり警察の捜査が行われる描写はごくわずか。登場人物達の会話の中で真相が仄めかされるも、それが真実だという物的証拠はなし、という西澤作品お馴染みのイヤミスばかり収録されています。スパッとした法的な解決を望む読者には物足りないかもしれませんが、私はこのイヤ~な感じが病みつきになりました。

 

「盗まれる答案用紙の問題」・・・女子校で教師として働く辺見(ボアン先輩)は、ある夜、校舎に忘れ物を取りに帰った時、密かに憧れていた女性同僚と遭遇する。偶然を喜ぶ間もなく、自分のデスクからは採点済みの答案用紙が消え、なんと駐車していた車さえなくなったことに気付き、呆然とする辺見。幸い、答案用紙と車は無事戻ってくるのだが・・・

ちゃらんぽらんだったボアン先輩が、女子校教師になっていることにまずビックリ。女の園!と浮かれられるはずもなく、女子高生のパワーに圧倒されっぱなしなところが、いかにもという感じで笑えます。事件自体はさらりとした感じですが、中盤に出てくる、勘違いした男の妄執描写が超不快・・・でも、こういう人、いるんだよなぁ。

 

「見知らぬ督促状の問題」・・・ウサコがボアン先輩に持ち掛けた相談を、なりゆきで聞くことになるタックとタカチ。曰く、女友達・倫美のもとに、覚えのない家賃督促状が届くのだという。おまけにこの督促状、受け取った女学生がキャンパス内に複数いるらしいのだ。これはただの悪戯や誤配ではなく、何者かの作為があるのではないか。一同が対策を練る間もなく、女学生の一人が殺害され・・・・・

人死にが出ていることもあり、収録作品の中で一番後味が悪いです。殺人犯はともかく、目論んだ人間は法律で裁けないであろうところが、胸糞悪さに拍車をかけていました。ところでこの話、大橋薫さんにより漫画化されています。綺麗なタッチの絵を描かれる方なのですが、終盤、悪意を持った人物の作画がめちゃくちゃ怖い!この場面は、原作小説に挿絵として入れてほしいと思うくらい、インパクトありました。

 

「消えた上履きの問題」・・・辺見が勤める女子校のとあるクラスで、全員分の上履きが盗まれるという騒ぎが起こる。上履きはすぐに発見されるものの、時置かずして、欠席中だった女生徒・智佐が遺体となって見つかった。辺見は、日頃から智佐と不仲だった女子三人組の様子が気になって・・・・・

女子校という環境の特色がしっかり描かれた話でした。不安定な年頃の同性が一つの教室で机を並べるわけですから、行き違いがあるのは必至。そこでどうやって折り合いをつけるかが社会勉強になるのですが・・・まさか、こんなやり方を選んでしまうとはね。「こんな奴、絶対にいない!」と言い切れないのが、怖いところです。

 

「呼び出された婚約者の問題」・・・大学院生のウサコは、刑事である夫・平塚から、捜査中の事件の話を聞く。一人の女性が、男と共に車中で遺体となって発見された。状況からして、どうやら無理心中らしい。この女性は、亡くなる前、かつて婚約していた男性医師に急に連絡を取っていたという。その内容は「私と会ってほしい。今、あなたが婚約中の女性も連れてきて」という、なんとも奇妙なもので・・・・・

ミステリーとしての完成度は「見知らぬ督促状の問題」の方が上だと評価されているようですが、私はこの話が一番好きです。人間の欲望の屈折した感じがすごくよく表れていて、イヤミス好きの心をくすぐりまくってくれました。被害女性を哀れであると同時に、やっぱり厄介だと思わせてくれる描写も巧い!あと、ウサコと平塚刑事の結婚に至るまでの話をもっと知りたいです。

 

「懲りない無礼者の問題」・・・辺見のクラスの生徒が、駅で見かけた奇妙な男女。やたら派手な格好をした二人組で、大声でこの町や住民に対する悪口を喚き散らしていたという。実は似たような二人組が二年前にも出没しており、この時は居合わせた学生とトラブルになったらしいのだが・・・・・

こうやって公共の場で大騒ぎする人達って現実にも存在するので、光景をありありと思い浮かべることができました。この話の場合、二年前の暴行死事件と絡めてあるところがミソ。真相が分かってみると、最後の一行がものすごく怖かったです。どうでもいい話ですが、ボアン先輩目線で進む話はこれで三話目。収録作品中、一番多いです。学校教師という職業は、トラブルと関わらせやすいのかな。

 

「閉じこめられる容疑者の問題」・・・大学生カップルが、飲み屋で未解決事件について意見を交わす。若夫婦と妻の母親が三人暮らししていた家で、妻の母親が遺体となって発見された。現場は密室状態であり、同居していた若夫婦は睡眠薬により熟睡中。状況からして若夫婦のどちらかによる殺人、あるいは母親の自殺の可能性が濃厚だ。と、そこで、たまたまカップルの会話を聞いていた美女が話に加わってきて・・・・・

誰がどう見ても、この<美女>はタカチのこと。何かとタックと行動することが多いタカチですが、なかなかどうして優れた安楽椅子探偵ぶりを見せてくれます。話としては、本作の中では珍しい、ストレートな密室殺人もの。着地点も実に正当派で、捻った話が多い収録作品の中で目立っていました。西澤保彦さんの作品の中で、こういう王道を行くタイプの話は珍しい気がします。

 

「印字された不幸の手紙の問題」・・・家庭教師のアルバイトをしているウサコは、受け持ちの生徒から不思議な話を聞く。生徒の周囲では、奇妙な不幸の手紙が流行っているらしい。よくある不幸の手紙に、文面だけ印字された不幸の手紙が同封され、「同封の手紙に誰かの宛先を書いて郵送すれば、あなたは不幸を免れられます」と書いてあるのだという。おまけにこの手紙、指示に従って同封の手紙を誰かに郵送した人ほど、災難に遭っているようで・・・

不幸の手紙という、レトロかつ卑劣なアイテムと、隠された真相の陰湿さの絡め方が秀逸でした。ちょっと回りくどい気もしますが、なんとなく犯人の気持ちも想像(not理解)できちゃうんですよね。西澤保彦さん、つくづく<絶対に表に出す気はないであろう悪意>を描写するのが巧いです。

 

「新・麦酒の家の問題」・・・ボアン先輩により、家主不在の豪邸に連れて行かれたタック、タカチ、ウサコ。家にはビールが大量にストックしてあり、四人は飲むわ食べるわで盛り上がる。と、ここでボアン先輩は衝撃の真実を告白した。実はここは、ボアン先輩の元恋人の家。彼女は自身が人妻であることを隠しており、事実を知ったボアン先輩が別れようとしても、絶対に受け入れないのだという。ボアン先輩は、相手を幻滅させれば別れてくれるかもと目論み、今回、許可なく家に侵入しての宴会騒ぎを決行したらしく・・・

シリーズ三作目『麦酒の家の冒険』のリメイクとも後日談とも言える話です。話自体は独立していますが、両方読んだ方が面白さが増すかもしれません。トリックはかなり強引なものの、とにかく四人が楽しそうなので許す!このシリーズ、主人公達が成長し、それぞれ就職や結婚をするので、全員集合しての絡みが少なくなるんですよ。その寂しさを吹き飛ばすほどの賑やかさでした。

 

このシリーズは長編短編合わせて現在十作目まで刊行されていますが、長編は時系列通りに進んでいき、短編集は時系列が入り乱れているという形式です。作品によって出版社が違うこともあり、どの作品から読めばいいか、混乱するかもしれません。私のイチオシは刊行順ですが、ネット上にはファンによる<シリーズ年表><分かりやすい読む順番表>等がいくつも公開されているので、良ければ参考にしてみてください。

 

このモヤモヤ感が癖になる度★★★★☆

登場人物の掛け合いが超楽しい!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     このシリーズは初めて知りました。
     主人公のキャラクターが気になります。
     高校、大学、家庭教師など学生・学校がメインですね。
     1作目から読みたくなりました。
     中山七里さんの作風に似ていると感じます。
     中山七里さんの新作「鬼の哭く里」読み終えました。
     登場人物が毒島に近いキャラクターに櫛木理宇さんのような因習、
     「ワルツを踊ろう」のような背景がありました。
     「薔薇を拒む」と「Q&A」も借りて来ました。

    1. ライオンまる より:

      西澤保彦さんにしては珍しく、SF要素一切なしのシリーズなので、読みやすいと思います。
      基本的に一話完結型ですが、長編一作目「彼女が死んだ夜」から読めば、主人公達の成長ぶりがよく分かるのでオススメですよ。
      「鬼の哭く里」、新刊情報で見てからずっと気になっていました。
      早く図書館に入ってほしいです。
      こちらは「有罪、とAIは告げた」がやっと届きました。

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