世界各国には様々な童話があります。勧善懲悪のヒーロー話からおどろおどろしい怪異譚、くすりと笑えるほのぼのストーリーまで、その作風は千差万別。物語として面白いだけでなく、現代にも通じる教訓や風刺が込められているものも多く、大人になってから読んでも楽しめます。
そんな童話の中でも、『不思議の国のアリス』のシュールさは群を抜いていると思います。主人公・アリスが見た夢の話なだけあって、登場人物の背丈が伸びたり縮んだりするわ、動植物がいきなり喋るわ、道具が擬人化するわとやりたい放題。この奇妙さのせいか、『不思議の国のアリス』がゲームや小説のモチーフとして使われる場合、どことなく不気味で謎めいた作品になることが多いようですね。例を挙げると、小林泰三さんの『アリス殺し』や、当ブログでも取り上げた柴田よしきさん『紫のアリス』といったところでしょうか。もちろんそれはそれで面白いのですが、不気味なのは苦手という読者のため、今回はほっこりと希望のある作品をご紹介したいと思います。加納朋子さんの『螺旋階段のアリス』です。
こんな人におすすめ
日常の謎を扱ったミステリー短編集が読みたい人

<ニート>の正式名称をご存知でしょうか。<Not in Education,Employment or Training>の略称で、勉強することも就労することも職業訓練を受けることもない者を指します。年齢は、一般的には十五歳から三十四歳までと定義されているとのこと。「五体満足な人間が、教育や勤労の義務も果たさずだらだらしているなんて」と、世間の厳しい目に晒されることが多い立場です。
女子校という言葉を聞いて、どんなイメージが思い浮かぶでしょうか。お嬢様達が優雅に微笑み合う女の園か。あるいは、大奥ばりの権謀術数が渦巻く伏魔殿か。実際に女子高出身の私に言わせれば、どちらも否。共学校と同じく、楽しいこともあれば嫌なこともある、普通の学校です。ただ、同世代の異性の目がない分、女の良い所悪い所がより強調されるという面はあると思います。
大人はしばしばこういう言葉を口にします。「子どもはいいな。何の悩みもなくて」。確かに、必死で生活費を稼いだり、育児や介護に追われたりする大人からすれば、子どもはいつも屈託なく無邪気に見えるかもしれません。というか、そうあって欲しいというのが、大人の本音なのでしょう。
<兄弟は他人のはじまり>ということわざがあります。意味は<血を分けた兄弟(姉妹)でも、成長するにつれ環境や価値観が変わり、情が薄れ、他人のようになっていく>ということ。ちょっと寂しいですが、肉親とはいえ違う人間なのですから、仕方ないことなのかもしれません。
「長編小説は読むのに時間がかかる。短い時間でも気軽に読める短編小説の方が好き」という意見をしばしば耳にします。長編と短編、どちらが優れているかは決められないものの、所要時間の少なさという点では、短編に軍配が上がるでしょう。その短編よりさらに短い小説が<ショートショート>です。何をもってショートショートとするか、明確な定義はないようですが、<一ページから数ページに収まる長さであり、意外な結末を迎えるもの>という解釈が一般的なようですね。
私は昔から食べることが大好きです。嫌なことがあれば好物を食べてリフレッシュしようとするし、旅先でまず調べるのは現地の美味しいお店や名物料理。だからこそ、美味しい料理を作ってくれるコックさんのことは無条件で尊敬してしまいます。
高齢者ドライバーによる事故が取り沙汰されるようになったのはいつからでしょうか。正確なところは分かりませんが、ここ数年で、メディアが高齢者による事故を大きく取り上げる率は確実に上がっている気がします。年齢を重ねると、視力や筋力が落ちたり、反応速度が遅くなったりして、事故を引き起こす危険性が高まるとのこと。普通に扱えば便利な車も、ひとたび間違いを犯せば、走る凶器になりかねません。
私は自他共に認める運動下手な人間ですので、体を動かす遊びはあまり得意ではありません。反面、インドア系の趣味は色々やりました。読書はもちろんのこと、映画鑑賞、音楽鑑賞、観劇、お菓子作り、ジグソーパズル、猫カフェ巡りetc。そんな中、歌舞伎には何となく興味を持てませんでした。あの独特の台詞回しや化粧に馴染めなかったんだと思います。
小学校時代、図書室に置いてあった本は、当然ながら子ども向けの児童書が主でした。それから中学、高校と進むにつれて図書室のラインナップは徐々に大人向けになっていきましたし、自分で本屋巡りをして一般書籍を買う機会も増加。大人向けの本の方が生々しく露骨な描写が多いこともあり、イヤミスやホラー好きの私は児童書から遠ざかりました。