はいくる

「トーキョー国盗り物語」 林真理子

「一番印象に残っている時代は?」というアンケートがあるとしたら、どんな答えが集まるでしょうか。回答者の立場によって違うと思いますが、ある世代以上の人達なら、恐らくバブルの時代を挙げると思います。これは一九八六年から一九九一年にかけて起きた好景気のことで、地価高騰やリゾート地開発、就職活動における売り手市場など、様々な社会現象が発生しました。私自身は小さかったためほとんど意識しませんでしたが、「バブルの頃はね・・・」と思い出話をされた経験は数えきれないほどあります。きっと、それほど強烈な印象を残す時代だったのでしょう。

バブルの時代を扱った小説の例を挙げると、黒木亮さんの『トリプルA 小説格付会社』、楡周平さんの『修羅の宴』、当ブログで過去に紹介した貫井徳郎さんの『罪と祈り』などがあります。いずれも、バブルの波に揉まれ、踊らされる人間の業の深さをテーマにしていました。そういう話ももちろん面白いのですが、ずっしりした小説を読んだ後には、明るく口当たりのいい小説が読みたくなるもの。今回は、バブル期に前向きに逞しく生きていく女性達の小説を取り上げたいと思います。林真理子さん『トーキョー国盗り物語』です。

 

こんな人におすすめ

女性の幸せ探しをテーマにした小説が読みたい人

スポンサーリンク

私達は幸せになる能力がある---―向上心溢れる努力家の笙子(26)、美貌を活かして婚活で成功を目論む美保(28)、ライターとしてのキャリアアップを目指すドライな絹(25)。ひょんなことから知り合い、友達となった三人は、それぞれの幸せに向かって邁進する。転職、起業、結婚、挫折、そして再生。何度も転んでは立ち上がる彼女たちの幸せ探しの行方とは・・・

 

「バブル時代の明るい小説ってどんなものがあったっけ?」と考えた時、真っ先に思いついたのがこれです。林真理子さんの著作の中には『下流の宴』『聖家族のランチ』等々、どろどろした愛憎入り混じる作品も多々ありますが、本作の雰囲気はあくまで明るくポジティブ。ヒロイン三人の物語が同時進行で描かれるためテンポも良く、彼女達が挫折を味わうシーンでも嫌な気持ちを引きずることはありませんでした。

 

つまらないパーティーから抜け出したことがきっかけで友達となった三人の女性。一般企業に勤めるOLの笙子は、単調な人生に変化を起こしたいと思っています。ブティック店員の美保は、人も羨む美貌を活かし、理想的な伴侶を得ようと必死です。ライターの絹は、女であるという社会的ハンディキャップを跳ね除け、自分の作品でのし上がろうと考えています。若く行動力ある三人には、やがて転機が訪れました。会社を辞め、有能な女性社長が率いる人材派遣会社に転職した笙子。夢見た通りの男性と出会い、結婚を目指して試行錯誤する美保。自らの書いた『セックスしない症候群』が大々的に出版されることになった絹。それぞれ夢を実現するかに見えた三人ですが、そこでは予想外の困難が待ち受けていたのです。

 

紹介しておいてなんですが、本作は「全然共感できない」と感じる読者も一定数いると思います。その理由は、恐らくですが、ヒロイン三人の思考回路や行動パターンがあまりにもバブル時代に染まっているから。美保が「エリート一族の彼氏と結婚するためには、堅い職場の方が好印象だろうから」と、真面目に勤めていたアパレルの仕事をあっさり辞め、派遣社員として研究所で働き始める辺りなんて、就活で苦労した世代からすれば噴飯ものでしょう。その他、転職したての笙子が経費をガンガン使って新規プロジェクトを実施したり、ライターの絹がフローリングの部屋で一人暮らししているのを見て、他の二人が「さすがマスコミ関係者」とため息をついたり、今と比べると「??」となる描写も結構あります。

 

ですが、読み進める内、あまりにも必死な三人の姿に、不思議とそういう違和感が気にならなくなるんですよ。当たり前の話ですが、どれだけ時代が変わろうと、幸せになりたいのは皆同じ。「平凡なまま終わりたくない」「人も羨むような結婚がしたい」「自分の腕だけでのし上がりたい」と願う人は、何百年前だろうと現代だろうと大勢いるでしょう。本作のヒロイン達の場合、あけすけであっても嫌らしくはないため、つい「いいぞ!頑張れ!」と応援してしまいます。

 

また、彼女達が直面する挫折の描き方も上手いです。よくある話なら、「順調だったはずだけど失敗し、立ち直りました」となるところですが、本作は違います。彼女達が味わうのは<自分のしたことのせいで大事な人の幸せをぶち壊してしまう>であり<他人がしたことのせいで自分の幸せが台無しになる>という苦悩。この衝撃、絶望感、やるせなさは大変なもので、もし私なら一生立ち直れず引きこもるかもと思うほどでした。そこから三人がどう動き出すのか、お互いにどう協力し合うのかが本作のクライマックスとなるわけですが、これがとても逞しいもので、読後感は最高です。自分の幸せをぶち壊した相手に対する<済んだことは仕方ないが、謝罪されても「許す」とは言わない>という態度も共感できます。そりゃそうだよね。

 

ラストで三人が新たな一歩を踏み出せたのは、身も蓋もない言い方をしてしまえば、バブルの時代で景気が良かったからです。不況時代ならこうはいかなかったのでしょうが、こういう時代があったことは事実。時代の波に乗り、生き生きと笑い、泣き、怒る女性達の姿が目に浮かぶようでした。ドラマ向けの素材だなと思ったら、やっぱり一九九三年にNHKでドラマ化されているみたいです。レンタルショップに置いてあるかな?

 

野心って女性も持つべきなんだな度★★★★☆

最後の台詞に超共感!度★★★★★

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    バブル時代の働く女性を描くとくれば林真理子さんですね。
    今まで何冊も読みましたがバブル時代とバブル崩壊の光と闇を見事に描いて惹き込まれました。「下流の宴」はその最たるものだったと感じます。
    バブル崩壊してからしばらくして社会に出た自分として共感出来るかどうかは分かりませんが読んでみたいですね。

    1. ライオンまる より:

      「下流の宴」が人間の負の側面をしっかりと描いていたのに対し、本作の雰囲気はあくまで明るく前向きです。
      主役三人がとにかくエネルギッシュなので、辛い出来事があっても嫌な気持ちになりません。
      今のような社会情勢の時には、こういうポジティブな小説が読みたくなりますね。

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください