はいくる

「いつかパラソルの下で」 森絵都

小説のテーマになりがちな問題は色々あります。<親子の確執>はその筆頭格と言えるのではないでしょうか。近い血の繋がりがあり、本来なら愛情と信頼で結ばれるはずの親子。ですが、近いからこそ、場合によっては憎しみや葛藤の対象ともなり得ます。下田浩美さんの『愛を乞う人』や山崎豊子さんの『華麗なる一族』、唯川恵さんの『啼かない鳥は空に溺れる』などでは、そんな親子の愛憎劇が描かれました。

ただ、上記の例からも分かる通り、小説に出てくる親子の確執は<父と息子><母と娘>というケースが多い気がします。やはり同性同士の方が、反発や共感の情が湧きやすいからでしょうか。もちろん、それらもとても面白いのですが、今回はあえて<父と娘>の確執を取り上げた小説をご紹介します。森絵都さん『いつかパラソルの下で』です。

 

こんな人におすすめ

家族の確執をテーマにした小説が読みたい人

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命ある限り、誰もそこから逃れることはできない---――異常なほど厳格だった父への反発から、成人後は家を飛び出し、根なし草のような生活を送るヒロイン・野々。だが、父の死後、衝撃的な事件が家族を襲う。なんと、父の愛人だったという女性が現れたのだ。あれほど潔癖だった父に愛人がいたなんて。そもそも父はなぜ病的な頑固者になってしまったのか。疑問に思った野々ら子どもたちは、父の過去について調べ始める。どうやら鍵となるのは、父が口にしていた<暗い血>のようなのだが・・・・・迷える大人たちの再生を描いた、爽やかな成長物語

 

ここ最近、『みかづき』のような大人主役の小説も手がける森さんですが、もともとは『リズム』『DIVE!!』といった子どもの物語を書く作家さんでした。そんな森さんが、初めて大人を主人公にしたのが本作とのこと。確かに児童小説では絶対に使えないであろう用語が飛び出すものの、森作品独特の瑞々しさはそのままで、直木賞作家の面目躍如だなと唸らされました。

 

主人公の野々は、職を転々としながらふらふら生きる二十代。子ども時代、厳格な父に抑圧されて過ごした反動で、自由気ままな生き方をしています。そんな父も死に、そろそろ一周忌の打ち合わせをしようかという時期になって、思わぬ爆弾が投下されます。なんと、生前、父の愛人だったという女性が現れたのです。家族にあれほど厳しかったのに、自分は不倫していたというのか。父が愛人に対して語った<暗い血>とは一体何のことなのか。ショックを受けた野々と兄妹は、父の親戚に会い、さらには父の故郷に出向いて、父が抱えていた葛藤を探ります。そこには、予想外の真実が隠されていました。

 

と、こんな風に書くとやたら重苦しい物語のようですし、実際、本作を重苦しくできる要素は山ほどあります。父親の病的に厳しい躾、自由を欲するあまり仕事とも恋愛ともきちんと向き合えない野々、同じく抑圧された反動で軽薄な生き方しかできない野々の兄・春日、兄姉と対照的に父のお気に入りでいようと躍起になってきた妹の花。描写をほんの少し変えればげんなりするほど暗くシリアスな物語にできるのでしょうが、森さんらしい柔和な文章のせいか、本作の雰囲気はどこまでも優しくハートウォーミングです。こういうテーマを暖かく描いた作品って少ないので、「親子の確執に興味あるけど、ドロドロは嫌だな」という読者も安心して読めると思います。

 

何が優しいって、登場人物たちを導く森さんの筆跡がものすごく優しいんですよ。ちらりと書いた通り、物語序盤の段階で、野々たち三兄妹は健やかとは言い難い育ち方をし、きちんと大人になりきれていません。本当なら、読者が彼らの生き方に眉をひそめてもおかしくないのに、不思議と三人に感情移入し、応援してしまうんですよね。また、幸いにも彼らの側には「いつまでも親のせいにするな」と叱咤してくれる人間がいます。三人が父の隠された一面にショックを受け、怒ったり呆れたりしつつ、過去を知ることで徐々に父を受け入れて成長していく様子はなんとも爽やかでした。

 

注意点が一つあるとすれば、本作がかなり成人向けの内容だという所でしょう。森作品にしては珍しく、性生活の描写もかなり詳しいですし、<絶倫><不感症>といったワードもぽんぽん出てきます。そこさえ気にならないなら、じんわり胸に染み入る佳作だと思いますよ。あー、いかが食べたくなってきたなぁ。

 

生き方は自分のせいでもあるんだよ度★★★★☆

パラソルの下で一杯やれる日が来ますように度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    「みかづき」から何冊か読みましたが、このような内容に近い作品もあった気がします。
    ストイック、癖の強い家族じゃら逃れるという点では「みかづき」にも同じような設定だったと思います。
     自他共に厳しい父親の意外な裏側~返ってありふれている気もしますが、そこからどういう展開になるのか?面白そうです。
     図書館が閉館にならないうちにたくさん借りてきましたが、これはチェックしておきたい作品です。

    1. ライオンまる より:

      実は「みかづき」は未読なのですが、本作と通じる部分もあるんですね。
      家族関係が巻き起こす騒動を、森さんらしい、どことなくユーモラスな視線で描いていて、とても面白かったです。
      ちなみに私は図書館閉館情報に気付くのが遅れ、手持ちの本はあと一冊・・・
      たくさん借りておけたしんくんさんが羨ましいです!

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