はいくる

「僕の明日を照らして」 瀬尾まいこ

テレビや新聞のニュースを見ていると、数日と置かずして家庭内暴力に関する事件が目に付きます。言葉の使用法としては、配偶者への暴力を<ドメスティックバイオレンス>、子どもへの暴力を<児童虐待>と使い分けるんだとか。もちろん、暴力は誰に対してだろうと悪いことなのですが、腕力のない女性や子どもが犠牲になると、「許せない」という気持ちが一層強まります。

しかし、虐待がどんなに酷いものであったとしても、日本が法治国家である以上、「虐待犯は全員海に沈めました。めでたしめでたし」というわけにはいきません。加害者はなぜ虐待に走ってしまったのか。暴力がまかり通った背景は何なのか。そこをしっかり解明し、再発防止に努めないと、第二、第三の犠牲者が出る可能性すらあります。今回ご紹介するのは、瀬尾まいこさん『僕の明日を照らして』。家族間で行われる暴力について、改めて考えさせられました。

 

こんな人におすすめ

児童虐待にまつわる小説に興味がある人

スポンサーリンク

優しくて明るい、大好きな継父の優ちゃん。ただ一つ、母さんがいない時に暴力を振るうことを除いては---――母の再婚相手である優ちゃんを慕いつつ、その暴力に悩む主人公・隼太。母は暴力にまるで気づかず、自分の行為に落ち込む優ちゃんは家を出て行こうとする。そうすることで再び孤独な日々が戻ることを恐れた隼太は、なんとかして優ちゃんの暴力癖を治そうとするのだが・・・・・孤独な戦いを続ける隼太の、切なくも瑞々しい成長物語

 

いじめや自殺といった深刻なテーマを、どこか温かくユーモラスに描くのが瀬尾ワールドの特徴です。とはいえ、まさか児童虐待というテーマが出てくるとは思わず、図書館で借りた時は「本当に作者は瀬尾さん?」と確認し直してしまいました。しかし、考えてみれば瀬尾さんは元中学校教師。子どもに関わる問題に敏感なのは当然かもしれません。

 

中学二年生の主人公・隼太には悩みがあります。それは、スナック経営者である母の再婚相手(実父とは早くに死別)・優ちゃんが、時々キレて暴力を振るうこと。優ちゃん本人もこの暴力衝動に苦しめられていて、隼太を殴ってしまった後、責任を取って家を出て行こうとします。そんな優ちゃんを引き止めたのは、他でもない隼太自身でした。それは、幼い頃から一人で夜を過ごさせられていた隼太にとって、再び孤独な日々に戻ることは暴力以上に怖かったから。何より、自身も父親から暴力を振るわれて育ち、キレさえしなければ優しい仲良しの優ちゃんに愛情を感じていたからです。隼太は虐待の事実を周囲にひた隠しにし、優ちゃんが暴力衝動を抑えるための手段を模索し始めるのです。

 

この話をこれだけ穏やかな雰囲気で書けるとは、瀬尾さん、凄すぎる・・・冷静に考えると優ちゃんの所業は酷過ぎるのですが、語り手である隼太が優ちゃんを大好きなせいか、不思議とあまり悲惨さは感じないんですよ。怒りを抑えるためにはカルシウムが効果的と知り、ひじき料理を作ったりするなど、瀬尾さんらしいコミカルさもたっぷりちりばめられています。かといって、事の本質から逃げはせず、暴力が何を生み、結果として何を失わせるかをきっちり描いているところが印象的でした。

 

それにしても、瀬尾さんは本当に登場人物に優しいよなぁ。あらすじからも察せられますが、本作には世間的に言えば<ろくでもない人間>が出てきます。普段は優しいがキレると見境なく暴れる父親に、家庭の問題に気付こうともせず夜の仕事にのめり込む母親(再婚で経済的には安定したのに!)。主人公の隼太自身、友人の意思を無視して勝手に物事を進めたり、部活での出来事に腹を立てて先輩の靴をこっそり捨てたりするような少年です。それは間違いなく彼らの一部分ではあるけれど、全部ではない。その奥には、裏には、誰にも見せられない苦しみがある。そういう描写をしているからか、虐待の加害者である優ちゃんのことすら嫌いにはなれませんでした。

 

あと、相変わらず学校の描き方が抜群に上手いです。主人公の隼太をはじめ、友人のタナケンこと田辺健一に、淡い恋の相手となる関下、部活の先輩である斉藤に担任教師の岩村など、出番の多さに関わらず全員キャラクターが立っていて個性豊か。これはきっと、元中学教師という瀬尾さんの経歴ゆえでしょうね。中学生特有の不安定さやひたむきさをこれだけリアルに表現できる作家さんってなかなかいないんじゃないでしょうか。

 

いくら瀬尾さんの文章が優しいとはいえテーマがテーマですから、本当に苦手な人にとっては、最初の数ページを読むだけで辛いと感じるかもしれません。そういう時は、できれば本作のタイトルを思い出してほしいです。何があろうとも、明日が照らされるよう奮闘する隼太。彼の未来はきっと光あるものだろうと信じることのできる作品でした。

 

なぜか彼ら家族を応援してしまう度★★★★★

反抗したっていいんだよ度★★★★☆

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    瀬尾まいこさんの新作ですね。
    瀬尾さんというより辻村深月さんや湊かなえさんを想像するようなきつい設定と内容ですが、瀬尾さんらしい作風と優しさで読んでいて嫌な感じがしないというのが良いですね。
    辻村さんは教育学部出身、湊かなえさんも家庭科の教師の経験もあるそうですが、長年教師を勤めた瀬尾まいこさんの経験を元にした作品は、作家としてのセンスとは別にかなりリアルに感じて親としても考えさせられることも多い気がします。

    1. ライオンまる より:

      新作ではなく、2010年刊行の本なんですよ。
      子どもへの暴力という重苦しいテーマですが、不思議なくらい読みやすく、読後感も良かったです。
      瀬尾さんの子ども描写が秀逸なのは、やはり経歴ゆえでしょうね。

  2. しんくん より:

    最初から重苦しい雰囲気で読み辛いと感じましたが、暴力・虐待がありながらも読みやすく優しい雰囲気が漂う作品でした。
    中学生たちのスクールライフもまたリアルで中学校の様子が目に浮かびました。
    ラストが期待した終わり方ではなかったのが残念です。
    この作品の続編があれば~と思います。
    京都に近い滋賀在住ですので瀬尾まいこさんにお会いできたら、話してみようかな~と思いました。

    1. ライオンまる より:

      暴力と優しさ、この二つが並び立つ、まるで魔法のような作品だと思います。
      続編、ぜひとも読みたいですね♪
      九州在住の私が瀬尾さんとお会いする機会は少ないと思うので、しんくんさんに望みを託します!

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください