私は学生時代、家庭教師を付けていたことがあります。相手は大学生の女性で、勉強だけでなくプライベートの話も色々することができました。ああいうやり取りは、塾ではできないものだったでしょう。
家に招き入れるという性質上、家庭教師と生徒の距離は、学校や塾のそれより近くなりがちですし、時に家庭内のトラブルに関わることもあり得ます。いい師弟関係を築ければ最高ですが、家庭教師という存在が家の中に思わぬ波紋を呼ぶこともないとは言い切れません。本間洋平さんの『家族ゲーム』では、強烈な家庭教師が一つの家族を揺るがす様を描いていました。では、この家庭教師はどうでしょうか。坂木司さんの『先生と僕』です。
こんな人におすすめ
利発な少年が登場するコージーミステリーが読みたい人
怖がりで小心者のくせに、断り切れず推理小説研究会に入ってしまった大学生・二葉。血が出る話なんて大嫌いな僕に推理小説が読めるはずない!かといって入会した以上、活動しないのも悪いし・・・困り果てる二葉が、ひょんなことで知り合った中学生・隼人は、こう提案してきた。「僕が怖くない推理小説を教えてあげるから、交換条件として家庭教師をしてくれない?」---――書店の雑誌に貼り付けてあった謎の付箋、カラオケボックスから消えた女子高生、市民プールで見かけた不審な男、感じのいいギャラリーが抱える秘密、ペット販売サイトで見つけた意味深な書き込み。気の優しい大学生と聡明な小学生が、日常の謎を鮮やかに解決!
瑞々しい成長物語に定評がある坂木さんですが、意外なことに大学生メインの話って少ないんですよね。『シンデレラ・ティース』や『ホテルジューシー』の主人公は女子大学生ですが、話の中心となるのは彼女たちが夏休み中に行うアルバイト。『夜の光』は高校生の話だし、『和菓子のアンシリーズ』の主人公は高卒の和菓子屋従業員。そんな中、本作は珍しく、平凡な大学生活を送る大学生が主人公です。サークル活動や友達とのやり取りなど、いかにも普通の大学生らしい場面もあちこちにあり、自分の大学生活を思い出して懐かしくなりました。
「先生と僕」・・・なりゆきで中学生・隼人の家庭教師を引き受けることにした二葉。ある日、一緒に本屋に出かけた二人は、雑誌に電話番号が書かれた付箋が貼ってあるのを見つける。隼人の好奇心から、その番号に電話してみると、かかったのは思わぬ相手で・・・
導入話だけあって、<超が付く怖がりだが、対象を映像として記憶できる大学生><行動力・推理能力抜群の美少年>という二人のキャラクターが丁寧に描写されています。隼人が二葉に家庭教師を頼む理由が、<一人で勉強できるんだけど、心配性の母親が塾か家庭教師を付けないと落ちこぼれると騒ぐので、ふりでいいから家庭教師やって>というところ、いかにもマセガキ!って感じですね(笑)肝心の謎の方は、本にまつわる万引き騒動という読書家としては許せないものですが、主役コンビのやり取りが楽しいので嫌な気分にはなりません。
「消えた歌声」・・・友達と出かけたカラオケボックスでボヤ騒ぎに巻き込まれた二葉。幸い、犠牲者は一人も出なかったものの、ボックス内で見かけた女の子が、避難者の中にいないことに気付く。警官も出動する中、一体どこに消えたのか?
二葉の心配性ゆえの妄想癖が凄すぎる(笑)私も小心者な方ですが、さすがにここまでではないなぁ。こういう人には、隼人のように、好奇心旺盛でぐいぐい動くタイプが側にいた方がいいのかもしれませんね。なお、このエピソードの謎は、私にも珍しく予想できました。現実にも、この謎に関連した事故・事件が発生しているので、勘づく読者も多いのではないでしょうか。
「逃げ水のいるプール」・・・市民プールのタダ券を手に入れた二葉は、隼人と一緒に出掛けることにする。そこで区役所職員が何かメモをしているところを見かけるが、彼が落としたメモには不審な数字が書いてあって・・・・・
本作が刊行されたのは二〇〇七年。その頃と比べると、現代はこういう施設のセキュリティがより厳重化されてきていますので、この謎は成立しないかもしれませんね。それにしても、二葉の妄想癖&映像記憶能力は本当に凄い!<見たものを写真のように映像として記憶できる>って、冷静に考えるとしんどいことも多そうな能力ですが、隼人のおかげで有効活用できてめでたいです。
「額縁の裏」・・・誘われるがままギャラリーにふらりと立ち寄った二葉。その日は何事もなかったが、後日、ギャラリーからまた鑑賞に来てほしいというメールが入る。この話を隼人にしてみると、思ってもみない反応が返ってきて・・・・・
これまで順調だった二葉と隼人の師弟関係が、初めてぎくしゃくするエピソードです。心配性のくせにお人好しで他人を拒絶できない二葉と、聡明であるがゆえに警戒心が強い隼人。どちらも間違っていない分、二人が喧嘩(というほどでもないけれど)する展開にはハラハラ・・・もちろん、後でちゃんと仲直りするのでご安心を。あと、このエピソードの謎は、私自身の大学時代にもよく問題になっていたので、感情移入しやすかったです。もちろん、こういうのは良い面もあるんだろうけど・・・やっぱり怖さの方が先に立つなぁ。
「見えない盗品」・・・ハムスターを飼い始めた隼人と共に、ペットショップに関する情報をインターネットで集める二葉。と、その中に妙な書き込みがあるのに気づく。それはペットを売買するかのような書き込みで・・
謎そのものよりも、ペットに対する二葉と隼人の見解の相違が興味深かったです。品種改良されたペットに不自然さと違和感を感じる隼人ですが、現代において「人の手が一切入っていないペットじゃなきゃ嫌」というのが難しいことも事実。子どもだからこその潔癖さを見せる隼人を、二葉が穏やかかつ理性的に宥めるところが良かったです。コ〇ン君ばりの優秀さを見せる隼人ですが、一部の大人の前ではちゃんと年相応で可愛いですね。
本好きとして注目してほしいのは、各エピソードで隼人が二葉に勧めるミステリー作品の数々。怖がりな二葉でも手を出せるようにと、<楽しさ>重視で選ばれた作品です。有名どころからマイナーなものまで色々あったので、興味のある方はぜひ調べてみてください。
ナイス凸凹コンビネーション!★★★★☆
謎はけっこうシリアスです度★★★★★