ヒューマン

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「琥珀の夏」 辻村深月

少し前から<親ガチャ>という言葉を聞くようになりました。これはカプセルトイやソーシャルゲームのアイテム課金方式の<ガチャ>になぞられた言い方で、<どんな親の元に生まれるか、事前に自分で選ぶことはできない>という意味だとか。「甘えだ」「責任転嫁に過ぎない」という非難もある一方、DV等に苦しんで育った人達からは賛同を得ているようです。

私個人で言えば、どちらかといえば賛成する気持ちの方が大きいです。心身共に健康に成長した大人が「もっと金持ちの家に生まれたかった。親ガチャ外れた」と言うのは甘えだと思いますが、それが幼い子どもなら?その子の親が、子どもの人権など認めず、命すら危ぶまれるような目に我が子を遭わせる人間だったら?自立して生きていくことが不可能な幼児にとって、どんな親の元に生まれるか、どんな大人に囲まれて育つかは、人生最初にして最大の大博打と言っても過言ではありません。この作品を読んで、つくづくそう思いました。辻村深月さん『琥珀の夏』です。

 

こんな人におすすめ

子ども時代の苦い記憶を扱ったヒューマンミステリーが読みたい人

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「刑事のまなざし」 薬丸岳

ミステリーないしサスペンス作品に最も多く登場する職業は何でしょうか。仮にランキングを作ったとしたら、上位三位の中には<警察関係者>が入っていると思います。というか、上記のジャンルの作品で、主要登場人物の中に警察関係者が一人もいないケースの方がレアでしょう。

ただ、よく登場する職業なだけあって、マンネリ化を避けるためには、魅力的かつ個性的な味付けが必要となります。例えば、赤川次郎さんの『四字熟語シリーズ』に登場する大貫警部は、恐ろしく食い意地が張っている上に傲岸不遜。中山七里さんの『犬養隼人シリーズ』に登場するする犬養隼人は、元役者志望という経歴に加え、男の嘘には敏感だが女のそれは大の苦手という個性の持ち主。この作品に登場する刑事も、上記の二人と比べ強烈さでは負けるかもしれませんが、目を離せなくなる存在感を持っていました。薬丸岳さん『刑事のまなざし』です。

 

こんな人におすすめ

人間の悲哀を描いたミステリーが読みたい人

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「たまごの旅人」 近藤史恵

コロナ禍でできなくなったこと、制限されるようになったことはたくさんあります。例えば、大人数が集まっての会食。例えば、屋内でのイベント。海外旅行もその一つです。海外の場合、衛生状態や医療体制が日本とは違うこともあり、いつになったら自由に行き来できるようになるのか、皆目見当もつきません。

不自由の多い昨今ですが、本の中でなら、昔と同じく気ままに海外を楽しむことができます。異国情緒を堪能できる作品と言えば、以前、当ブログで貫井徳郎さんの『ミハスの落日』を取り上げました。貫井作品の中でも三本の指に入るくらい好きな小説ですが、全体的に苦い後味の話が多く、中には苦手と感じる読者もいるかもしれませんね。でも、こちらは後味爽やかなので万人向けだと思いますよ。近藤史恵さん『たまごの旅人』です。

 

こんな人におすすめ

海外旅行を通して描かれる成長物語が読みたい人

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「千年樹」 荻原浩

私は本をジャケ買い(内容を知らないCDや本などを、パッケージのみで選ぶ購入方法)することがあります。この時、「内容が想像と違う!」と驚かされることもしばしばです。特にハードカバーの場合、文庫本のように裏表紙にあらすじが書いてあるわけではないので、このパターンが多いですね。

過去に読んだ本では、若竹七海さんの『水上音楽堂の冒険』には仰天させられました。高校生三人組が明るく笑う表紙イラストと、<~の冒険>という楽しそうなタイトルから、てっきり少年少女が活躍するどきどきわくわく青春ミステリーかと思いきや・・・あの結末の残酷さと苦さは、今でもはっきり記憶しています。それからこの本にも、タイトルから予想していた内容と実際の内容が全然違い、びっくりした覚えがあります。荻原浩さん『千年樹』です。

 

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時代を超えた人間ドラマが読みたい人

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「黄泉路の犬---南方署強行犯係」 近藤史恵

私は子どもの頃からずっとペット禁止のマンション住まいだったこともあり、動物を飼った経験がありません。ですが、身近には動物好きの人が多く、ペットにまつわるあれこれを聞く機会もしょっちゅうありました。自分を無心に慕ってくれる生き物と暮らすのは、とても幸せなことでしょう。

とはいえ、悲しいかな、ペットに関する悲しい話もたくさんあります。例えば保健所での殺処分問題や、多頭崩壊問題。無機物であるゴミの処分問題だって深刻なのですから、相手が生き物となると、その酷さはとても言葉で語り尽くせるものではありません。こうした問題を扱った書籍となると、どうしてもノンフィクション寄りになりがちですが、今回は小説をご紹介したいと思います。近藤史恵さん『黄泉路の犬-――南方署強行犯係』です。

 

こんな人におすすめ

日本のペット問題を扱った小説に興味がある人

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「ふたつの名前」 松村比呂美

コロナが流行り出してからめっきり足が遠のきましたが、以前は古本屋が大好きでした。本屋と違って購入前に中身を確認することができますし、大型店なら在庫も豊富。世間的な認知度の低い作家さんの著作や、かなり昔に出版された本が置いてあることもあり、時にはとんでもない掘り出し物を見つけることもあります。

一昔前はネット等であらすじを確認できなかったため、「面白そうな本を見つけたけど、読んだことのない作家さんだし、定価で買うのは不安だな」という場合に古本屋を利用することが多かったです。貫井徳郎さんや美輪和音さんはこのパターンでハマり、著作をがんがん読むようになりました。今日ご紹介するのも、古本屋で見かけて手に取った作品です。松村比呂美さん『ふたつの名前』です。

 

こんな人におすすめ

DVをテーマにした心理サスペンスが読みたい人

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「サクラ秘密基地」 朱川湊人

写真が発明されたのは、一九世紀前半のことです。この当時、産業革命によりいわゆる中産階級が多数出現し、彼らの間で肖像画が流行したことで、一気に写真の需要も高まったのだとか。そんな写真は一八四三年、長崎に入港したオランダ船により日本に入ってきました。当初は一枚撮るのにも特殊な技術や設備が必要だったようですが、インスタントカメラや携帯電話、スマートフォン等の普及により、今やその気になれば幼児だって写真を撮ることができます。

正しいやり方をすれば、被写体を完璧に一枚の紙の中に納めてしまえる写真。多かれ少なかれ描き手の解釈やモデルの注文が入る絵画と違い、写真で嘘はつけません。そういう点が、便利であると同時にどこかしら神秘的な印象を与えるのか、「写真を撮られると魂を抜かれる」「三人で写真撮影する際、真ん中に写った人間は早死にする」といった怪談まであります。今回は、そんな写真にまつわる短編集をご紹介したいと思います。朱川湊人さん『サクラ秘密基地』です。

 

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写真をテーマにしたノスタルジック・ホラーが読みたい人

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「ため息の時間」 唯川恵

小説にせよ漫画にせよ映画にせよドラマにせよ、フィクションの世界での恋愛は、女性メインのストーリーになりがちです。男性より女性の方が恋愛のあれこれに対する関心度合が高く、読者・視聴者として取り込みやすいからでしょうか。そして、メインターゲットが女性である以上、女性中心の物語にした方がより共感を呼ぶのかもしれません。

ですが、当たり前の話ながら、男性だって恋をします。それは小説内でも同じで、金城一紀さんの『GO』、村山由佳さんの『天使の卵』、盛田隆二さんの『ありふれた魔法』などでは、恋に落ちた男性の悲喜こもごもが丁寧に描かれていました。そう言えば、この方にも男性の恋愛をテーマにした作品があるんですよ。唯川恵さん『ため息の時間』です。

 

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愛に翻弄される男達の短編集が読みたい人

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「悪の芽」 貫井徳郎

学生だった頃を振り返ってみると、一番ぎすぎすして精神的にきつかったのが中学時代。ただ、一番後悔が多いのは小学校時代です。何しろ小学生と言えば、まだ幼児に毛が生えたようなもの(言い過ぎ?)。後になってみれば、よくあんなこと言えたよな、なんであんなことしちゃったんだろう・・・と頭を抱えてしまうようなこともありました。

小学生時代が出てくる小説としては、過去にブログでも取り上げた加納朋子さんの『ぐるぐる猿と歌う鳥』や降田天さんの『女王はかえらない』があります。他には湊かなえさんの『贖罪』、湯本香樹実さんの『夏の庭-The Friends』、朱川湊人さんの『オルゴォル』etcetc。イヤミスもあれば成長物語もありますが、どれも小学生特有の未熟さ、幼さが描かれていました。この作品でも、あまりに幼稚な小学生時代の罪が丁寧に描写されていましたよ。貫井徳郎さん『悪の芽』です。

 

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子ども時代の罪と後悔をテーマにしたミステリーが読みたい人

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「その扉をたたく音」 瀬尾まいこ

音楽とは文字通り<音を楽しむ>ものです。私は生憎音楽があまり得意ではありませんが、カラオケに行ったり歌を聞いたりするのは大好き。iPodにお気に入りの曲を入れ、登下校や通勤、ショッピング中などに聞くのが昔からの日課でした。

小説の世界にも、音楽をテーマにした作品がたくさんあります。それらを読んでつくづく思うのは、音楽を文章で書き表すのは至難の業だということ。単に楽曲を表現するだけでも難しい上、曲に込められた作者や奏者の感情、それを聞く側の音を楽しむ心を文字で描写するには、大変な筆力が必要となります。恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』や宮下奈都さんの『羊と鋼の森』などは、この点を見事にクリアした傑作でした。それからこの作品でも、音楽の楽しさが丁寧に描写されていましたよ。瀬尾まいこさん『その扉をたたく音』です。

 

こんな人におすすめ

若者の清々しい成長物語が読みたい人

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