先日、雨上がりに虹を見ました。大はしゃぎするような年齢はとっくに過ぎてしまいましたが、青空にかかる七色の帯を見ると、なんとなく気持ちが明るくなります。そう思う人は多いのか、虹を神との契約と捉えたり、虹の根本には宝があると考えたりする文化もあるようです。
そしてもう一つ、様々な色が並んでいる形状から、虹は<多様性><共存>の象徴でもあるとのこと。そのため、虹がキーワードとして出てくる作品は、異なる個性の登場人物達が支え合って物事を進める内容のものが多いですね。例を挙げるなら、逸木裕さんの『虹を待つ彼女』や瀧羽麻子さんの『虹にすわる』といったところでしょうか。そういえばこの作品でも、登場人物達を虹に例えています。加納朋子さんの『レインレイン・ボウ』です。
こんな人におすすめ
悩める女性達の爽やかミステリーが読みたい人
平穏な日々にわだかまりを抱く主婦、新たな仕事に挑もうとする勝気な編集者、自身の体形にコンプレックスを持つ保育士、激務の中で心身をすり減らしていく看護士、姉の結婚式で不審な男を見つけたフリーター、問題のある職場への赴任が決まった管理栄養士、失踪した友人の行方を捜すOL・・・・・かつて同じ女子ソフトボール部のメンバーだった七人は、仲間の一人の通夜で再会する。彼女はなぜ死んだのか。一番の親友だったはずの女性はなぜ来ないのか。この謎は、七人の人生をほんの少し、しかし確実にざわめかせていく---――悩める大人の新たな一歩を描いた連作短編ミステリー
加納朋子さんの作品にしては珍しく、冒頭で若い女性が亡くなります。もともと心臓が弱かったにも関わらず、勤務先で激務に追われた故の死でした。彼女の死、そして彼女の大親友が通夜に来なかった理由を追うのが大きなストーリーであり、そこに高校時代の部活仲間七人の人間模様が絡めてあります。性格も職業も生活環境もばらばらの七人の描き方が面白く、人の死が絡んでいるにも関わらず、嫌な気分になることはありませんでした。本来なら深刻になるテーマを暖かく描くのは、加納さんの持ち味ですね。
「サマー・オレンジ・ピール」・・・夫と子どもと共に穏やかな生活を送る美久。隣家の少年が毎日通りがかりに笑いかけてくることが唯一の気がかりの毎日だ。そんな中で届いた、かつての部活仲間・知寿子の死。通夜に出た美久は、その場に知寿子の大親友・里穂がいないことを不思議に思う。後日、美久の家を、部活のキャプテンだった陶子が訪ねてくるのだが・・・・・
美久の性格を控え目と取るか、うじうじしていると取るかで評価が分かれそうなエピソードですね。彼女、なんとなく私と性格が似ている気がするので、読んでいてちょっと居心地悪かったです(汗)第一話ということもあって、知寿子の死にまつわる謎はほとんど動きませんが、美久が抱える<隣家の少年は、なぜ通りがかるたびに自分に向かって笑いかけるのか>という謎は綺麗に解決してすっきりでした。ま、世の中そんなもんです。
「スカーレット・ルージュ」・・・陽子は出版社で働く編集者。今の仕事は、覆面作家・嶽小原に執筆依頼をすることだ。現れた嶽小原は想像とは大きくかけ離れた人物であり、陽子に対し、最近変わったことはないかと聞いてくる。思い付きで知寿子の死について話す陽子だが・・・・・
男勝りな陽子目線で語られる、里穂と知寿子の依存的な友情が強く印象に残ります。学生時代の女友達って、こういうことが起こりがちなんですよね。ちなみのこのエピソードの主役の陽子は、後に長編『七人の敵がいる』『我ら荒野の七重奏』でも主役を務めます。あちらではすっかりベテラン編集者の風格だった陽子の若手時代を垣間見ることができ、加納作品ファンとしては嬉しかったです。
「ひよこ色の天使」・・・幼稚園で保育士として働く佳寿美は、ぽっちゃり体形にコンプレックスを抱えている。ある日、保護者が事故に遭ったヒロくんという園児を自宅まで送り届けることになるが、途中、ヒロくんは同じ園に通う安寿ちゃんを見かけたと話す。その後、なんと安寿ちゃんが失踪したという知らせが飛び込んできて・・・・・
園児の「先生、ふくらんでるね」という言葉に微妙な気持ちになってしまう佳寿美の女性心理、分かるなぁ。子どもに悪気はゼロ、むしろ佳寿美のことが大好きなんですが、それと女心は別なんですよね。このエピソードでは知寿子の死よりも、幼い子どもの失踪事件が大きく扱われます。真相はけっこう痛々しいものなんですが、子ども達の愛らしさが雰囲気を和らげてくれました。ミステリーとしての構成は、これが一番好みです。
「緑の森の夜鳴き鳥」・・・混合病棟で看護士として働く緑は、問題行動を起こす入院患者・彰に頭を痛めている。そんなある日、定期検診に来た知寿子と出くわした。知寿子曰く、べったり依存してくる里穂の存在が重たくなったという。その二週間後、知寿子の訃報が届き・・・
ここでほんの少し時間が遡り、知寿子の生前の様子が語られます。でも、個人的には知寿子と里穂よりも、緑に関するエピソードの方が印象的でした。<男だから>兄は私立大学に進み、<女だから>学費を出してもらえず、兄より成績優秀だったのに看護学校に進んだ緑。緑の親が別に娘を嫌っているわけではなく、男女で教育費が違うのは当然と信じ切っているところが辛いです。冷静な緑が看護士としてうまくやっているところが救いですね。終盤、患者の彰との会話は、何気に作中屈指のお気に入りシーンです。
「紫の雲路」・・・就職活動がうまくいかず、無職のまま宙ぶらりんの毎日を送るりえ。そんな中、姉の結婚式に出席したりえは、二次会で不審な男を見かける。男は新郎の従兄弟を名乗るものの、後にそれがデタラメだと分かり・・・・・
このエピソードから、知寿子の死にまつわる謎が動き出します。心臓が弱かった知寿子が、なぜ死に至るほどの重労働を課されたのか。その真相を追おうとするのが、社会人として悪戦苦闘する面々ではなく、プー太郎として悶々と暮らすりえというのが面白いですね。このりえも、ただただ気楽な日々を享受しているわけではなく、自身の半端な立場について色々考えているキャラクターでなかなか好印象。これから頑張ってほしいなと思います。
「雨上がりの藍の空」・・・管理栄養士の由美子が新たに赴任することになったのは、前任者が立て続けに三人も辞めたという社員食堂。どうやら従業員の中に有力者の姪がいて、やって来る管理栄養士達をいびり出しているらしい。ひとまず職務に励む由美子だが、ある日、別の会社で働く知寿子が現れて・・・・・
このエピソードでは、知寿子を含め何の謎も起こらず、管理栄養士として働く由美子の奮闘が描かれます。にもかかわらず、この話が一番好きという読者が多いのは、たぶん由美子のキャラクターのせいでしょう。ド天然の上にいい意味で図太く、気難しそうなベテラン従業員達にもびくともしない。そんな彼女が、自分の持つスキルを最大限生かし、目の前の問題を解決していく様は爽快でした。最後の一行が心憎いです。
「青い空と小鳥」・・・知寿子の親友だった里穂が失踪した。その知らせを聞いた陶子は、かつての部活のメンバーと連絡を取りながら、里穂の行方を捜し始める。メンバー達の中には、知寿子の幽霊を見たという者もいて・・・・・
今まで出てきたソフトボール部の仲間達が総出演し、知寿子の死の謎が解き明かされます。ちりばめられていたヒントが次々と組み合わさり、真相に繋がる流れはお見事の一言。お気に入りの由美子がいい働きしてくれるところも嬉しいです。死んでしまった知寿子はもう生き返らないけど、ここからやり直せるものもある。素直にそう思えるエンディングでした。
ちなみにソフトボール部時代キャプテンであり、大人になってからも仲間達を繋ぐ役割を果たす陶子は、『月曜日の水玉模様』という連作短編集でも主人公を務めています。こちらは本作より時系列は過去で、陶子の恋愛模様や家庭環境についても描かれます。好きな作品なのですが、相当昔に読んだため、細部を思い出せず・・・・・近日中に再読したいです。
みんな傷があるけど、みんな優しい度★★★★☆
人は誰しも虹のようなもの度★★★★★
雨上がりの虹のイメージを上手くヒューマンドラマに当てはめた読みやすい作品でした。看護士の緑の人生背景やキャラクターが今でも印象に残ってます。
学生時代、クラブ活動の仲間と大学以来疎遠になっているので羨ましいと思いましたが、毎年のように同窓会がある特に体育会系は返って大変だと言っていたことを思い出します。
数年前に読みましたが再読したいですね。続編もあると聞いたことがありますが、あるなら探してみようと思います。
私はまったく部活動に熱心でなかったため、卒業後もこんな風に繋がれる友情が羨ましかったです。
私はマイペースで精神的に強い由美子が好きですね。
続編は、陽子主役の「七人の敵がいる」のことでしょうか。
こちらも大好きな作品です。