芥川龍之介賞、直木三十五賞、吉川英治文学賞、山本周五郎賞・・・・・文壇には様々な文学賞があります。インターネットなどを経て人気を集める作家さんや作品も増えてきましたが、それでもやはりこうした文学賞には価値があるもの。権威ある賞の受賞をきっかけにデビューした作家さんは大勢います。
そんな文学賞の中で、私が一番注目しているのは『このミステリーがすごい!』大賞です。二〇〇二年に創設された新しい賞ですが、海堂尊さんの『チーム・バチスタの栄光』や柚月裕子さんの『臨床心理』、中山七里さんの『さよならドビュッシー』など、受賞を機にスターダムの仲間入りをした人気作家さんも多いです。今回は、そんな『このミステリーがすごい!』大賞受賞作家さんがずらりと並んだアンソロジーをご紹介します。『10分間ミステリー』です。
こんな人におすすめ
ショートショートが詰まった短編集が読みたい人
長く連れ添った老夫婦が交わす会話の真実、惨い虐待事件の意外な顛末、ゴミ出し問題から浮かび上がる戦慄の人間模様、絶望した男が秘めた一つの覚悟、失脚した医者の手紙の恐ろしい秘密、少年時代に体験した禍々しい出来事、裏切った恋人のための絶品手料理・・・・・ホラー、ミステリー、ファンタジー、ヒューマンストーリー、あらゆる要素が詰まった珠玉の短編小説集
執筆陣一覧を見て、その豪華さにびっくりすること請け合いです。前述した海堂さん、柚月さん、中山さんの他、浅倉卓弥さん、拓未司さん、乾緑郎さん、佐藤青南さんなどなど、そうそうたる顔ぶれが一同に会しています。収録作品は全部で二十九話とボリュームたっぷりなので、中でも私が気に入った話を取り上げますね。
「柿 友井羊」・・・縁側から柿を眺めつつお喋りを楽しむ老夫婦。どちらも病を抱えており、先が長くないことは分かっている。残された日々を穏やかに過ごそうとする二人の会話から見えてきたものとは・・・・・
いやー、染み入るなぁ。末期癌を患いながらも妻を労わる夫と、どんどん記憶を失いながら(認知症?)若き日の恋を語る妻。相思相愛の夫婦の話かと思いきや、実は・・・という展開には唸らされました。所々で挟まれる柿の描写が、二人の関係を暗喩しているのかな。最後の妻の言葉は解釈の余地がありそうですが、私はハッピーエンドだと思いたいです。
「転落 ハセベバクシンオー」・・・とあるマンションで起きた転落事故。悲劇の後、関係者たちがそれぞれの視点で事態を語り始める。どうやら転落事故が起きた家庭では、以前から虐待の噂があったようなのだが・・・・・
前に紹介した「柿」がじんわり染み入るタイプの作品なら、こちらはラスト数行のどんでん返しで読者をぎょっとさせてくれるタイプのエピソードです。思い込みを利用し、アンフェアではなく読者を裏切ってくれる構成がお見事でした。これをめでたしめでたしと取るか、なんとなく不穏と取るか、読み手によって分かれそうですね。
「死を呼ぶ勲章 桂修司」・・・医学部教授のもとに届いた一通の手紙。差出人は、僻地に飛ばされた旧知の医師だ。手紙には『これを見た者は必ず死ぬ』というレントゲン写真が同封されていて・・・・
現役医師の桂さんらしく、医局や病気に関する描写がリアリティたっぷりでした。短い分量の中、医学部教授の傲慢さや手紙の差出人の執念、一人の患者が巻き込まれた災厄などをきっちり描き切る描写力はさすがですね。これから起こるであろう悲劇の深刻さでは、作中随一ではないでしょうか。
「サクラ・サクラ 柚月裕子」・・・外国人上司と反りが合わず、ストレス解消のためパラオを訪れた若者。彼は現地の老人が「さくら さくら」を歌うのを聞く。なぜ彼は日本の歌を歌うのか。不思議に思う若者に老人が語ったのは、日本兵と島民との知られざる物語だった。
太平洋戦争中、日本兵の諸外国での振る舞いというと、蛮行ばかりが取り上げられがちです。このエピソードに登場する若者も、どうせ日本兵は現地で酷いことをしたのだろうと憂鬱な気分になるのですが・・・・・老人が語る日本兵とのやり取り、彼らが歌った「さくら さくら」の描写に胸が熱くなりました。最後、ちょっとだけファンタジー?めいた展開になるところも好きです。
「沼地蔵 乾緑郎」・・・一人の大学生が、恩師に手紙で悩みを打ち明ける。曰く、先日亡くなった祖母が、彼に対し詫び状を遺していたという。実はこの大学生は幼い頃、祖父母の家で恐ろしい体験をしていて・・・・・
ぶっちぎりでお気に入りのエピソードです。<少年時代の恐怖体験>だの<田舎に伝わる忌まわしい風習>だの、土着ホラー好きな要素がてんこ盛り。こういう話を書かせたら、乾さんは本当に上手いですね。最後に浮かび上がる、あまりに惨い可能性には背筋がゾッ・・・ここで出て来る双子にまつわる風習、いつか長編ホラーで読んでみたいです。
「私のカレーライス 佐藤青南」・・・運命を感じていた恋人に裏切られた主人公。なんと彼は、主人公の女友達に鞍替えしたのだ。そんな恋人と食べるため、主人公は得意のカレーライスを作り始める。そこに一本の電話がかかってきて・・・・・
美味しそうなカレーや主人公の可愛い恋心と、ちらほら垣間見える惨劇の予感描写のギャップが凄まじかったです。いや、はっきり言及している場面はないけど、これってやっぱり・・・ですよね?恋人はどうやら軽薄野郎っぽいので自業自得ですが、主人公の今後を思うと哀れでした。
合間合間にノリの軽いコミカルなエピソードが挟まれるせいもあり、けっこうなボリュームながら一気読みできました。ただ、『このミステリーがすごい!』大賞受賞者の作品を集めたにしては本格ミステリーが少ないところが難点と言えば難点かな。そこさえ把握しておけば、かなり満足度の高い作品だと思います。
作家陣がゴージャスすぎる!度★★★★★
本当に一話十分で読めますよ度★★★★☆
どれも面白そうです。
柚月裕子さんと佐藤青南さんの短編が特に興味深い。
いろんな要素が凝縮された短編ミステリー~これは読んでみたいですね。
どれも短いながら味わいのある佳作揃いでした。
イヤミス好きとしては佐藤さんの方が印象に残りますが、優しさ溢れる柚月さんの作品もオススメです。
こういう短編集がどんどん増えてほしいものです。
どれも面白そうです。
柚月裕子さんと佐藤青南さんの短編が特に興味深い。
いろんな要素が凝縮された短編ミステリー、贅沢な気分で読めそうです。