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「妖奇切断譜」 貫井徳郎

<猟奇的>というのは、本来、<奇怪・異常なものを強く求める様子>を指す言葉です。現代では、もともとの意味から少し離れ、<残酷な><グロテスクな>という意味で使われることが多いですね。特に、遺体が激しく損壊されていたり連続殺人だったりする事件を<猟奇殺人>と表現するケースが多いと思います。

現実では絶対に起きてほしくない猟奇殺人ですが、フィクションなら話は別。とにかくインパクトが強いこともあり、作中で猟奇殺人が登場する創作物は枚挙に暇がありません。ここで重要となるのは、<犯人はなぜ猟奇殺人を犯したのか>という動機付け。遺体に手を加えたり、犠牲者を多く出したりすれば、それだけ証拠を残すリスクが高まるわけですから、「なるほど!こんな理由があったから、犯人は逮捕の可能性を承知で猟奇殺人犯になったのね」という理由が必要なわけです。単に犯人が異常者だったから、という作品も一定数ありますが、やはり猟奇殺人の理由が明確にある作品の方が、謎解きの楽しさが味わえます。この作品の猟奇殺人の動機は、かなり強烈でした。貫井徳郎さん『妖奇切断譜』です。

 

こんな人におすすめ

猟奇殺人事件を扱った小説が読みたい人

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「真夜中の時間割-転校生2-」 森真沙子

病院・廃屋と並ぶホラー作品の定番スポット、それが学校です。一説によると、平日の昼は大勢の子どもが出入りして賑やかなのに対し、夜や休日はほぼ無人状態になるギャップが恐怖心をかき立てるのだとか。確かに、無人島で物音がしなくても何とも思わないでしょうが、日中ワイワイと騒がしい学校がしんと静まり返っていると、不安や恐怖がより増す気がします。

学園ホラーの主役は、専ら生徒が務めることが多いです。大人と違って経験値が足りず、思慮深さに欠ける一方、熱意や行動力があるところが主役に向いているのかもしれません。とはいえ、教師主役のホラーでも、面白い作品がたくさんありますよ。今回ご紹介するのは、教師が中心となって展開する学園ホラー、森真沙子さん『真夜中の時間割-転校生2-』です。

 

こんな人におすすめ

教師が主役の学園ホラー短編集に興味がある人

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「UNTITLED」 飛鳥井千砂

どんな物語にも、必ず主人公ないし主人公格の登場人物が出てきます。となると、膨大な数の主要登場人物が存在するわけで、必然的に彼らのキャラクターも多種多様なものになります。読者の共感を集め、感情移入され、エールを受けながら自分の人生を生きる主人公もいるでしょう。私の場合、これまで読んだ小説で一番応援した主人公は、小野不由美さん『十二国記シリーズ』の陽子。人目を気にするいい子ちゃんだった陽子が、異世界で心身ともにズタボロになりつつ、必死で足掻く姿に感情移入しまくりました。

その一方、読者に好かれず、反感を買うタイプの主要登場人物もまた存在します。嫌われる理由は様々ですが、意外に多いのは「正論ばっかりで嫌」というもの。確かに、長所もあれば短所もあるのが人間ですから、あまりに優等生一辺倒で正義を押し付けられても困っちゃいますよね。この作品の主人公は、まさにそういうタイプでした。飛鳥井千砂さん『UNTITLED』です。

 

こんな人におすすめ

ほろ苦い家族小説が読みたい人

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「禁じられたソナタ」 赤川次郎

ホラー作品には、登場人物達を恐怖のどん底に突き落とすモンスターがしばしば出てきます。このモンスターの種類は、大きく分けて二種類です。一つ目は、<誰が><なぜ><どのように>モンスターになってしまったか、はっきり分かるタイプ。映画『13日の金曜日』シリーズに登場するジェイソンや、鈴木光司さんによる『リング』の貞子がこれに当たります。モンスターの正体やそうなった理由が明確に存在するため、登場人物達の謎解きを見るのも楽しみの一つです。

もう一つは、登場人物達を苦しめるモンスターの正体が、はっきりとは分からないタイプ。例を挙げると、綾辻行人さんの『殺人鬼』シリーズなどでしょうか。作中でモンスターの正体は分かるものの、大前提となるすべての発端や、凶行に走る理由はあやふやなまま。登場人物達を襲う理不尽な恐怖の数々が、ものすごく恐ろしかったです。今回取り上げる作品にも、そうした正体不明の怪異が出てきました。赤川次郎さん『禁じられたソナタ』です。多少ネタバレがありますので、未読の方はご注意ください。

 

こんな人におすすめ

化物が出てくるホラー小説が好きな人

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「秘密は日記に隠すもの」 永井するみ

私はこの十年ほど日記をつけ続けています。日付、天気、その日の出来事と食事のメニューを書いた数行程度のものですが、後日、過去の記憶が曖昧な時に振り返ることができて便利ですよ。たまに昔の日記を読み直してみると、「あ、そういえばこんなことがあったっけ」「私、五年前と同じことしてるじゃん」等々、色々と思うところがって面白いです。

人のプライベートの宝庫であるという性質上、日記はしばしば小説のキーアイテムとして使われます。ジャンル問わず、謎解き要素が仕掛けられていることも多い気がしますね。映画化もされた『ハリー・ポッターシリーズ』第二弾『ハリー・ポッターと秘密の部屋』では日記が重要な小道具になっていますし、雫井脩介さんの『クローズド・ノート』でもヒロインが前住人の日記を見つけたことが物語の発端でした。今回ご紹介するのは、日記の特性が上手く使われたミステリー、永井するみさん『秘密は日記に隠すもの』です。

 

こんな人におすすめ

日記形式の連作ミステリーが読みたい人

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「押入れのちよ」 荻原浩

先日、<ジェントルゴースト・ストーリー>という言葉を知りました。意味は<優しい幽霊の物語>といったところでしょうか。人を祟ったり呪ったりしない、心優しい幽霊が出てくるほのぼのストーリーを指すそうです。こういう幽霊のことを、怪談研究家の東雅夫さんは<優霊>と訳したそうですが、実に名訳だと思います。

幽霊ならぬ優霊物語といえば、赤川次郎さんの『ふたり』、加納朋子さんの『ささらさや』、辻村深月さんの『ツナグ』などが思い浮かびます。どの作品に登場する霊達も、憎悪や恨みにとらわれることなく、遺された大事な人への愛情に溢れていました。最近読んだこの本に出てくる霊も、優霊と言っていいのではないでしょうか。荻原浩さん『押入れのちよ』です。

 

こんな人におすすめ

バラエティ豊かなホラー短編集が読みたい人

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「鬼流殺生祭」 貫井徳郎

現実に起きた出来事とフィクションとをいかに上手く絡めるか。それは、面白い物語を作る上で重要な要素です。イエス・キリストがキリスト教の始祖であること、徳川家康が江戸幕府を開いたこと、ドイツにアドルフ・ヒトラーという独裁者が存在したこと。すべて歴史的事実であり、なかったことにすることはできません。

ただし、あくまで創作上でのことなら、この事実を改変することができます。やり方は色々ありますが、その一つは、物語をパラレルワールドでの出来事にしてしまうこと。現実から分岐したパラレルワールドでなら、三国時代に劉備ではなく曹操が勝利していたり、織田信長が本能寺で死ななかったりした世界を見ることができるわけです。物語を作る上での制約も減るため、登場人物達はより自由に動き回ることが可能です。先日読んだのは、そんなパラレルワールドで繰り広げられる本格ミステリーでした。貫井徳郎さん『鬼流殺生祭』です。

 

こんな人におすすめ

旧家の因縁が絡んだ本格ミステリーが読みたい人

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「闇祓」 辻村深月

道徳に反したやり方で相手を精神的に追い詰めるモラルハラスメント、性的な言動で相手に苦痛を与えるセクシャルハラスメント、職場内で権利や立場を利用した嫌がらせを行うパワーハラスメント、妊娠・出産・育児に関することで心身に不快な思いをさせられるマタニティハラスメント、教育現場において教職員がその権限を使って他者の修学や教育の邪魔をするアカデミックハラスメント・・・・・悲しいかな、この世にはたくさんのハラスメント、すなわち人権侵害が溢れています。もちろん、こうした嫌がらせ行為は大昔から存在したのでしょうが、今はインターネット文化が発展した分、より複雑かつ陰湿になってきた気がします。

一言でハラスメントと言ってもその種類は様々であり、当然、作中にハラスメント行為が出てくる小説もたくさんあります。というか、ハラスメント(嫌がらせ)が一切登場しない小説の方が逆に少ないかも?最近読んだ小説では、奥田英朗さんの『最悪』や垣谷美雨さんの『もう別れてもいいですか』で、読者をうんざりさせるようなハラスメントが描かれていました。それから、ちょっと毛色が違いますが、この作品のハラスメントにも背筋がゾワゾワしっぱなしでしたよ。辻村深月さん『闇祓』です。

 

こんな人におすすめ

ハラスメントがテーマのホラーミステリー小説が読みたい人

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「歪んだ匣」 永井するみ

人あるところにドラマあり。一人の人間が存在すれば、そこには必ず悲喜こもごもが生まれます。それは創作物の世界においても同じこと。だからこそ、多くの人間達が集う場所は、様々なフィクション作品の舞台となってきました。

人が集う場所として、物語の舞台に選ばれやすいのは、学校や病院、住宅街。最近はタワーマンションが出てくる作品も多いですね。先日読んだのは、永井するみさん『歪んだ匣』。こういう舞台設定は意外と珍しく、新鮮でした。

 

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オフィスビルを舞台にしたミステリー短編集が読みたい人

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「N」 道尾秀介

物事には何でも<王道パターン>というものがあります。小説もまた然り。困窮した女性が王子様と巡り会うシンデレラストーリーや、正義のヒーローが巨悪を倒す勧善懲悪ものは、古今東西、数多く存在します。こうした王道物語は、結末が読者の期待を裏切らないこともあり、多くの人々に支持されてきました。

一方、これまでの常識を打ち破る新しいパターンもまた、読者を魅了してやみません。かつてイギリスの作家であるアガサ・クリスティーが『そして誰もいなくなった』や『アクロイド殺し』を執筆した際は、その斬新なストーリー展開に文壇が騒然としたのだとか。この二作品のトリックは、あまりに衝撃的で世間の注目を集めすぎたせいか、それ以降、ミステリー界ではむしろ王道としてしばしば登場するようになりました。先日、今まで読んだことがないような形の小説を手にしましたが、これもいずれ王道パターンになる日が来るのかな?道尾秀介さん『N』です。

 

こんな人におすすめ

これまでになかったような形式のミステリーが読みたい人

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