どんな物語にも、必ず主人公ないし主人公格の登場人物が出てきます。となると、膨大な数の主要登場人物が存在するわけで、必然的に彼らのキャラクターも多種多様なものになります。読者の共感を集め、感情移入され、エールを受けながら自分の人生を生きる主人公もいるでしょう。私の場合、これまで読んだ小説で一番応援した主人公は、小野不由美さん『十二国記シリーズ』の陽子。人目を気にするいい子ちゃんだった陽子が、異世界で心身ともにズタボロになりつつ、必死で足掻く姿に感情移入しまくりました。
その一方、読者に好かれず、反感を買うタイプの主要登場人物もまた存在します。嫌われる理由は様々ですが、意外に多いのは「正論ばっかりで嫌」というもの。確かに、長所もあれば短所もあるのが人間ですから、あまりに優等生一辺倒で正義を押し付けられても困っちゃいますよね。この作品の主人公は、まさにそういうタイプでした。飛鳥井千砂さんの『UNTITLED』です。
こんな人におすすめ
ほろ苦い家族小説が読みたい人
文武両道な長女、しっかり者の姉、頼れる中堅社員。誰がどう見ても、私に落ち度などありはしない---――疎遠だった弟が、あの女を連れて現れるまでは。過不足なく完璧だった桃子の毎日が、少しずつ軋み始める。父は毎日どこへ行っているのか。母は何を隠しているのか。家族を狂わすきっかけとなったあの女は、一体何者なのか。不安に慄きながらも悪戦苦闘する桃子が、最後に見つけた家族の真実とは。飛鳥井千砂が描く、愚かで痛々しい家族小説
淡い色を背景に、一人静かに佇む女性と、うっすら色づいた桃。この柔らかな表紙から、私をはじめ多くの読者が「桃のように瑞々しいヒロインが、挫折や失敗を経験しながら成長していく小説なんだろうな」と想像したと思います。ところが、いざ読んでみると内容はまるで逆。レビューサイトで「主人公の性格最悪」「救いがない」という感想が相次ぐのももっともな後味の悪さでした。
主人公の桃子(とうこ)は、優良企業で事務職として働く三十一歳。会社では頼れるOLとして仕事をさばき、家ではのほほんとした母親に代わって家事一切を取り仕切っています。唯一、既婚の上司と不倫中という負い目はあるけれど、彼の家族にはバレていないし、私は誰にも迷惑をかけていない・・・そう思っていました。ところが、いい年をしてふらふらし続けの弟が、ド派手な恋人・雅美を連れて突如帰省したことで、すべてが狂い始めます。弟と雅美の同棲報告(ついでに借金依頼)に猛反対する桃子ですが、なんと不倫相手とホテルに入るところを雅美に見られるという一大事が勃発。さらに同時期、父と母の行動に不審な点が見られ始め、桃子は不安に駆られます。いい大人が社会のルールを守らないなんて許せない。桃子はいきり立ち、家族を断罪しようとするのですが・・・・・
このあらすじを読んだだけで、桃子にあんまり好感を抱けない読者も多いと思いますが、実際はあらすじの十倍上をいっています。ルールを順守し、真面目で潔癖である自分を誇り、派手なファッションや娯楽を「くだらない」「はしたない」と決めつけて、そういうものを好む人間を声高に非難する。周りの人間にも、自分のように真面目で高潔であるよう強要する。その割に自分は既婚上司と不倫をしており、「だって、彼の家族は気づいていないから、誰にも迷惑かけていない」とうそぶく。こんな人間が近くにいたら嫌だなと、しみじみ思ってしまいそうなタイプです。
それでも不思議とすんなり読み進めてしまうのは、桃子の家族も大概だなと思う部分がちらほらあるからでしょうか。「父親、さすがにそんな誤魔化しをしたら緊急事態発生時に困るだろう」「母親、いくら桃子の方が器用とはいえ、専業主婦なんだから正社員の娘に家事全般任せちゃダメでしょう」「弟、君が今の仕事に誇りを持っているのは立派だけど、いい年をして同棲費用の援助を親に頼むのはどうかと思うよ」etcetc・・・一見、融通がきかない桃子に振り回されているようで、実は彼らの方も色々やらかしているんですよね。それが分かってしまうと、自分を除く家族が和気藹々とする中、「ルールを守りなさいよ!私を見習いなさいよ!」と躍起になる桃子がなんだか哀れでもありました。想像ですが、この家族はこれまでにも、クソ真面目な長女をのけ者にして他三人で盛り上がることが多々あったんじゃないかな。そう思うと、桃子がこういう性格で凝り固まってしまった背景が見える気がします。
正直、結末も読後感が良いとは言いかねるので、まったく合わない方も一定数いると思います。謎解き要素はまったくありませんが、イヤミスなどのジャンルが好きな読者に合うんじゃないかな。かくいう私はというと、こういう仄暗さが大好きです。
「へえ、そうなんだ」と流すことも大事だよ度★★★★☆
どうか桃子が無事でありますように・・・度★★★★★
飛鳥井千砂さんの作品は暫く読んでいないですが「タイニー・タイニー・ハッピー」「アシンメトリー」など現代女性の目線から語られるストーリーでも男性でも共感しやすい読みやすい作品でした。
比較的、穏やかな日常をイメージしますが、それでも癖のある登場人物も少なからず存在していたと思います。
主人公が自分で思う考えと周囲からの目線とのギャップに悩まされる設定は柚木麻子さんやイヤミス関係のストーリーにありそうですが、飛鳥井千砂さんの毒の少ない作品でどういう展開で進んでいくのか興味深いです。
ほろ苦い家族小説でも作者らしい穏やかな終わり方がありそうで楽しみです。
早速探してきます。
飛鳥井千砂さんの著作にしては珍しい後味の悪さでした。
主人公が成長してスッキリ爽やか!という読後感を求めていると、ショックを受けるかもしれません。
瑞々しい表紙とのギャップが凄いです。