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「神さま、お願い」 花房観音

自分で言うのもなんですが、私はけっこう信心深い人間です。祖父母の家によく出入りしていたせいもあるのか、里帰りするとまず神棚と仏壇に手を合わせますし、厄年や大きな旅行に出かける時は必ずお祓いをしてもらいます。神仏に手を合わせる。簡単な動作ですが、なんだか落ち着いた気持ちになってきます。

日本は神仏と距離の近い国であるものの、神社やお寺がテーマになった小説はそれほど多くない気がします。ぱっと思いつくのは三島由紀夫氏の『金閣寺』ですが、あれは神仏の力をテーマにしているわけじゃないし、かといって神秘のパワーで神々が大暴れする!みたいな小説はあまり読まないし・・・と思っていたら、いい作品を見つけました。花房観音さん『神さま、お願い』です。

 

こんな人におすすめ

人間の悪意を描いたホラー短編集が読みたい人

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「死霊の跫」 雨宮町子

ホラー作品の<怖い>と思いポイントは人それぞれです。恐ろしい化け物が登場するとか、登場人物の誰一人として助からないとか、読者によって恐怖ポイントがあるでしょう。もちろん、私にも色々ありますが、その中の一つは<身近なところから物語が始まる>というものです。<スペースシャトル内で宇宙飛行士達が体験する恐怖>とか言われても状況が想像しにくいですが、私と似たような生活を送っている登場人物なら、場面を思い浮かべるのは容易。「こんなことが本当に起きたらどうしよう・・・」と、恐怖感がより高まります。

身近なシチュエーションから始まるホラー小説と言えば、やはり鈴木光司さんの『リング』は外せないでしょう。呪いのビデオを見てしまった。ただそれだけで死へのカウントダウンが始まる登場人物達の恐怖や焦りが、手に取るように伝わってきました。今回取り上げる小説にも、私達の身近な場所から始まる恐怖が登場します。雨宮町子さん『死霊の跫』です。

 

こんな人におすすめ

正統派ジャパニーズホラー短編集が読みたい人

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「出版禁止 死刑囚の歌」 長江俊和

自慢して言うようなことではありませんが、私は単純な人間です。物事の裏側を読んだり、水面下に秘められた事実を察するというのが苦手。おかげで昔からさんざん「鈍い」「KY」と言われたものです。

ですが、読書においては、鈍感さが役立ったこともあります。どんでん返しが仕掛けられた小説を読む時、作中の手がかりからオチを見抜くという器用さが全然ないため、真相判明時にはいつも特大のビックリを味わえるのです。綾辻行人さんの『十角館の殺人』や歌野晶午さんの『葉桜の季節に君を想うということ』の真相を知った時なんて、本当に「ええーっ!?」と声に出して驚いたものだっけ。今回ご紹介する作品にも、世界がひっくり返るようなどんでん返しが用意されていました。長江俊和さん『出版禁止 死刑囚の歌』です。

 

こんな人におすすめ

・ノンフィクション風ミステリーが読みたい人

・どんでん返しが仕掛けられた小説が好きな人

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「歌舞伎座の怪紳士」 近藤史恵

私は自他共に認める運動下手な人間ですので、体を動かす遊びはあまり得意ではありません。反面、インドア系の趣味は色々やりました。読書はもちろんのこと、映画鑑賞、音楽鑑賞、観劇、お菓子作り、ジグソーパズル、猫カフェ巡りetc。そんな中、歌舞伎には何となく興味を持てませんでした。あの独特の台詞回しや化粧に馴染めなかったんだと思います。

ですが、歌舞伎を現代風にアレンジしたスーパー歌舞伎を見て、歌舞伎に対する印象が変わりました。考えてみれば、歌舞伎とはそもそも庶民の娯楽。演目だって、心中だの敵討ちだの三角関係だの、生臭く人間味溢れるテーマがたくさんあります。今回は、そんな歌舞伎がより身近に感じられる小説を取り上げたいと思います。近藤史恵さん『歌舞伎座の怪紳士』です。

 

こんな人におすすめ

歌舞伎をテーマにしたミステリー小説が読みたい人

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「夜夢」 柴田よしき

<夜>という時間帯には二つの顔があります。一つは、太陽の光が消え失せ、(場所にもよりますが)昼と比べて人気が少なくなり、なんとなく不気味さや心細さを感じさせる顔。キリスト教において夜は神の救済が届かない闇の領域ですし、日本神話でも、ツクヨミという神が殺生を犯して追放されたことで夜の世界が生まれたとされています。その一方、夜には安らぎや落ち着きを感じさせる顔もあります。実際、一日の仕事を終えて自宅で寛いだり、眠ったりできる夜が一番好きという人は結構いるのではないでしょうか。

夜をテーマにした小説は数えきれないほどありますが、私が印象に残っているのは赤川次郎さんの『夜』と、恩田陸さんの『夜のピクニック』。前者は大地震で孤立した人々の夜を描くパニックサスペンス、後者は<歩行祭>という行事を通して成長していく高校生達を描いた青春小説でした。どちらも読み応えある良作ですが、そこそこボリュームがあるため、空き時間にさらりと読むには不向きかもしれません。というわけで今回は、夜をテーマにした読みやすい短編集を取り上げたいと思います。柴田よしきさん『夜夢』です。

 

こんな人におすすめ

人の業を描いたホラー小説が読みたい人

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「間宵の母」 歌野晶午

ミステリー作品には、論理的な謎解きが必要とされます。対してホラー作品は、人知を超えた存在や現象が登場し、それらに翻弄される人間達の恐怖劇がメイン。<謎めいた出来事はすべて幽霊の仕業でした。終わり>という展開になることも少なくありません。

まるで相容れないように見えるミステリーとホラー、二つを合わせた<ホラーミステリー>というジャンルが存在します。これは、一見ホラーながら、恐怖に何らかのルールなり理由なりを持たせ、その真相を論理的な推理で暴こうとする作品のこと。綾辻行人さんの『Another』や鈴木光司さんの『リング』、三津田信三さんの『刀城言耶シリーズ』などがそれに当たります。先日、図書館で受け取った作品も、なかなかに不気味で恐ろしいホラーミステリーでした。歌野晶午さん『間宵の母』です。

 

こんな人におすすめ

人の狂気の怖さを描いたホラーミステリーが読みたい人

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「宇宙のみなしご」 森絵都

小学校時代、図書室に置いてあった本は、当然ながら子ども向けの児童書が主でした。それから中学、高校と進むにつれて図書室のラインナップは徐々に大人向けになっていきましたし、自分で本屋巡りをして一般書籍を買う機会も増加。大人向けの本の方が生々しく露骨な描写が多いこともあり、イヤミスやホラー好きの私は児童書から遠ざかりました。

しかし、ある程度の年になってから読み返してみると、児童書は<子ども向け>ではあっても決して<稚拙>ではないことに気付きました。特に、ティーンエイジャー向けのヤングアダルト小説は、文章は平易ながら、この世の心理を鋭く衝いていたり、深刻な社会問題を取り上げたりしているものがたくさんあります。いじめ問題をテーマにしたブロック・コールの『森に消える道』、母子の歪んだ愛情を描いた篠原まりさんの『マリオネット・デイズ』、少年少女が様々なトラブルに立ち向かう宗田理さんの『ぼくらシリーズ』等、どれも心に残る面白い作品です。今回ご紹介するのは、森絵都さん『宇宙のみなしご』。私の大好きなヤングアダルト小説の一つです。

 

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中学生が主役の青春小説が読みたい人

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「崩れる 結婚にまつわる八つの風景」 貫井徳郎

結婚については、世界各国の偉人達が様々な名言を残しています。「人類は太古の昔から、帰りが遅いと心配してくれる人を必要としている」と言ったのはマーガレット・ミード、「右の靴は左足には合わない。でも両方ないと一足とは言えない」と言ったのは山本有三、「あなたがもし孤独を恐れるならば、結婚すべきではない」と言ったのはチェーホフ、「恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる」と言ったのはリヒテンベルクです。温かいものもあれば皮肉の効いたものもありますが、そもそも結婚自体、良い面と悪い面の両方を持つものなのでしょう。

現実の結婚が幸福なものであってほしいのは言うまでもありませんが、フィクションの世界ならば、結婚にまつわるトラブルは物語を盛り上げるスパイスにもなり得ます。秋吉理香子さんの『サイレンス』、垣谷美雨さんの『結婚相手は抽選で』、辻村深月さんの『傲慢と善良』等々、主人公が結婚を意識したことで事件や騒動に巻き込まれる小説はたくさんありますね。今日ご紹介する小説を読んだら、結婚するのがなんだか怖くなってしまうかもしれません。貫井徳郎さん『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』です。

 

こんな人におすすめ

結婚をテーマにしたサスペンス短編集が読みたい人

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「欺瞞の殺意」 深木章子

<手紙>という文化が成立したのは、中国、漢の時代だそうです。当時は木札に文章を書いていたんだとか。日本でも、平安時代には貴族が紙に文字を書いてやり取りを交わしています。直接相手と対面せずともコミュニケーションを取れる手紙は、かつて、何より大事な伝達手段だったのでしょう。

現代には、電話はもちろん、メールやSNS、Skypeといった様々なコミュニケーションツールが存在します。どれもこれも、利便性という点では手紙を上回るかもしれません。ですが、手紙という存在が消えることはないと思います。直接手で文章を作り、相手とやり取りする。そんな手紙でしか伝えられない思いもあるからです。今回取り上げるのは、深木章子さん『欺瞞の殺意』。手紙の特性を活かした精緻なミステリーでした。

 

こんな人におすすめ

二転三転するミステリー小説が読みたい人

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「人面瘡探偵」 中山七里

いわゆる<バディもの>と言われる作品の場合、主人公コンビの信頼関係が物語を左右する鍵となります。アガサ・クリスティーの『シャーロック・ホームズシリーズ』でも、名探偵ホームズと助手のワトソン博士の名コンビぶりは世界に知れ渡っています。信頼し、支え合うコンビの姿は、読者をわくわくさせてくれるものです。

その一方、決して友好的とは言い難いコンビの存在も、それはそれで面白いです。例えば、漫画ですが、柩やなさんの『黒執事』。幼い少年貴族と彼に仕える執事が主人公ですが、実はこの執事の正体は悪魔で、少年貴族の魂欲しさに仕えているだけ。当然、両者の間に真の信頼関係などないものの、お互い打算のため主従関係を結ぶ二人の姿は、見ていてとてもスリリングです。最近読んだ小説にも、決して仲良しこよしとは言えない名(迷?)コンビが出てきました。中山七里さん『人面瘡探偵』です。

 

こんな人におすすめ

閉鎖的な田舎での連続殺人ミステリーが読みたい人

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