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「アウターQ 弱小Webマガジンの事件簿」 澤村伊智

ミステリーやホラーのように<真相究明><問題解決>に重きが置かれる作品の場合、「なぜ主人公は必死に事件に取り組むのか」という動機付けが重要となります。ここをすんなりクリアするための方法の一つは、主人公の職業をマスコミ関係者にすること。何しろ調査・取材することが仕事ですし、犯罪性が高くないと捜査できない警察と違い、まだ物理的な被害が出ていない(判明していない)事件や、何十年も前に起きた未解決事件に対してでも動けます。

マスコミ関係者が登場する小説といえば、ぱっと思いつくのは鈴木光司さんの『リング』。雑誌記者である主人公は、その調査能力を使い、呪いのビデオの謎を解こうとします。また、最近映画化もされた塩田武士さんの『罪の声』には、三十一年前に起きた未解決事件の真相に迫る新聞記者が出てきます。上記二作品に比べるとノリはやや軽めながら、この小説の主人公もけっこう大変な目に遭っていました。澤村伊智さん『アウターQ 弱小Webマガジンの事件簿』です。

 

こんな人におすすめ

街の怪奇事件がテーマの短編集が読みたい人

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「鬼」 今邑彩

大変ありがたいことに、実家には今も私の部屋が残っています。子どもの頃に買った本も、量は減ったとはいえ保管してもらっており、それらを読み返すのが帰省の楽しみの一つです。ページが手垢で黒くなるほど読んだというのに、再読してもまだ面白いのだから、読書というのは奥深いものですね。

とはいえ、帰省中では、読破するのに何時間もかかるような大作に手を出すのはちと困難。状況に応じて読むのを切り上げられる短編小説の方が向いています。この作品も、帰省中、実家の本棚に並んでいるのを見つけて読みました。今邑彩さん『鬼』です。

 

こんな人におすすめ

ホラー寄りのミステリー短編集が読みたい人

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「ホテル・メランコリア」 篠田真由美

人がホテルに求めるものは一体何でしょう。楽しい旅のひと時を過ごすため、静かな空間でリフレッシュするため、落ち着いて仕事をするため・・・追手の目から隠れるため、などという理由もあるかもしれません。旅館と比べると、ホテルは従業員が客室内に出入りする機会が少なく、個人の空間が保たれるというのが特徴です。

静寂と賑わい、二つの要素が同時に並び立つホテルが、物語の舞台にならないはずありません。有名なのは、第一四九回直木賞を受賞した桜木柴乃さんの『ホテル・ローヤル』、木村拓哉さん主演で映画化された東野圭吾さんの『マスカレード・ホテル』辺りでしょうか。このブログでも取り上げた柴田よしきさんの『淑女の休日』、柚木麻子さんの『私にふさわしいホテル』も、ホテルに関わる人たちの悲喜こもごもを描いていました。でも、今回取り上げる作品に出てくるホテルは一味違いますよ。篠田真由美さん『ホテル・メランコリア』です。

 

こんな人におすすめ

幻想的なホラーミステリー短編集が読みたい人

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「死んでもいい」 櫛木理宇

これは小説に限った話ではありませんが、この世には<万人受けするジャンル>と<そうでないジャンル>の二種類があります。前者はコメディやヒューマンストーリー、後者はイヤミスやホラー。好みはあるにせよ、ユーモラスなほのぼの小説を読んで吐き気を催す人は少ないでしょうが、イヤミスやホラーだとそれがあり得ます。

しかし、だからといって取っつきにくいジャンルを避けまくるのはもったいないと思います。後味悪かろうがグロテスクだろうが、面白い作品は面白いもの。読んでみたら意外と好みだった、ということもあり得ない話じゃありません。そこでお勧めは短編小説。陰鬱な小説を何百ページも読むのはきつくても、ボリュームが少ない短編ならけっこうさっくり読めてしまうこともありますよ。イヤミスは怖そう、でも興味はある・・・という方は、この作品で様子見してみてはどうでしょうか。櫛木理宇さん『死んでもいい』です。

 

こんな人におすすめ

人間の暗黒面を描いたイヤミス短編集が読みたい人

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「ビネツ」 永井するみ

人間が一番無防備になる時、それは肌を見せる瞬間だと思います。それゆえ、基本的に着替えは人目につかない場所で行うものですし、捕虜やスパイに対する精神的拷問として、裸で行動させるというものもあるのだとか。すべての服を取り払って裸になるという行為は、それだけ禁忌だという意識が強いのでしょう。

しかし、時に人は、わざわざお金を払ってまで人前に肌を晒すことがあります。それは、エステサロンに行く時です。場合によっては全裸になってマッサージや脱毛処理をしてもらうわけですから、理解できない人にとってはもはや苦行の域かもしれません。ですが、そのために大枚をはたく人達がいることもまた事実。今回取り上げるのは、エステを舞台に繰り広げられる人間の欲望劇を描いた作品です。永井するみさん『ビネツ』です。

 

こんな人におすすめ

美容業界での愛憎劇に興味がある人

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「麦の海に沈む果実」 恩田陸

ひと頃、学園ものにハマっていた時期がありました。成長過程にある少年少女の人間模様とか、学校特有の閉塞感とか、子どもであるが故の残酷さとか、もう大・大・大好物。小学生や大学生メインでも面白い作品はたくさんありましたが、一番読み漁ったのは中学生・高校生が主役になる小説です。この世代の、子ども一辺倒ではないけれど大人にもなりきれていないアンバランスさが、物語を盛り上げるのに一役買っていた気がします。

ティーンエイジャー主役の小説は、今までブログ内で何冊も取り上げてきました。瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』、中山七里さんの『TAS 特別師弟捜査員』、柚木麻子さんの『王妃の帰還』などがそれに当たります。これらは、現代の日本に住む普通の(?)の少年少女が主人公でしたので、今日は少し趣を変え、ファンタジーの香りが漂う小説をご紹介したいと思います。恩田陸さん『麦の海に沈む果実』。思えば私が学園ものにハマってきっかけは、この本だった気がするな。

 

こんな人におすすめ

学園を舞台にしたダークミステリーが読みたい人

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「螺旋階段のアリス」 加納朋子

世界各国には様々な童話があります。勧善懲悪のヒーロー話からおどろおどろしい怪異譚、くすりと笑えるほのぼのストーリーまで、その作風は千差万別。物語として面白いだけでなく、現代にも通じる教訓や風刺が込められているものも多く、大人になってから読んでも楽しめます。

そんな童話の中でも、『不思議の国のアリス』のシュールさは群を抜いていると思います。主人公・アリスが見た夢の話なだけあって、登場人物の背丈が伸びたり縮んだりするわ、動植物がいきなり喋るわ、道具が擬人化するわとやりたい放題。この奇妙さのせいか、『不思議の国のアリス』がゲームや小説のモチーフとして使われる場合、どことなく不気味で謎めいた作品になることが多いようですね。例を挙げると、小林泰三さんの『アリス殺し』や、当ブログでも取り上げた柴田よしきさん『紫のアリス』といったところでしょうか。もちろんそれはそれで面白いのですが、不気味なのは苦手という読者のため、今回はほっこりと希望のある作品をご紹介したいと思います。加納朋子さん『螺旋階段のアリス』です。

 

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日常の謎を扱ったミステリー短編集が読みたい人

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「OJOGIWA」 藤崎翔

古今東西、数多く存在する<心中>の形の中で、<ネット心中>の異質さは際立っています。そもそも<心中>とは、引き裂かれそうな恋人同士があの世で結ばれることを願ってとか、家族が生活苦から逃れるためとか、そこに何らかの個人的な感情が絡むもの。一方、ネット心中の場合、縁もゆかりもない人間達が「一人で死ぬのは嫌だから」という動機で集まり、一緒に死ぬもの。当然、お互いに対する深い愛憎はありません。インターネットが発達し、何の接点もない人間同士が簡単にコミュニケーションを取れるようになったからこそ現れた心中方法です。

世相を反映しているとも言えるネット心中ですが、それが登場する小説となると、私はあまり読んだことがありませんでした。ぱっと思いつくのは、樋口明雄さんの『ミッドナイト・ラン!』くらいでしょうか。なので、この小説を見つけた時は「おおっ」と思いました。藤崎翔さん『OJOGIWA』です。

 

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スピーディなエンタメ・サスペンス小説が読みたい人

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「華麗なる探偵たち」 赤川次郎

<精神病院>とは、文字通り、精神の病気を治療するための病院です。当然ながら世界各国に精神病院は存在しているわけですが、日本の精神医療の場合、諸外国と比較すると大きな特徴があります。それは、入院期間の長さ。日本は先進国の中でも精神疾患に対する偏見が強く、一度入院してしまうと社会復帰させるための環境がなかなか整わないため、必然的に入院期間が長期化するのだとか。場合によっては三十年以上に渡って入院生活を続けることもあるそうです。

<精神病院にかかる=目には見えない精神の病を患う>という前提があるからか、精神病院を舞台にした小説の場合、どうしても重い内容になりがちです。映画化もされたデニス・ルヘインの『シャッター・アイランド』など、その代表格と言えるでしょう。ですが、いきなりそんな重苦しい作品から手を出せる読者は少ないかもしれません。というわけで、今回は精神病院が登場するライトなミステリーを紹介します。赤川次郎さん『華麗なる探偵たち』です。

 

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超個性的な探偵が出てくるユーモアミステリーが読みたい人

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「隣はシリアルキラー」 中山七里

<シリアルキラー>という言葉が使われ出したのは、一九八四年、捜査関係者がアメリカの連続殺人鬼テッド・バンディを指して言ったことが始まりだそうです。意味は、何らかの心理的欲求のもと、長期間に渡って殺人を繰り返す連続殺人犯のこと。<serial=続きの>という言葉が示す通り、複数の犠牲者を出すことがシリアルキラーの定義とされています。

シリアルキラーが小説に登場するパターンとして一番多いのは、<犯行を繰り返す殺人鬼vs犯人と戦う善人>ではないでしょうか。トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』はこの典型的なケースですし、貴志祐介さんの『悪の教典』や宮部みゆきさんの『模倣犯』などもこれに当たります。今回取り上げる作品もそのパターン・・・と思っていたら、ちょっと予想外の展開を迎えました。中山七里さん『隣はシリアルキラー』です。

 

こんな人におすすめ

連続殺人が出てくるサスペンスミステリーが読みたい人

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