ホラー作品には、登場人物達を恐怖のどん底に突き落とすモンスターがしばしば出てきます。このモンスターの種類は、大きく分けて二種類です。一つ目は、<誰が><なぜ><どのように>モンスターになってしまったか、はっきり分かるタイプ。映画『13日の金曜日』シリーズに登場するジェイソンや、鈴木光司さんによる『リング』の貞子がこれに当たります。モンスターの正体やそうなった理由が明確に存在するため、登場人物達の謎解きを見るのも楽しみの一つです。
もう一つは、登場人物達を苦しめるモンスターの正体が、はっきりとは分からないタイプ。例を挙げると、綾辻行人さんの『殺人鬼』シリーズなどでしょうか。作中でモンスターの正体は分かるものの、大前提となるすべての発端や、凶行に走る理由はあやふやなまま。登場人物達を襲う理不尽な恐怖の数々が、ものすごく恐ろしかったです。今回取り上げる作品にも、そうした正体不明の怪異が出てきました。赤川次郎さんの『禁じられたソナタ』です。多少ネタバレがありますので、未読の方はご注意ください。
こんな人におすすめ
化物が出てくるホラー小説が好きな人
そのソナタは、決して弾いてはならない---――病死した祖父から、死の直前、一つの楽譜を託された孫娘・有紀子。それは、幻の名曲として名高い<送別のソナタ>の楽譜だった。祖父の遺言に従い、楽譜を隠す有紀子だが、周囲に不気味な影がちらつき始める。姉の謎多き婚約者、不審な死や失踪を遂げる関係者達、その背後に見え隠れする<送別のソナタ>の存在。果たして亡き祖父は、あの楽譜に何を封じ込めたのか。血塗られた過去と真相を描くホラーサスペンス長編
記憶にある限り、赤川次郎さんのホラー小説の中で、私が最初に読んだ作品です。それまで『三姉妹探偵団』シリーズのユーモラスな雰囲気しか知らなかったので、その陰気さ、不気味さがかなり衝撃でした。赤川次郎さんの著作にしては珍しく、けっこうグロテスクな描写もあるので、余計にショッキングだったのかもしれません。
主人公・有紀子は、有名音楽家の祖父が運営する音楽学校に通うピアニストの卵。ある日、祖父が危篤との知らせを受けて駆け付けると、虫の息の祖父から楽譜を渡されます。それは、かつて祖父が作曲したものの、なぜか封印され、幻の名曲と噂される<送別のソナタ>の楽譜でした。「この曲は絶対に弾いてはいけない」祖父の遺言通り、楽譜を人目につかないようしまう有紀子ですが、わずかな油断からその存在が漏洩。と同時に、周辺で不気味な出来事が相次ぐようになります。狂ったように<送別のソナタ>を弾きこなそうとする元恋人、連続する不審死や失踪、何かを知っていると思しき姉の婚約者。姉や恋人の手を借り、どうにか真相を解き明かそうする有紀子。ですがその時、正体不明の何者かの手は有紀子のすぐ側まで迫っていたのです。
<絶対に〇〇してはいけないアイテム>という、ホラーのお約束がこれでもかと威力を発揮する本作。今回は<弾いていけないソナタ>ということで、全編を通し、どことなくクラシカルな雰囲気が漂っています。執筆された時代が一九八八年だから、当然インターネットもスマートフォンもなく、登場人物同士で連絡を取り合ったり、気になることを調べたりするのも一苦労。そんないい意味での古臭さが、物語の恐怖感を盛り上げるに一役買っていました。
ただ、雰囲気はどんより重めながら、赤川次郎さんらしく、物語自体はとてもテンポ良く進んでいきます。人間関係も分かりやすく、主人公・有紀子をはじめ、しっかり者の有紀子の姉・真由子、その婚約者で楽譜の謎を知っているらしい園井、有紀子と急接近する警察官・滝村、楽譜の魔力に憑りつかれたピアニスト・桐谷、学長の座を狙う事務長夫妻等々、登場人物達がしっかりキャラ立ちしています。赤川作品が映像化、あるいは漫画化に向いていると言われるのは、こういうところが原因なのでしょうね。余計な裏を考える必要がないので、すごく読みやすかったです。
で、ここから少しネタバレになりますが、前書きにもある通り、本作では怪異の正体をあえてぼかしてあります。終盤で正体の一部は分かるものの、諸悪の根源の謎は謎のまま。有紀子達も奮闘するものの、どちらかと言えば怪奇現象に一方的に見舞われているだけで、果敢に謎解きに臨むわけではありません。怪異と戦っているのが専ら園井(理由はこれまた不明)だけということもあり、ホラーにも推理小説的要素を求める読者には物足りないかもしれませんね。
一方、人知を超えた恐怖にどっぷり浸りたい時にはぴったりの作品だと思います。本作では怪異の象徴としてあちこちでネズミが出てくるのですが、これがめちゃくちゃおぞましくて不気味なんですよ。ある場面、地下に監禁された登場人物が、マッチで室内を照らすとネズミの大群がびっしり床を覆い尽くし・・・なんていう箇所は鳥肌ものでした。怨霊が電波に乗ってやって来るホラー作品が幅をきかせる昨今、たまにはこういう古典的ホラーに首まで浸かるのもオツではないでしょうか。
「〇〇しちゃいけない」は破られるのがお約束度★★★★★
かくして怪異は退治された・・・?度★☆☆☆☆
赤川次郎さんはコメディを含んだ現代ドラマのようなミステリーで幽霊が登場するオカルト要素の作品もありますが、ホラーはあまり馴染みがないです。
ホラーでありがちなタブーに触れる行為を犯してしまいどうなるのか?
定番で古典的な設定ですが赤川次郎さんならではのストーリーが楽しめそうです。
意外なくらいジメ~ッと陰気なホラーを書かれる作家さんなんですよ。
ただ、独特のライトな筆致のせいで、どんなに陰鬱なストーリーでもさくさく読めます。
ホラー小説入門としてちょうどいいのではないでしょうか。