作家名

はいくる

「死蝋の匣」 櫛木理宇

<死蝋>という現象をご存知でしょうか。これは遺体が腐敗菌の繁殖を免れ、かつ、長期間に渡って外気との接触を遮断された結果、蠟状ないしチーズ状に変化したもののことを指します。時として意図せず遺体が死蝋化することもあり、最古のものとしては、紀元前四世紀に生きていた男性の遺体が死蝋となって発見されています。

死蝋化自体は単なる現象の一つなのですが、<遺体が蝋orチーズ状になる>というインパクトある性質のせいか、フィクションにおいては、禍々しい状況下で登場することが多いです。何しろ西洋には、絞首刑になった人間の片手を死蝋化させ、ロウソクをくっつけた<栄光の手>なる呪具が存在するぐらいですから、何かしら人知を超えたオーラのようなものを感じてしまうのかもしれません。この作品での死蝋の使われ方も、非常に衝撃的でした。櫛木理宇さん『死蝋の匣』です。

 

こんな人におすすめ

・猟奇殺人をテーマにしたイヤミスに興味がある人

・『元家裁調査官・白石洛シリーズ』のファン

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はいくる

「魂婚心中」 芦沢央

かつて、漫画家の藤子・F・不二雄さんは、SFのことを<S(すこし)F(不思議)>と解釈しました。その言葉通り、この方の作品は『ドラえもん』に代表されるように、日常の中に不思議要素が混ざっていることが多いです。『スターウォーズ』のような壮大なSF叙事詩もいいけれど、身近なところから非日常を感じさせてくれる作品もまた面白いですよね。

日常の中に非日常が混じった作品は<エブリデイ・マジック>と呼ばれ、海外でも広く認知されています。一般家庭に魔女がやって来る『メアリー・ポピンズ』、森の中に不思議な生き物が棲むジブリ映画『となりのトトロ』、特殊な力を持ちながら一般社会に交じって生きる人々を描いた恩田陸さんの『常野物語』等々、名作がたくさんあります。今回取り上げる作品も、ジャンル分けするとこれに入るのかな。芦沢央さん『魂婚心中』です。

 

こんな人におすすめ

現実と少し違う世界のSF短編集に興味がある人

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はいくる

「月夜行路」 秋吉理香子

「お気に入りの作品に出てくる土地を見てみたい」「あの作者が愛した店に行ってみたい」。そう願うファンは少なくないと思います。かくいう私もその一人。映画『ロード・オブ・ザ・リングシリーズ』の大ファンでもあるため、お金を貯めて、いつかニュージーランドの撮影地すべてを回るのが生涯の夢です。

現実問題、社会人が大好きな作品ゆかりの土地を巡るのは、決して簡単なことではありません。お金、時間、家庭や仕事のスケジュールとの兼ね合い等々、越えなければならないハードルがいくつもあります。では、物語の登場人物達ならどうやってハードルを越えるかというと、この作品の主人公なんてなかなか印象的でした。秋吉理香子さん『月夜行路』です。

 

こんな人におすすめ

・ミステリー仕立てのロードノベルが読みたい人

・文学ネタが好きな人

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はいくる

「ホテル・ピーベリー」 近藤史恵

私が人生で初めて行った外国はハワイです。特大サイズの料理に、日本のそれとは色合いが違う海や浜辺、華やかな民族衣装を着た現地の人々・・・ドラマや漫画で見るような光景にワクワクしっぱなしだったことを覚えています。

とはいえ、どの国もそうであるように、ハワイは桃源郷というわけではありません。人間が集まって暮らしを営む以上、暗い面や怖い面があって当然です。先日読んだ小説では、ハワイの明るい陽射しの下、冷ややかで薄暗い人間模様が繰り広げられていました。今回は、近藤史恵さん『ホテル・ピーベリー』を取り上げたいと思います。

 

こんな人におすすめ

・ハワイが登場する小説に興味がある人

・海外が舞台のサスペンスが好きな人

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はいくる

「教祖の作りかた」 真梨幸子

巷でよく言われる話ですが、日本人は宗教に対するハードルが低い民族です。何しろ国内に存在する神様の数は八百万。仏教やキリスト教の宗教施設がご近所同士ということも珍しくなく、カレンダーを見れば世界各国の宗教行事が目白押し。「宗教?まあ、各自で好きなように信じればいいじゃん」という風土があります。身びいきかもしれませんが、こういう精神性って大好きです。

それは創作の世界においても同様で、日本人をメインに据えた作品の場合、「そんな理由で宗教と関わっちゃうの!?」と驚かされるケースも珍しくありません。荻原浩さんの『砂の王国』なんて、その代表例と言えるでしょう。それから、今日ご紹介する作品もそうでした。真梨幸子さん『教祖の作りかた』です。

 

こんな人におすすめ

色と欲に満ちたイヤミスが読みたい人

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はいくる

「聖家族のランチ」 林真理子

私の個人的な意見ですが、フィクション世界におけるジャンルの中で、<ホラー>というのはやや特殊な位置付けにある気がします。作品に求められるのは、<恐怖><怖気><震撼>といったネガティブな感情。最近はホラーも細分化してきて、ミステリー的な謎解きがあったり、恋愛要素が絡んだりするケースも多々ありますが、根本にあるのが<恐ろしさ>という点は変わりません。

そのせいかどうなのか、色々なジャンルに挑戦されている作家さんでも、「ホラーだけはまだ・・・」ということが一定数あるように思います。その一方、「〇〇先生、ホラー初挑戦!」というような作品は、普段とは違う、新鮮なカタルシスをもたらしてくれることもしばしばです。この作品を読んだ時も、相当な衝撃でしたよ。林真理子さん『聖家族のランチ』です。

 

こんな人におすすめ

家族の崩壊をテーマにしたホラーが読みたい人

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はいくる

「鬼の哭く里」 中山七里

因習ミステリー、因習サスペンス、因習ホラー・・・悪しき習慣をテーマにした作品は、こうした呼ばれ方をすることが多いです。都会ではダメというわけではないのでしょうが、設定の都合上、閉鎖的な田舎が舞台となる傾向にあるようですね。行動の不自由さ、人間関係の濃密さ、外部からの情報伝達の遅さなどが、作品の陰湿な雰囲気を盛り上げてくれます。

この手の作品で大事なのは、いかに魅力的な因習を作り出すかということ。横溝正史御大の『金田一耕助シリーズ』は言うに及ばず、三津田信三さんの『のぞきめ』といい道尾秀介さんの『背の眼』といい、読者を惹きつけてやまない因縁話が登場しました。それから、この話に出てくる因習もなかなかのものでしたよ。中山七里さん『鬼の哭く里』です。

 

こんな人におすすめ

限界集落を舞台にした因習ミステリーが読みたい人

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「骨と肉」 櫛木理宇

血が繋がった肉親同士が争うことを<骨肉の争い>と呼びます。<骨肉>とは<骨と肉のような間柄>を指すとのことで、推察するに<極めて身近な、生死を共有することもあり得る関係>という意味でしょう。文字からして血生臭さが漂ってくるようで、先人の表現って秀逸だなと感心させられます。

人類にとって不変の問題なだけあり、骨肉の争いをテーマにした作品はたくさんあります。古くはシェイクスピアの『リア王』、ちょっとユーモラスな雰囲気なら明野照葉さんの『骨肉』、ホラー寄りなら三津田信三さんの『刀城言耶シリーズ』等々、様々な状況下で肉親同士が生々しい争いが繰り広げられてきました。どんなトラブルだろうと、フィクションと思えばそれなりに面白く読めてしまうのが人情というもの。とはいえ、先日読んだ作品の骨肉の争いは、あまりに酷すぎてフィクションと分かっていても辛かったです。櫛木理宇さん『骨と肉』です。

 

こんな人におすすめ

劣悪な家庭問題をテーマにしたサスペンスに興味がある人

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はいくる

「殺し屋、続けてます。」 石持浅海

シリーズ物の作品には、しばしば<大きな変化がなく、決まった流れを繰り返す>というパターンが存在します。よく<サザエさん時空>と呼ばれる、日常系の作品に多いパターンですね。現実には往々にして悲劇的な変化が多い分、物語には不変・不動が求められるのかもしれません。

とはいえ、いくら変わらぬ世界を描いた物語でも、シリーズが進むにつれ多少は変化が出るものです。このケースで一番多いのは<新キャラが登場した>ではないでしょうか。それこそ『サザエさん』『ちびまる子ちゃん』といった有名作品も、一昔前と比べればずいぶんキャラクターが増えました。さすがにこれほどの長寿作品ではありませんが、このシリーズにも新キャラクターが登場し、今後の期待が増すばかりです。石持浅海さん『殺し屋、続けてます。』です。

 

こんな人におすすめ

・殺し屋が登場する小説に興味がある人

・日常の謎をテーマにしたミステリーが好きな人

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はいくる

「斬首の森」 澤村伊智

私は読む本を選ぶ時、必ずあらすじをチェックします。「好きな作家さんの作品は事前情報ゼロで楽しみたい!」という方も多いのでしょうが、私は大まかなところを把握してから読み始めたいタイプ。ばっちり好みに合いそうな話だった時は、読書前のワクワク感もより高まります。

ですが、世間には、あらすじからは予想もつかないような方向に進んでいく作品も存在します。私がこの手の作品で真っ先に思いつくのは、鈴木光司さんの『リングシリーズ』。おどろおどろしいジャパニーズホラーかと思いきや、続編『らせん』『ループ』と進むにつれてどんどん新事実が発覚し、SF小説の様相を呈してくる展開が衝撃的でした。それからこの本も、あらすじから想像していた話とは全然違う方向に進んでいきます。澤村伊智さん『斬首の森』です。

 

こんな人におすすめ

予想もできないようなホラーミステリーが読みたい人

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