はいくる

「仔羊たちの聖夜」 西澤保彦

この世には、様々な記念日や行事があります。大晦日、正月、ひな祭り、ハロウィン、バレンタイン。個人レベルなら誕生日や結婚記念日などもあるでしょう。こうした記念日には、プレゼントにごちそうなど、とにかく華やかできらきらしたイメージがあります。

反面、華やかであればあるほど、創作の世界ではしばしば血生臭く演出されることもあります。クリスマスなんて、まさにいい例ではないでしょうか。有名なスリラー映画『暗闇にベルが鳴る』や『ローズマリーの赤ちゃん』も、作中の季節はクリスマスシーズンでした。周りが賑やかで楽しげな分、登場人物達の恐怖や絶望が際立つのかもしれません。それからこの作品も、クリスマスが重要な要素なんですよ。西澤保彦さん『仔羊たちの聖夜』です。

 

こんな人におすすめ

・多重解決ミステリーが読みたい人

・『匠千暁シリーズ』が好きな人

スポンサーリンク

去年のクリスマスイブ、見知らぬ女性の転落死現場にたまたま居合わせてしまったタック、タカチ、ボアン先輩。三人の所持品の中に、死んだ女性が所持していたクリスマスプレゼントらしき包みが偶然紛れ込んでいたことが、一年を経て発覚する。気が咎めた三人は、女性の実家を訪れて包みを返却しようとするも、そこでの遺族の反応は実に異様なものだった。さらに、女性が転落死を遂げたマンションで、過去にも転落事故が起こっていたことが判明。一見無関係な二つの死に引っかかりを覚えたタックらは、独自に調査を始めるのだが・・・・・聖なる夜、彼らは一体何を見るのか。人間の愚かさと哀れさを描く、大人気シリーズ第四弾

 

『匠千暁シリーズ』四作目です。西澤保彦さんは、作品に超能力だの宇宙人だのがさらりと登場することが多いのですが、このシリーズは超常現象が一切出てこない本格ミステリー。ここ数年で刊行された西澤作品が、SF要素に重きを置いたものが多い分、本作の王道感がものすごく新鮮でした。

 

遡ること一年前のクリスマイブ。タック、タカチ、ボアン先輩は、とあるマンションから女性が転落死を遂げる現場に遭遇します。それから一年後、私物の中に、見覚えのないクリスマスプレゼントらしき包みがあることが判明。どうやら、転落死の騒ぎの最中、亡くなった女性の所持品が三人の持ち物に紛れ込んでしまったようなのです。一年前の出来事とはいえ、遺族にとっては大事な形見のはず。三人は意を決して遺族にプレゼントを返却しようとしますが、そこで見たのはなんとも奇妙な光景でした。おまけに、女性が転落死したマンションからは、五年前にも男子高校生が転落・死亡していたことが分かります。どちらも自殺で片付けられているものの、亡くなった二人はいずれも結婚や名門校への進学が決まっており、動機らしきものは皆無。これは果たして偶然なのか。タック達は、犠牲者二人の周辺を調べ始めるのですが・・・・・

 

西澤保彦さんは著作の中で、無意識のエゴをテーマにすることが多いです。本作は、そんな西澤ワールドの作風が如実に表れた一作と言えるでしょう。「悪気はない」「あなたを思っている」という体裁の下、相手を徹底的に縛ろうとするエゴのなんと恐ろしいことか。読者がそれを最初に目の当たりにするのは、タック達が亡くなった女性・華苗の実家を訪れる場面です。これは前半で分かることなので書きますが、華苗の父親は娘の自殺(この時点ではそう思われている)のショックから今なお立ち直れていません。ただし、それは娘が死んで悲しいからではなく、娘が父親に隠れて悩みを抱え、勝手に死を選んだことが許せないから。罰すべき娘はすでに亡く、癇癪を起こして家族に当たり散らす様子はグロテスクと言えるほどです。この父親が、華苗が死ぬまでは<頼り甲斐があって家族思いの大黒柱>だったという点に、余計に陰鬱な気分にさせられます。

 

でも、こういうエゴの押し付けって、そんなに珍しいことじゃないんですよね。それどころか、世間の至る所にある話。本作でもそれは同様で、(本人主観では)一〇〇%善意に基づいて人を支配しようとするキャラクターがたくさん出てきます。特に、主要登場人物であり、いつも超然としていた美女・タカチが独善的な父親との確執を抱えているというエピソードが印象的でした。本作において、シリーズではいつも探偵役を務めるタックではなく、タカチが謎解きを行うのは、彼女が父親の呪縛から少しずつ解き放たれつつあることを暗示しているのかもしれません。エゴ丸出しのキャラクターが続出する中、ずけずけ物を言うようで、ちゃんと個々を尊重し合いつつ付き合うタック達の姿が清々しいです。

 

ただ、唯一、本作のキャッチコピーが<抱腹絶倒ミステリー>となっていることが引っかかりました。実際のところ、後味の悪さで言えばシリーズ中トップクラス。真相自体もやりきれない上、あくまで<連続転落死を不審に思った主人公達が個人的に調査する>という設定のため、諸悪の根源と思われる人物が法の裁きを受ける描写もありません。もはやおぞましいと言っていいレベルで胸糞悪いものの、この読後感の悪さが西澤保彦さんの魅力であることも事実。きらびやかなクリスマスと、人間達の救われなさとの対比を楽しむつもりで読んでみてはいかがでしょうか。

 

謎は解けたのに救いがない度★★★★★

相変わらずミスリードの仕掛け方が上手い!度★★★★☆

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

     先ほど読んだ「聖家族のランチ」に似たようなイメージが沸きました。 西澤保彦さんのこのシリーズは1作目から読んでみたくなりました。
     日本が舞台のようでも登場人物の名前は渾名でしょうか?
     複雑そうなミステリーと設定にどう関係するのか~面白そうです。
     櫛木理宇さんの新作届きました。      

    1. ライオンまる より:

      登場人物の名前はあだ名です。
      大好きなシリーズなので、ご興味がおありなら、一作目「彼女が死んだ夜」からぜひ!!
      櫛木理宇さんの新刊がもう届いたなんて羨ましい限りです。
      澤村伊智さんの新作を本屋で見かけましたが、図書館入荷はまだ先になると思うので、今からわくわくしています。

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください