火村英生、犀川創平、湯川学、中禅寺秋彦・・・日本の小説界には、たくさんの名キャラクターがいます。物語を盛り上げる上で、魅力的な主要登場人物の存在は不可欠。『S&Mシリーズ』や『ガリレオシリーズ』がこれほど人気なのは、話自体の面白さもさることながら、上記のキャラクター達の吸引力に依るところも大きいです。
こうしたキャラクターって、実は作品が長期シリーズ化される前、短編作品にさらりと登場していることがままあります。予想以上に作者の筆が乗り、一作きりの登場で終わらせるのはもったいないと思ったのかな?それが自分の好きなキャラクターだった時は、読者としても喜び倍増です。今日取り上げる短編集には、後にシリーズ作品の主人公となるキャラクターが複数出てくるんですよ。西澤保彦さんの『赤い糸の呻き』です。
こんな人におすすめ
バラエティ豊かな本格ミステリー短編集が読みたい人
消えた骨とう品から浮かび上がる家族の闇、幽霊騒動によって見えた妄執の行方、二つの遺体が語る歪んだ人間模様、事件に臨む刑事が抱いた既視感の謎、停電中のエレベーター内で起きた殺人事件の意外な顛末・・・・・これぞ西澤ワールド真骨頂!謎と驚きに満ちた本格ミステリー短編集
西澤保彦さんといえば、超能力や宇宙人や異世界がさらりと登場する、突飛な設定の作品が有名です。そこが面白さの理由でもあるのですが、馴染めない人にはとことん馴染めないでしょう。その点、本作はキャラクターこそ超個性派な人物が多いものの、作品自体は王道をいく本格ミステリー。論理できっちり解決する話ばかりなので、「西澤保彦さんってちょっと難しい・・・」という方にこそお勧めしたいです。
「お弁当ぐるぐる」・・・失業中の男・藤川が自宅で他殺体となって発見された。所持していた骨とう品がごっそりなくなっていたため、強盗殺人事件として捜査が始まる。ところで、事件当日、藤川の妻が夫のために用意していたお弁当箱の中身は空になっていたのだが、どういうわけか彼の胃袋には物を飲み食いした形跡がなく・・・・・
超絶美形にして熱烈なぬいぐるみ愛好家である音無警部と、音無に片思いする(ぬいぐるみ狂であることは知らない)クールビューティーな女性刑事・佐智枝が初登場します。この後、『ぬいぐるみ警部シリーズ』としてシリーズ化するのも納得のキャラの濃さ!着々と捜査を進めているように見えて、内心はぬいぐるみのことばかりという音無が最高に面白いです。一方、事件の方は西澤節全開と言える、人間の見栄や欲が絡み合う生臭いもの。犯人は悪いけど、被害者の男も、もうちょっと自身を省みれば、こんなことにならなかったかもしれないのに・・・
「墓標の庭」・・・探偵・物部太郎の事務所に持ち込まれたのは、自宅の庭に女の幽霊が出るから調査してほしいという依頼だ。依頼人の亡父は、生前、人を殺して庭に埋めたと口走ったことがあるという。ところが、この庭からなんと本当に人骨が出現。おまけに、依頼人も自宅で殺害され・・・・・
都筑道夫さん『物部太郎&片岡直次郎シリーズ』のパスティーシュ作品です。未読でも問題ありませんが、元になった作品を知っていれば、面白さも増すと思います。主人公コンビの掛け合いのコミカルさと、事件の真相のおぞましさの対比がインパクト抜群でした。幽霊騒動の裏側で繰り広げられていた生き地獄を思うと、背筋が寒くなりそうです。
「カモはネギと鍋の中」・・・思いを寄せる先輩から、謎の呼び出しを受けた少年。喜び勇んで指定の場所に向かうも待ちぼうけを食らい、挙句、当の先輩の死体を発見してしまう。その後、警察を呼んで発見現場に戻ると、死体がもう一つ増えていて・・・・・
西澤保彦さんの作品って、子どもが絡めば絡むほど悪質さが増す気がします(汗)この話も例に漏れず、子ども特有の狡猾さや浅はかさ、そこから生じる悲劇の描写が秀逸でした。後半、事件を捜査する刑事とその恋人が、飲んだり食べたりしながら推理し合う展開は、いかにも西澤ワールドっぽくて好印象!なお、ここで出てくる男子中学生・渓は、この後『エミール&ユッキーシリーズ』の主役としてカムバックします。今回はさんざんな目に遭ったけど、打ちのめされていないようで良かった良かった。
「対の住処」・・・とある殺人事件の捜査に臨んだ刑事は、奇妙な感覚に囚われる。現場のマンションから見えた景色に見覚えがあるのだ。もしかしたら、俺は以前にも同じ風景を見たことがあるのか。あるとしたら、いつ、どこで?引っかかりを覚えつつ捜査を続ける刑事は、やがて一つの可能性に気づき・・・・・
こういう<常人に共感はできないけれど、想像はできなくもない動機>を書かせたら、西澤保彦さんは本当に上手いですね。犯人の論理はめちゃくちゃなんですが、最後まで読んでみると、「そういうこともあるのかも・・・」と思わされてしまうのが、実に不思議。謎のまとまり方、伏線回収の仕方は収録作品の中で一番良かったと思います。あと、ここで出てくるベテラン刑事(何らかの理由で妻子が同時に死亡)&若手女性刑事(のほほんとしているようで慧眼)のコンビ、かなり好きなので、どこかで再登場してほしいです。
「赤い糸の呻き」・・・ホテル内のエレベーターで停電が発生。すぐに復旧するも、真っ暗闇だった数分間の間に乗客の一人が刺殺された。犯人は、たまたまエレベーターに乗り合わせた指名手配犯という線が濃厚。だが、指名手配犯を追っていた刑事は腑に落ちないものを感じている。刑事は独自に捜査を続けるも、やがて不審な転落死を遂げ・・・・・
あとがきによると、石持浅海さんの短編「暗い箱の中で」を意識して執筆された作品だそうです。肝心のエレベーター殺人事件の真相もエグいのですが、それより強烈なのは最後の最後。ここで明らかになる、今まで無関係だと思われていた人物の真意にゾッとさせられました。これ、今後とんでもない修羅場にならない・・・?
西澤保彦さんの作品は、登場人物の性的な趣味や指向について触れた話が多いです。本作も、当然のように同性愛や女装愛好家やSM趣味の描写がある等、いかにも西澤ワールドらしい一作。これがこの方の持ち味なのですが、どうしても引っかかるという方はご注意ください。
この毒々しさが癖になる度★★★★★
犯罪の動機なんて、実際こんなものかも度★★★★☆
なかなか癖が強うそうなキャラクターが多い作品で西澤さんの作品に上手く活躍してくれそうな内容で面白そうです。
今回は科学やSF要素は無さそうですが、無茶苦茶な設定とキャラクターを上手くまとめた西澤さんの真髄が見られそうです。
図書館で百田尚樹さんの新作を見つけて借りてきました。
芦沢央さんの新作を予約してきました。
地方の図書館で利用数もそれなりにいるのに、新作情報を見ていないのかと思うほど新作が直ぐに届くのが有り難いです。
論理100%で解決する、西澤保彦さんらしいコミカルさとシニカルさに溢れたミステリーでした。
ここから始まったシリーズ物も面白いですよ。
芦沢央さんの新作、発売情報を見た時からすごく楽しみにしていました。
こちらは「二人一組になってください」がやっと届きました。