櫛木理宇

はいくる

「氷の致死量」 櫛木理宇

一昔前、この世における性的指向は異性愛、すなわち男女間で性的な愛情を抱き合うのが一般的とされていました。同性愛という概念自体は昔から存在したようですが、多少例外はあれど、それは基本的に不健全で非常識。差別の対象となったり、病気の一種と捉えられたり、最悪、魔女狩りのターゲットとされることすらあったと聞いています。

では、なぜそんな差別や迫害が起こり得るのか。理由は色々ありますが、その一つは<知らないから>ではないでしょうか。異性愛以外の性的指向や性自認について、知識も、知識を得る機会もないからこそ、「得体の知れない、おかしな連中」という偏った考えが生まれます。とはいえ、時間もお金も体力も有限である以上、ありとあらゆる性的指向・性自認の持ち主と直接知り合うことはほぼ不可能。そういう時こそ本を読み、映像を視聴し、少しずつでも世界と価値観を広げていくことが大切なのだと思います。先日、この本を読んだことで、改めてそう感じました。櫛木理宇さん『氷の致死量』です。

 

こんな人におすすめ

セクシャリティ問題が絡んだサスペンスに興味がある人

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「残酷依存症」 櫛木理宇

デスゲームもの、というジャンルがあります。これは、逃亡不可能な状況に置かれた登場人物達が、生死を賭けたゲームに参加する様子を描いたもの。生還者は一人だけと決められていたり、進行次第では全員生還も可能だったり、敗者は命ではなく社会的生命を奪われたりと、個性的な設定がなされていることが多いです。

けっこう古くからあるジャンルなのですが、日本で有名になったのは、高見広春さんの『バトル・ロワイアル』辺りからではないでしょうか。当初は<試合>としての側面が強かった気がしますが、段々とお遊び的なゲーム要素が強まり、ハリウッド映画の『SAW』シリーズ、金城宗幸さん・藤村緋二さんの漫画『神さまの言うとおり』、金沢伸明さんの『王様ゲーム』など、有名作品が次々生まれました。私自身も色々と読みましたが、これほど後を引く作品はちょっと他にないかも・・・・・櫛木理宇さん『残酷依存症』です。

 

こんな人におすすめ

デスゲームが絡んだサイコサスペンスが読みたい人

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「灰いろの鴉 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎」 櫛木理宇

一説によると、鳥類の中で一番賢いのは鴉だそうです。その知能は霊長類に匹敵し、記憶力・観察力にも優れ、人間の顔を見分けたり、道具を使ったりすることも朝飯前。分野によってはサルを超える成績を出すこともあるのだとか。その賢さや真っ黒な外見、敵を集団で攻撃する習性などから、不吉の象徴であり、魔女や悪魔の手先とされることが多いです。

その一方、鴉は太陽に向かって飛んでいくように見えることから、神の使いとして崇められることもしばしばでした。日本でも三本足の鴉<八咫烏>を導きの神として崇拝する文化がありますよね。鴉は視力が優れていることもあり、善きものにせよ悪しきものにせよ、<使者><斥候>というイメージがあるのでしょう。今回は、そんな鴉が印象的な使われ方をしている作品を取り上げたいと思います。櫛木理宇さん『灰いろの鴉 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎』です。

 

こんな人におすすめ

社会の歪みをテーマにしたミステリーが読みたい人

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「老い蜂」 櫛木理宇

一昔前、<お年寄り>という言葉が持つイメージは、貫禄や老練、泰然自若といったものでした。最近はどうでしょうか。老害、暴走老人、シルバーモンスター・・・残念ながら、そんなマイナスイメージのある単語が飛び交っているのが現状です。もちろん、老若男女問わず、非常識で悪質な人間はいつの時代も大勢いました。ただ、感情をコントロールする前頭葉の機能は、ただでさえ加齢により低下するもの。加えて、核家族化や非婚化が進む現代において、かつてのように家族と暮らすことができず、コミュニケーション能力が一気に衰えて暴走するお年寄りが増えたことは事実だと思います。

これまでこのブログでは、中山七里さんの『要介護探偵の事件簿』や宮部みゆきさんの『淋しい狩人』といった、老いてなお気力も知力も若者に負けず、経験を活かして活躍するお年寄りの小説を取り上げてきました。こんなお年寄りばかりなら何の問題もないのですが、悲しいかな、善人もいれば悪人もいるのが世の常です。今回は、読者の背筋を凍らせるような老人が出てくる作品をご紹介します。櫛木理宇さん『老い蜂』です。

 

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老人ストーカーが絡んだサイコスリラーに興味がある人

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「殺人依存症」 櫛木理宇

本の内容と、その本を読むタイミングというのは、密接な関係があります。例えば、大きな物事に臨む時はスカッとする勧善懲悪ストーリーがいいとか、落ち込んでいる時は悪人が出てこないハートフルコメディがぴったりとか。たかが本、されど本。読書には人の気分を左右する不思議な力があるものです。

実は私、この読書タイミングの見計らい方がものすごく下手。ずいぶん昔の話ですが、所用で飛行機に乗らなくてはならないというのに、直前になってアメリカ同時多発テロに関する本を読んでしまい、貧血起こしそうになりながら搭乗したのは懐かしい思い出です。最近も、読むタイミングを誤ってしまったせいでキツい思いをしました。櫛木理宇さん『殺人依存症』です。

 

こんな人におすすめ

人間の怖さをとことん描いたサスペンスが読みたい人

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「死んでもいい」 櫛木理宇

これは小説に限った話ではありませんが、この世には<万人受けするジャンル>と<そうでないジャンル>の二種類があります。前者はコメディやヒューマンストーリー、後者はイヤミスやホラー。好みはあるにせよ、ユーモラスなほのぼの小説を読んで吐き気を催す人は少ないでしょうが、イヤミスやホラーだとそれがあり得ます。

しかし、だからといって取っつきにくいジャンルを避けまくるのはもったいないと思います。後味悪かろうがグロテスクだろうが、面白い作品は面白いもの。読んでみたら意外と好みだった、ということもあり得ない話じゃありません。そこでお勧めは短編小説。陰鬱な小説を何百ページも読むのはきつくても、ボリュームが少ない短編ならけっこうさっくり読めてしまうこともありますよ。イヤミスは怖そう、でも興味はある・・・という方は、この作品で様子見してみてはどうでしょうか。櫛木理宇さん『死んでもいい』です。

 

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人間の暗黒面を描いたイヤミス短編集が読みたい人

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「虜囚の犬」 櫛木理宇

相手の人となりや行動を表現するための比喩として、しばしば動物が用いられます。「ライオンのような雄姿だ」となれば<勇ましく堂々とした態度>、「まるでねずみのような奴」なら<こそこそと卑しい様子>となるでしょう。実際にその動物がそういう性質かどうかは、それこそ個体差もあるのでしょうが、動物が持つイメージというのはあると思います。

では、<犬>はどうでしょうか。犬は忠誠心や家族愛が強く、命を賭して主人を守ることさえある頼もしい存在。反面、強者に服従する性質から、「あいつ、犬みたいに尻尾振りやがって」等、力に屈する態度の喩えとして用いられることもあります。この作品を読んでいる間、私の頭には鎖に繋がれ屈服させられる犬の姿がずっと浮かんでいました。櫛木理宇さん『虜囚の犬』です。

 

こんな人におすすめ

洗脳をテーマにしたイヤミスが読みたい人

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「虎を追う」 櫛木理宇

現在、インターネットは生活の至る所に浸透しています。一体いつからかは正確には分かりませんが、少なくとも私が大学生になる頃には、多くの人達が当たり前のようにネットで情報を検索したり、発言や創作物をネットに投稿したりしていました。ネットの危険性が声高に叫ばれるようになったのも、この頃からだと記憶しています。

不特定多数の、それも素性がよく分からない人たちと関わる性質上、ネットは一歩間違うと自分の首を絞める凶器になりかねません。と同時に、使い方次第では、自分の主張を世界に向けて発信し、本来なら知り合うことなどなかったはずの人達と知り合い、それによって社会を動かすことも可能です。せっかくこれほど便利なツールがあるのですから、こうした正しい使い方をしていきたいものですね。先日読んだ作品には、ネットを有効利用して戦う人たちが出てきました。櫛木理宇さん『虎を追う』です。

 

こんな人におすすめ

冤罪が絡んだミステリーが読みたい人

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「ぬるくゆるやかに流れる黒い川」 櫛木理宇

今更言うまでもない話ですが、殺人という犯罪は多くのものを奪っていきます。被害者本人の命や尊厳はもちろん、その家族の人生をも大きく揺るがし、ひっくり返し、時に破壊してしまうことすらあり得ます。昔見たドラマで、息子を殺された父親が言っていた「家族全員殺されたようなものだ」という台詞は、決して大げさなものではないのでしょう。

そんな被害者遺族の苦しみをテーマにした作品はたくさんあります。有名なものだと、東野圭吾さんの『さまよう刃』や『虚ろな十字架』、薬丸岳さんの『悪党』といったところでしょうか。今回取り上げる小説にも、理不尽な犯罪に傷つき苦しむ遺族が登場します。櫛木理宇さん『ぬるくゆるやかに流れる黒い川』です。

 

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歴史的要素の絡んだサスペンスが読みたい人

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「鵜頭川村事件」 櫛木理宇

ゆっくりと穏やかな生活を目指す<スローライフ>が注目されるようになったのは、二〇〇年を過ぎた頃かららしいです。同時に、都会の喧騒を離れた田舎暮らしに憧れる人達も増え始めました。この流れを受けたせいでしょうか。最近は田舎暮らしをテーマにした小説でも、<都会から来た主人公が、色々ありながらも近隣住民と絆を作り、困難を乗り越えて田舎暮らしに馴染む>という爽やかな作風のものが多い気がします。

もちろん、こういう小説も面白いのですが、あくまでフィクションの世界限定ならば、田舎の閉鎖的でドロドロした空気を描く作品もけっこう好きだったりします。この手の作品で一番有名なのは、やはり『金田一耕介シリーズ』でしょうか。ここ最近なら、辻村深月さんの『水底フェスタ』や中山七里さんの『ワルツを踊ろう』も、地方都市の閉ざされた世界観が巧みに描写されていました。今回ご紹介する作品でも、日本の村社会の恐ろしさがテーマになっています。櫛木理宇さん『鵜頭川村事件』です。

 

こんな人におすすめ

田舎を舞台にしたパニック小説が読みたい人

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