はいくる

「骨と肉」 櫛木理宇

血が繋がった肉親同士が争うことを<骨肉の争い>と呼びます。<骨肉>とは<骨と肉のような間柄>を指すとのことで、推察するに<極めて身近な、生死を共有することもあり得る関係>という意味でしょう。文字からして血生臭さが漂ってくるようで、先人の表現って秀逸だなと感心させられます。

人類にとって不変の問題なだけあり、骨肉の争いをテーマにした作品はたくさんあります。古くはシェイクスピアの『リア王』、ちょっとユーモラスな雰囲気なら明野照葉さんの『骨肉』、ホラー寄りなら三津田信三さんの『刀城言耶シリーズ』等々、様々な状況下で肉親同士が生々しい争いが繰り広げられてきました。どんなトラブルだろうと、フィクションと思えばそれなりに面白く読めてしまうのが人情というもの。とはいえ、先日読んだ作品の骨肉の争いは、あまりに酷すぎてフィクションと分かっていても辛かったです。櫛木理宇さん『骨と肉』です。

 

こんな人におすすめ

劣悪な家庭問題をテーマにしたサスペンスに興味がある人

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これは、俺たちの一族が抱える闇なのか—–とある事情により、家庭でも職場でも行き詰まりを感じる刑事・武瑠。ある時、彼が担当することになったのは、若い女性が犠牲となった凄惨な強姦殺人事件だった。さらに数日後、同一犯の仕業と思われる女性の遺体が発見され、事態は連続殺人事件と目されるようになる。そんな折、従兄弟のライター・願示(がんじ)に呼び出された武瑠は、衝撃的な言葉を聞かされる。「今、起きている連続強姦殺人事件は、二十年前に起きた連続殺人事件の模倣犯だ。二十年前の事件の犯人は、事故死した俺の双子の弟。何者かが弟の手記を手に入れ、手口を真似して犯行を行っているらしい」。何を馬鹿なことを・・・と思いつつ、願示が示した証拠に無視しきれぬものを感じた武瑠は、非公式ながら調査への協力を約束。そこで武瑠が目にしたのは、彼自身にも降りかかる一族の業と病だった—–負の連鎖を断ち切ることはできるのか。息つく暇もないサスペンスミステリー

 

『ぬるくゆるやかに流れる黒い川』『虎を追う』『老い鉢』『氷の致死量』に続く『刑事・今道シリーズ』(公認されていないけど、私が勝手に命名)です。櫛木ワールドにはよくあることとはいえ、相変わらず残酷な殺人や虐待描写のオンパレード。そんな中、穏やかで知的な今道夫妻の様子に癒されました。

 

主人公は、複雑な家庭環境で育った刑事・武瑠。過去のせいでアルコール依存症一歩手前であり、妻・琴子とも向き合うことができません。そんな中、管轄内で、若い女性が相次いで殺害されます。遺体の状況はいずれも酸鼻を極めるものであり、手口の共通点から、同一犯による連続殺人と断定。時同じくして、武瑠は従兄弟の願示から衝撃的な告白を受けます。なんと、今回の連続殺人事件は、二十年前に起きた連続殺人事件の模倣であり、過去の事件の犯人は願示の双子の弟・尋也(水難事故によりすでに死亡)だというのです。「尋也は犯人しか知りえないような事柄を記した手記を遺していた。その手記がどこからか流出し、読んだ誰かが今回の事件を起こしている。どうか犯人探しに協力してほしい」。荒唐無稽な主張ながら、尋也の手記があまりに真に迫っていることもまた事実。この時、勤務中の怪我で休職中だった武瑠は、復帰するまでの期間限定という条件付きで、願示の申し出を承諾します。それは、彼自身の一族の秘密を暴く決断でもありました。

 

「おれたち一族は、どうかしてると思わないか」「全員がどこか病んでいる」。中盤の願示の言葉が、本作のすべてを表しています。主人公の武瑠や、彼の妻(従姉妹でもある)の琴子、武瑠の弟の知秋、従兄弟の願示と尋也、それぞれの親と祖父母。皆が歪なものを抱えており、そのせいで社会生活に支障を来しています。この病み方が本当に尋常じゃないレベルで、読んでいて気が滅入りっぱなし。誰がどう病んでいるかは、ネタバレになるので伏せますが、特に子どもが辛い思いをする描写は本当に辛くて・・・本作の場合、連続殺人は起こるものの、焦点は<主人公一族が背負う業>に当てられているため、その闇がより深く濃く感じられました。

 

読みながら何度も「どうすれば彼らはもっと穏やかに生きられたのか」と考えてみたのですが・・・ここで思い浮かぶのは、終盤で語られる<ビンゴ理論>という犯罪心理学の用語です。人は皆、生まれ落ちた瞬間に一枚のビンゴカードを与えられる。数字の代わりに、家庭環境、肉体や精神への傷、強いストレスといったキーワードを揃えていき、それらが一列並んだ時、犯罪を犯すハードルを越えてしまう—–ものすごく納得すると同時に、彼ら一族のうち何名かはこの運命から逃れる道などなかったのかと思えてきて、暗澹たる気持ちにさせられました。

 

とにかく序盤から猟奇殺人、虐待、アルコール依存症、カサンドラ症候群、ヤングケアラーといった負の要素のデパート状態。親族間の繋がりも複雑なため、人によっては取っ散らかっていると感じるかもしれません。ただ、クライマックスまでの生き地獄っぷりとは裏腹に、ラストには希望が感じられます。本作の主人公の武瑠は、今道とは仲人をお願いしたこともあるくらい親しい仲のようだし、彼繋がりで再登場してほしいです。

 

生育環境の大事さが身に染みる度★★★★★

手記の黒塗り部分が怖すぎる・・・★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    櫛木理宇さん独特の世界観と雰囲気満載の作品でした。
     親ガチャの一言があまりにもピッタリくる内容でした。
     運命というか呪縛から逃れられない状況が怖かったです。
     毒島やアマズネス刑事のようによほど癖が強く腕っ節が強く頭が回らないと簡単には呪縛から逃れられないと感じました。
    あれだけ複雑に入り組んだ一族の過去と闇を一掃するような希望あるラストが良かったです。
     毒島刑事の4作目、マンネリ化を感じて自分としては期待外れでした。
     
     

    1. ライオンまる より:

      環境のせい、家庭のせいで蟻地獄にはまっていく様子が生々しく、恐ろしかったです。
      ただ、主人公夫妻には道が開けたようで安心しました。
      毒島刑事の新刊はイマイチだったとのこと。
      同じ作風が続くとマンネリ化してしまうと思うので、第五弾があるなら、テコ入れとして他キャラとがっつり絡んでほしいです。
      ただ、犬養すら毒島相手だと押されてしまうので、並び立てそうなキャラとなると・・・・・御子柴弁護士か光崎教授辺りでしょうか。

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