<死蝋>という現象をご存知でしょうか。これは遺体が腐敗菌の繁殖を免れ、かつ、長期間に渡って外気との接触を遮断された結果、蠟状ないしチーズ状に変化したもののことを指します。時として意図せず遺体が死蝋化することもあり、最古のものとしては、紀元前四世紀に生きていた男性の遺体が死蝋となって発見されています。
死蝋化自体は単なる現象の一つなのですが、<遺体が蝋orチーズ状になる>というインパクトある性質のせいか、フィクションにおいては、禍々しい状況下で登場することが多いです。何しろ西洋には、絞首刑になった人間の片手を死蝋化させ、ロウソクをくっつけた<栄光の手>なる呪具が存在するぐらいですから、何かしら人知を超えたオーラのようなものを感じてしまうのかもしれません。この作品での死蝋の使われ方も、非常に衝撃的でした。櫛木理宇さんの『死蝋の匣』です。
こんな人におすすめ
・猟奇殺人をテーマにしたイヤミスに興味がある人
・『元家裁調査官・白石洛シリーズ』のファン
絶対に、失敗しない。必ず、やり遂げてみせる—–とある民家の中から、刺殺された男女の遺体が発見される。現場に落ちていたのは、死蝋化した身元不明の人体の一部。この男女はなぜ殺され、なぜ現場に死蝋が落ちていたのか。混乱する捜査陣だが、残されていた指紋から、椎野千草という女性が浮上する。すぐさま捜索態勢が取られるものの、間もなく千草は女子中学生五人を殺傷して逃走し・・・・・二転三転する連続殺人に終わりは来るのか。白石&和井田の活躍を描くサスペンス長編
『虜囚の犬』に続く、『元家裁調査官・白石洛シリーズ』第二段です。何しろ主人公である白石からして悲惨な過去の経験者なだけあり、シリーズの雰囲気は終始陰鬱。ただ、本作に関して言うと、『虜囚の犬』のような監禁拷問殺人は出てこない上、一部被害者はかなり難ありな人物ということもあって、前作よりは若干マイルドに感じられました。あくまで、若干ですが(汗)
茨木県内の住宅で、男女二人が刺殺されます。現場で発見されたのは、死蝋化した誰とも知れぬ人体の一部。被害者二人はポルノまがいのジュニアアイドル事務所を経営しており、仕事絡みでのトラブルの線が濃厚かと思われました。間もなく、現場に残された指紋から、椎野千草という女性が容疑者として浮上します。その矢先、千草は女子中学生五人に突如切りかかり、二人を殺して行方をくらませます。白石はその知らせを和井田から聞かされ、愕然としました。実は千草は、かつて起きた悲惨な無理心中事件の生き残りであり、家裁調査官時代の白石が担当したことがあったのです。あの頃の千草は、とても不安定な状態ではあったけれど、連続殺人を犯すような少女ではなかったはず。白石は事件の裏に何かあると確信し、千草の行方を追い始めます。浮かび上がってきたのは、あまりに残酷な負の連鎖でした。
『骨と肉』とほぼ同時期の作品にも関わらず、櫛木理宇さん、よくもまあこれだけのバリエーションを思いつくなと感心してしまうほど、暴力・不幸・災厄のオンパレード。序盤、卑劣なチャイルドポルノ問題が出てきて「なるほど、子どもをターゲットにした性風俗がテーマね」と思ったら、間もなくティーンエイジャーのいじめ問題が浮上。さらに一家心中、育児放棄、毒親と、次から次へと出るわ出るわ・・・要所要所で語られる、狼に育てられた少年や父親研究、猿を使った人形実験などのエピソードもうまく作用していて、実に胸糞悪かったです。
とはいえ、本作はただ陰鬱なだけの小説ではありません。他の櫛木作品の例に漏れず、サスペンスミステリーとしての構成もしっかりしています。何度か出てくる、他人の家の屋根裏に隠れ住む<影>の話。その話が、終盤で驚きの真相に結び付く展開がなんとも鮮やかです。真相が分かってみると、ひっそり隠れて暮らしていた<影>の人生がやるせなくて・・・この人が明るい太陽の下で生きる道はなかったのかと、考えずにはいられませんでした。
また、本作では事件と並行して、主人公兄妹と父親との確執が描かれます。この父親の、もはや虐待レベルの幼稚さには、最後までイライラさせられっぱなし!!赤の他人ならば「そんな奴、すっぱり忘れちまえ!」と言えますが、実の子であり、父の記憶がはっきりある白石は、なかなか踏ん切りをつけられません。白石が、病死した父の遺品整理をしながら思い悩む様子が痛々しかった分、ラストで一歩踏み出す姿に胸が熱くなりました。
さらに、本作を語る上で忘れちゃいけないのが、現在専業主夫の白石が作る美味しそうな料理の数々です。わちゃわちゃ食事する白石&和井田、果子のやり取りは、暗い物語の清涼剤的存在。しらすと水菜のペペロンチーノにバナナパウンドケーキ、銀鱈の西京漬け、鶏の照り焼きetcetc。妹の果子のデート前には、わざとニンニク多めにするといった大人気なさも、白石のこれまでの苦悩を思うとなんだか微笑ましいです。たぶん続編がありそうだし、彼らが楽しく食事する光景を今後も見たいものです。
犠牲となるのはいつも子ども・・・度★★★★★
登場人物一覧表がすごく役立つ!度★★★★☆
なかなかのドギツい内容と設定でしたが、白石洛のキャラクターが日常感を生み出していて現実感が漂ってました。
違和感ある内容でも昔のミステリーのような屋根裏に住む人の駆け引きと真相が印象的で使い古された設定でも見事に更新していると感じました。
白石洛の新たな出発があり第3作が楽しみになりました。
ホーンテッド・キャンパスのように気長に待とうと思います。
主人公チームのほのぼの感が、事件の悲惨さをうまく和らげていたと思います。
このまま長期シリーズ化されるなら、いずれ白石が社会復帰する展開もあり得るのかもしれませんね。
別に専業主夫のままでもいいけれど、白石は人の心に触れる仕事に生き甲斐を感じているようだし、いい再出発を果たしてほしいです。