今更言うまでもない話ですが、殺人という犯罪は多くのものを奪っていきます。被害者本人の命や尊厳はもちろん、その家族の人生をも大きく揺るがし、ひっくり返し、時に破壊してしまうことすらあり得ます。昔見たドラマで、息子を殺された父親が言っていた「家族全員殺されたようなものだ」という台詞は、決して大げさなものではないのでしょう。
そんな被害者遺族の苦しみをテーマにした作品はたくさんあります。有名なものだと、東野圭吾さんの『さまよう刃』や『虚ろな十字架』、薬丸岳さんの『悪党』といったところでしょうか。今回取り上げる小説にも、理不尽な犯罪に傷つき苦しむ遺族が登場します。櫛木理宇さんの『ぬるくゆるやかに流れる黒い川』です。
こんな人におすすめ
歴史的要素の絡んだサスペンスが読みたい人
なぜ、私達は家族を失わなくてはならなかったのか---――二十歳の青年が起こした無差別連続殺傷事件。犯人は何一つ語らぬまま拘置所で自殺を遂げ、被害者遺族はやり場のない怒りと悲しみに苛まれる。それから時が流れ、この事件で共に家族を亡くした香那と小雪は、今なお謎に包まれた事件の背景について調べ始める。真面目だったという青年を凶行に駆り立てたものは一体何なのか。やがて浮かび上がる、歴史の闇に埋もれた真実とは・・・・・
小説には、わくわくどきどきしてページをめくる手が止まらないものと、「もう嫌だ」「こんな酷い出来事は読みたくない」と思いながらもついつい読んでしまうものの二種類がありますが、本作は間違いなく後者。序盤で起きる無差別連続殺傷事件、そこから生じる遺族の苦しみ、少女たちの調査から見えてくる犯行の背景、どれもこれもあまりに悲惨で、吐き気すら催すほどでした。それでいて、読むのをやめられない辺り、櫛木さんの高い筆力を感じさせます。
六年前に起きた無差別連続殺傷事件により、母親と弟を惨殺された少女・香那。犯人の武内譲は自殺し、香那は事件と向き合うことを避けたまま大学生になります。そんな香那の前に、ある時、元クラスメイトの小雪が現れます。小雪もまた、武内が起こした事件で家族を失っていました。「事件について調べ直さないか」小雪にそう誘われ、戸惑いながらも調査を始める香那。そこから見えてきたのは、武内の家系が抱える、根深い女性への憎悪の連鎖でした。
この憎悪の描写は、イヤミスやホラー慣れした私ですら胸糞悪くなるほど酷いものです。世の中の女性すべてを憎み、蔑み、骨の髄まで蹂躙し尽くそうとする武内家の男たち。武内譲が不可解な連続殺傷事件に走った理由もまた、この女性憎悪に起因します。では、なぜ彼らはここまで女性を憎むようになったのか、というのが本作のポイントなのですが・・・・・正直、彼らの行動のあまりの悪質さに「理由なんてどうでもいいから、こいつら全員火炎放射器で燃やしちまえ」と思ってしまいました。櫛木さんの悪人描写が優れているのは過去作品で分かっていましたが、本作はその集大成と言えるでしょう。
そんな屑野郎共のせいで、香那たちが不幸のどん底に突き落とされる展開はあまりに哀れ・・・香那も小雪も、事件のせいで身内を失っただけでなく、本来支え合うべき家族との関係も拗れてしまいます。また、中には被害者遺族である彼女たちを見世物のように扱ったり、面白がってわざと事件の特集記事を見せつけたりするような輩も存在します。そういった日々の中、香那が平穏に暮らすため徹底して周囲の空気を読み、「いじられ役」を演じる様子はやるせなかったなぁ。明るくのほほんと振る舞う香那に対し、悪意なく「今まで嫌な目に遭ったことなんてないでしょ」と言う(香那の過去は知らない)先輩の言葉、それに対する香那のリアクションが痛々しかったです。
また、櫛木さんは作品の中に歴史的・土着的な要素を取り入れることが多いのですが、本作では<からゆきさん>が登場します。これは海外に渡って娼婦として働いた女性たちのことで、十代前半の少女が生活のため売り飛ばされることもありました。彼女たちの多くは現地の過酷な生活環境のせいで早死にし、どうにか借金を返して帰国が叶っても、近隣住民はおろか家族からすら「体を売ったふしだらな女」と冷遇されることもあったとのこと。あまりに理不尽な目に遭う彼女たちの運命が悲しくて悲しくて・・・作品の冒頭とラスト、からゆきさんとなった少女の手紙が出て来るのですが、真相を知ってからだと一文字一文字が胸に突き刺さるように感じられました。
と、こんな風に終始重苦しい雰囲気が続く本作ですが、希望がないわけではありません。手を携えて過去と向き合おうとする香那と小雪の姿は清々しいですし、彼らをサポートする定年間際の刑事・今道や香那の良き理解者である伯母・晶子など、良識ある善良な人々も出てきます。武内家をはじめ性根の腐った男性キャラが多い中、今道が健やかな夫婦関係を築いている辺りも救いがありました。かなり気力を削がれるタイプの作品ですが、間違いなく読み応えはありますので、時間がある時にじっくり腰を据えて読むことをおすすめします。
この歴史を忘れてはいけない度★★★★★
許さなくたっていいんだよ度★★★★☆
理不尽に家族を失い残された少女、胸糞悪くなる悪人描写、埋もれた黒歴史、死んでしまえと思うほど酷いクズ男たち~櫛木さんの真髄が詰まったイヤミスホラー作品ですね。
予約してきましたがかなり気合を入れて読まないと挫折するかも~とさえ思います。
最近の作品をもう1冊予約してきました。
涼しくなってきた今、2冊読み切れるか?
かなり気合の要る作品でしたが、読む価値はありました。
ここまで嫌な出来事・人間のオンパレードながら、ぐいぐい読ませる櫛木さんの筆力は凄いと思います。
少しずつ涼しくなっていくようですし、読書を楽しみましょう!
やっと読むことが出来ました。
一度は届いたのですが図書館に行けないまま取り置き期間が過ぎてしまいました。
もう1冊「少女葬」は「Feed」の改題した文庫本でした。
しかし長く待たされた甲斐があると思うほど読み応えのある作品でした。
天草四郎の乱は学校で習っても「からゆきさん」の存在はこの齢で初めて知りました。
歴史の表にさえ出てこない日本の悪しき因習、人間の心の闇を描きだす櫛木さんの筆力に感心しました。
読んでいて本当に胸糞悪くなりかなり気合を要れながら無事に読み終えました。
こういう黒歴史を学校で習わせることで体罰やネグレストが少しでも減るのか分かりません。
このような歴史の犠牲になった人たちの存在も伝えていくことも大切だと感じます。
小学生にはトラウマになりそうですが中学生あたりからこういう歴史を教えたら~と読みながら思いました。
ものすごく重苦しい内容ですが、最後には「読んで良かった」と思える作品ですよね。
「からゆきさん」の存在自体は、別作品を読んで知っていましたが、こんな風にダイレクトに絡んでくる小説は初めてでした。
仰る通り、こういう犠牲者のことはもっと積極的に学校教育で取り上げていくべきだと思います。