はいくる

「充ち足りた悪漢たち」 赤川次郎

子どもという存在は無邪気なもの、裏表なく素直なもの・・・そんなイメージを抱いている人は多いでしょうし、実際にそういう面もあります。しかし、油断は禁物です。無邪気さや素直さは、残酷さや遠慮のなさに繋がるもの。「なんでそんなことをしてしまったの」と大人を唖然とさせる子どもは、現実にも存在します。

この手の<残酷な子ども>を描いた作品で私が一番衝撃を受けたのは、S.キングの『トウモロコシ畑の子どもたち』とスペインのホラー映画『ザ・チャイルド』。集団で襲って来る子どもたちと、訳も分からぬまま惨殺されていく大人たちの描写が凄惨で、しばらく呆然としてしまいました。この二作品はグロテスクな部分が多く、かなり人を選ぶと思うので、今回はもう少しマイルドな<怖い子どもたち>を紹介したいと思います。赤川次郎さん『充ち足りた悪漢たち』です。

 

こんな人におすすめ

子どもの恐ろしさをテーマにした短編集が読みたい人

スポンサーリンク

娘が巻き込まれた不可解な誘拐事件、子どもが始めた高利貸し業が巻き起こす思わぬ騒動、あまりに危険なゲームの果てに待つもの、カメラに夢中になった少年の密かな楽しみ、少女の心を傷つけた者への容赦なき制裁、優等生だった息子が抱える一つの秘密・・・・・無邪気に笑い、遊び、大人を翻弄する子どもたちを描いたシニカルなミステリー短編集

 

赤川次郎さんの小説の場合、話自体は暗く陰鬱でも、子どもは<救い><希望>として描かれることが多いです。ですが、本作は別。残酷で、頭が回り、悪いことを悪いとも思わず大人を転落させていく子どもたちが超怖い・・・一九八二年に出た作品ということもあって携帯電話もスマートフォンもパソコンも登場しませんが、現代でも十分通じる恐ろしさがありました。

 

「愛しのわが子」・・・生活に疲れ、つい苛立ちを娘にぶつけてしまう主婦・啓子。ある日、娘の真由美と外出中、不審な女と出会う。なぜか真由美はその女を「お母さん」と呼び、あろうことか彼女と共に姿をくらませてしまうのだが・・・・・

序盤に起きる誘拐(?)事件も怖いのですが、物語が加速してくるのは中盤以降。<なぜ娘は見知らぬ女についていってしまったのか>という謎の解決後に巻き起こる騒動が皮肉なような滑稽なような・・・日々の雑事に追われてヒステリックになってしまう啓子と、自分は親に八つ当たりされていると感じる真由美、両方の気持ちが分かる分、不穏なラストが後味悪かったです。

 

「わが子はアイス・キャンデー」・・・小学生の息子から「アイス・キャンデーを始めた」と言われる俊子。聞けばそれは友達相手の<高利貸し(氷菓子=アイス・キャンデー)>のことだという。子どもがそんなことするなんてと、不安に感じる俊子だが・・・

本作に登場する大人のほとんどは「子どもを叱れる立場かよ」と突っ込みたくなるタイプが多いのですが、それが一番はっきり表れているのはこのエピソードでしょう。身勝手な理由で浪費を重ね、ついに子どもから借金する大人たちの姿がなんとも愚か。というか、小学生の息子が高利貸し始めたと聞いたら、その時点で説教してやめさせなきゃならんでしょうに。この息子のふてぶてしく逞しいキャラ自体はけっこう好きなんですけどね。

 

「蛇が来た、どこに来た」・・・子どもをネタに父兄を学校に呼び出す悪戯電話。その犯人は、なんと小学生の少年・順一だった。慌てふためいて学校に駆け付ける大人を見て喜ぶ順一だが、ある時、思わぬ惨事が起きてしまい・・・・・

公衆電話が当然のように存在し、かつ、ナンバーディスプレイが一般的でなかった頃だからこそ成立した話です。この少年がこれほど悪質な犯罪(<ゲーム>では済まんでしょう)に走る理由が特になく、純粋に面白半分なところが恐ろしいです。他のエピソードの子どもの場合、「勝手気ままに遊びたい」「もっとお小遣いが欲しい」等、なんとなく心理状態が垣間見えるんですが、この話の順一にはそういう感情が一切見えず・・・末恐ろしいという意味では収録作品中一番でした。

 

「禁じられた遊び」・・・小学生ながらカメラマンとして優れた腕を持つ少年。そんな彼には、カメラの望遠機能を利用して他人の家を覗き見るという秘密の楽しみがあった。毎日のように覗き見に耽る少年だが、ある時、偶然とんでもないものを目撃してしまい・・・

<そんなつもりはなかったのに、やばい瞬間を目撃してしまった>という、サスペンス映画などでおなじみのシチュエーション。ただこのエピソードの場合、少年はそもそも<覗き見>という犯罪を犯しており、周囲の大人に相談すればそれがバレてしまうんですね。その辺りをどうまとめるかがカギとなるわけですが・・・他の収録作品の例に漏れず、このラストも意味深でした。また事件が起こりそうな匂いがぷんぷんします。

 

「拝啓、通り魔さま」・・・夜道を歩いている最中、暴漢に襲われた少女。幸い、暴行は未遂に終わったものの、目撃者が不用意に漏らした一言で事件は町中の噂になってしまう。少女の怒りは、暴行犯ではなく噂の原因となった目撃者に向かい・・・

諸悪の根源である犯人ではなく、噂をまき散らした方に憎しみが湧くという心理、なんとなく分かる気がします。この少女が被害者であることは間違いないんだけど、己の軽率さのせいでとんでもない目に遭う目撃者も哀れだなぁ。この人が、軽はずみだったとはいえ悪人ではなく、普段はどちらかと言えば善人なのが余計に悲惨でした。この目撃者家族、これからどうなるんだろう・・・・・

 

「塾に行く道」・・・主婦の良子は、ある時、息子・哲也が塾に通うふりをしてどこかへ出かけていることを知ってしまう。真面目ないい子だと思っていた息子は、嘘をついてまで何をしているんだろう。悩んだ良子は、哲也の友達にそれとなく聞いてみるのだが・・・

収録作品中、唯一後味爽やかなエピソードです。哲也の秘密は可愛いものだし、ガッチガチの教育ママではなく柔軟性のある母親や、赤川ワールドでおなじみ<しっかり者で行動力ある女の子>キャラも好印象。悪さを働く奴にきっちり罰が下る展開も良かったです。最後にこのエピソードが来たことで、本作全体に評価もかなり変わったんじゃないでしょうか。

 

どの話も、単純に<子どもって怖い面もあるんだよ>ではなく、根深いところで大人の身勝手さや軽率さに繋がっているところに考えさせられました。誰だって昔は子どもだったはずなのに、つい「どうせ子どもなんだから分からないよ」と思ってしまうんですよね。私も気を付けようと思います。

 

子どもは純粋なばかりじゃない度★★★★★

大人の嘘はばれているよ度★★★★☆

スポンサーリンク

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください