はいくる

「唐沢家の四本の百合」 小池真理子

「嫁姑の仲よきはもっけの不思議」などという言葉もあるように、嫁と姑というのは多かれ少なかれ揉めるものと思われがちです。赤の他人の同性同士が身内になるという状況のせいでしょうか。もちろん、嫁姑関係が円満にいっている家庭もたくさんあるんでしょうが、小説やドラマの中には、確執を抱えた嫁と姑が大勢登場します。

一方、舅となると、創作物に限って言えば意外なくらい存在感が薄いケースが多いです。嫁いびりをするどころか、台詞があるかないかよく分からないような場合も少なくありません。そんないまいち影の薄い舅にスポットライトを当てるため、今回は小池真理子さん『唐沢家の四本の百合』を取り上げたいと思います。

 

こんな人におすすめ

家庭内サスペンス小説が読みたい人

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裕福な唐沢家の三兄弟に嫁いだ三人の妻。舅である慎介を中心とし、三人は実の姉妹のように仲睦まじく暮らしていた。慎介の後妻である寿美江が死に、遺された娘の有沙が加わっても唐沢家の平穏は壊れない---――はずだった。別荘で過ごす四人の女たちのもとに舞い込んだ脅迫状、雪で閉ざされた道、絡み合う疑心暗鬼、そして届くあまりに残酷な知らせ・・・・・百合に見守られた別荘の中で、恐ろしい真実が浮かび上がる。幸福な家族の崩壊を描いた傑作心理サスペンス。

 

一九九一年に書かれた作品ですが、小池さん独特の美しく濃密なタッチはこの頃から十分に発揮されています。「人里離れた邸宅の中で起こる女たちの心理戦」という舞台劇のようなシチュエーションも、物語の緊張感を高めるのに一役買っていますね。そして要所要所で登場する百合の存在・・・美しく、香り高く、それでいて主張の強い百合というアイテムは、本作の雰囲気にぴったりでした。

 

妃佐子、勢津子、夏美の三人は、富豪である唐沢家の三兄弟に嫁いだ妻同士。全員が敷地内同居しているという不思議な関係ですが、舅・唐沢慎介の洒脱で気さくな人柄のせいもあり、姉妹同然の親しい関係を築いていました。そこに加わってきたのは、有沙という少女。慎介は最初の妻と死に別れた後、しばらくして後妻の寿美江を迎えます。その寿美江の連れ子が有沙でした。不幸なことに寿美江は交通事故で死に、有沙もその事故で足に後遺症を負いますが、慎介は有沙を見捨てず、温かな愛情を注ぎ続けていました。ある時、慎介と妃佐子ら三人、有沙は一緒に別荘に出かけることにしますが、慎介は急用で遅れてやって来ることに。別荘で和やかに過ごす四人ですが、そこに脅迫状が届いたことで、平穏な時間が軋み始めるのです。

 

物語の語り手を務めるのは、唐沢三兄弟の長男の妻・妃佐子。妃佐子の夫は、寿美江と有沙と一緒に事故に巻き込まれ、そのまま死亡しています。未亡人となった妃佐子はそのまま唐沢家に残り、障碍を負った有沙の面倒を見て暮らしていました。前半、彼女目線で語られる唐沢家は、まるでドラマのように幸福そのものです。ユーモアと家族愛に溢れる舅、それぞれ違った魅力を持つ三兄弟、気の置けない付き合いを続ける三人の妻たち・・・こう書くと陳腐なキャラ設定のように思えるかもしれませんが、小池さんの情感たっぷりの描写力のおかげで面白く読めてしまいます。何より、一家の中心である慎介の人物像がとても素敵なんですよ。年齢は重ねつつも遊び心を忘れず、若々しいながら年相応の知性と分別を身に付けた洒落者。三人の妻たちが尊敬し、慕うのも納得の魅力に溢れています。

 

そして、そんな一家の幸福が、一通の脅迫状を機にひび割れていく様子はとてもスリリング。別荘内で連続殺人が起こるわけでも怨霊に襲われるわけでもなく、ただ四人が会話しているだけなのですが、それでもハラハラドキドキさせられっぱなしでした。中でも、足が不自由な美少女・有沙の存在が強烈です。この手の作品では<陰のある美少女がキーマン>というのがお約束ですが・・・一見無害そうな<あの人>の本心もかなりのものだよなぁ。

 

ジャンル分けするなら<女同士のドロドロサスペンス>なんでしょうが、情景描写が美しいせいか、意外と読後感は悪くなかったです。特に素敵だったのは、語り手の妃佐子が回想する、かつて慎介と百合を見ながら交わしたとある会話。この時のやり取り一つ一つがもう胸に染み入るようで、思わず慎介に惚れてしまいそうなほど。品のいい、大人向けの心理劇を楽しみたい時におすすめです。

 

その行動は誠意か、偽善か度★★★★☆

彼女が愛していたのは果たして・・・度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    今から30年前近くの作品ですが、それほど違和感なく読めそうです。
    母と娘の歪んだ愛情、毒親のエピソードを描いたイヤミスとは違った形の嫁姑の関係もまた壮絶で、当時橋田寿賀子さんの「渡る世間は鬼ばかり」を思い出しそうです。
    長男の嫁が語り手というのも臨場感がありそうです。
    これも面白そうです。

    1. ライオンまる より:

      小池さんの作品は人間心理の描写が巧みなので、書かれた時代に関係なく楽しめます。
      嫁姑のドロドロ小説はたくさんありますが、舅がキーパーソンというのは珍しいですよね。
      ボリュームもちょうどいいので、中だるみすることなく読めました。

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