はいくる

「死んでもいい」 櫛木理宇

これは小説に限った話ではありませんが、この世には<万人受けするジャンル>と<そうでないジャンル>の二種類があります。前者はコメディやヒューマンストーリー、後者はイヤミスやホラー。好みはあるにせよ、ユーモラスなほのぼの小説を読んで吐き気を催す人は少ないでしょうが、イヤミスやホラーだとそれがあり得ます。

しかし、だからといって取っつきにくいジャンルを避けまくるのはもったいないと思います。後味悪かろうがグロテスクだろうが、面白い作品は面白いもの。読んでみたら意外と好みだった、ということもあり得ない話じゃありません。そこでお勧めは短編小説。陰鬱な小説を何百ページも読むのはきつくても、ボリュームが少ない短編ならけっこうさっくり読めてしまうこともありますよ。イヤミスは怖そう、でも興味はある・・・という方は、この作品で様子見してみてはどうでしょうか。櫛木理宇さん『死んでもいい』です。

 

こんな人におすすめ

人間の暗黒面を描いたイヤミス短編集が読みたい人

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刺殺事件を軸に絡み合う少年達の運命、非常識な母子が巻き起こす予想外の波乱、過去の記憶を背負う男が見た思わぬ真実、陰湿なストーカーがもたらした皮肉な結末、帰郷した男が直面する過去の罪、作家に付きまとう自称ファンの恐るべき執念・・・・・これはもしかしたら、明日の貴方かもしれません。人間が抱える闇と罪の重さをテーマにしたダーク・ミステリー短編集

 

櫛木理宇さんの著作には、『ホーンテッド・キャンパスシリーズ』をはじめ、比較的救いのある作風では短編もありますが、徹底したイヤミスでの短編は珍しいです。どのエピソードにも背筋が凍りそうなほどどす黒い登場人物が出てくる上、ラストはイヤ~な気持ちにさせられるものが大半。とはいえ、前書きの通り、一話一話のページ数は少ないため、どんどん読めてしまいます。ミステリーとしての構成も秀逸で、「ええっ」と驚かされっぱなしでした。

 

「死んでもいい」・・・名うての不良だった男子中学生が刺殺された。被害者は同級生の男子生徒・要に対し悪質ないじめを行っており、要は事件前にナイフを購入していた形跡もある。単純な事件だと考える捜査関係者の思惑とは裏腹に、事件は予想外の方向に転がり始め・・・

第一話から見事に騙されました。要の回想という形で描写されるいじめシーンの酷さに戦慄し、殺された少年にも非はあるよなと思ったら・・・途中、要の母親が知人に漏らした言葉の意味は、そういうことだったわけか。ラスト、要が妙に満足気なところが印象的でした。

 

「ママがこわい」・・・名門幼稚園に現れた非常識な親子。母親は担任やママ友にあり得ない要求を繰り返し、子どもは傍若無人に暴れ回る。目を付けられたママ友・梨央は日に日に疲弊していくばかり。そんなある日、ついに決定的な事件が起こり・・・

モンスターのような母親・亜沙美の行動がとにかく凄まじく、怖いを通り越してギャグかと思ってしまうほどです。途中までは、この親子の狂乱っぷりについ集中してしまうでしょうが、終盤の展開には啞然とさせられること必至。ノーマークだった人物の執念と悪意が、こんな形で炸裂するとはね。でも、あの人は自業自得です。

 

「からたねおがたま」・・・親戚の葬儀のため懐かしい田舎町を訪れた主人公は、そこで元義姉の祥子と再会する。かつて主人公の父と祥子の母は、互いに連れ子同士で再婚、数年で離婚したという過去があった。この二人の結婚期間中、なぜか親戚のみならず町中の人間が主人公一家に冷淡で・・・・・

このエピソードのみ、ほんの少しだけホラー?SF?風の味付けがしてあります。継母となった妙に婀娜っぽい女と、義姉となった早熟すぎる少女。歓迎される再婚ではないにせよ、家族全員が町中から疎外されなければならないことなのか?と思ったら、まさかそんな秘密があったとは。あまりに生々しい事情と、濃密な花の描写が強烈です。でも、主人公は真っ当な大人になったわけだし、これは収録作品中唯一救いのある話と言っていいのかな。

 

「その一言を」・・・白昼堂々、路上で起きた凄惨な襲撃事件。とあるサラリーマンにストーキング行為を繰り返していた中年女が、サラリーマンの妻を鉈で滅多打ちにしたのだ。取調室で女が語る、あまりに異様な動機。女は「あの人は私のもの」と微笑んで・・・

どんでん返しのある作品をしばしば<世界観が反転する>と表現しますが、本作の場合は反転どころか転々々々くらいします。序盤で発生する惨たらしい猟奇事件、語られる盗癖のある少女のエピソード。櫛木ワールドなんだからあっさり事件解決とはいかないだろうと予想していましたが、なるほど、こう来るか!という思いです。親がもう少し彼女と向き合っていれば、こうはならなかったかもしれないのに・・・

 

「彼女は死んだ」・・・両親亡き後、放置されていた実家を片づけるため、久しぶりに郷里に帰省した主人公。幼馴染達と楽しい再会の時を過ごすが、実は主人公にはもう一人、会いたい人物がいた。その人物・宇津木は、主人公の恩師であり、かつて殺人の容疑をかけられながら不起訴となったという過去の持ち主で・・・

『避雷針の夏』『鵜頭川村事件』等で嫌らしく閉塞感たっぷりの田舎を散々出してきた櫛木理宇さんですが、このエピソードに登場する田舎は、基本的にのどかで平和。住民達も、お節介で詮索好きではあるものの、陰湿な村八分行為など行いません。じゃあ一体どこに闇があるのかと思ったら・・・あー、そっちか。要所要所で挿入されるファンタジー小説の記述が勇ましい分、現実の湿っぽさ・生臭さにいい意味で辟易させられました。

 

「タイトル未定」・・・作家・櫛木理宇のもとに送られてきたファンレター。送り主曰く、櫛木の著作は自分の脳内のアイデアを盗んだものだから、潔く盗作を認めて謝罪してほしいという。当然、櫛木に身に覚えはない。だが、櫛木の妻やペットにも魔の手は伸びてきて・・・

著者である櫛木理宇さんの名前が登場しますが、作中では男性となっており、妻帯している身。あれ、櫛木さんって女性じゃなかったっけ?と訝しんでいたところ、思わぬ展開が待っていました。四話とは違う意味で二転三転するストーリーに振り回され、現実と虚構が入り混じったような感覚に浸れると思います。こういうファン、本当にいそうだよなと思わせられるところが余計に怖かったです。

 

この記事を書いている二〇二一年二月現在、櫛木理宇さんの著作『鵜頭川村事件』がWOWOWでドラマ化されることが決まっており、さらに『死刑にいたる病』(ブログでは改題前の『チェインドッグ』で紹介)も映画化が決定したんだとか。前々から映像映えしそうな作品を書かれる作家さんだなと思っていたので、今から完成が待ち遠しいです。

 

真相だけでなく過程もお見事!度★★★★★

血生臭さは少ないので安心です度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    櫛木理宇さんのイヤミス短編集とは珍しい。
    作者自らも登場されるとは楽しみですが男性とはどういうこと?と思いますがより楽しみです。
    グロイ、えげつない、重た過ぎる~しかし読みたい、最後まで読んでしまう。
    これがテクニックか~とさえ思います。

    1. ライオンまる より:

      作者が登場する最終話は、色々考察の余地があって、いい意味でモヤモヤさせられました。
      モンスターママに翻弄されるサイコサスペンス・・・と見せかけて、ラストに真打登場する第二話もなかなか。
      これだけ重くてエグいのに、ぐいぐい読ませる技量は凄いですよね。

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