はいくる

「彼女の背中を押したのは」 宮西真冬

本好きなら誰しも一度は憧れるであろう職場、それは<図書館>と<書店>だと思います。この二つの内、図書館は自治体運営であることが多く、採用枠がとても少ないですが、書店は多いとは言えないまでもそれなりに求人があります。周囲を本で囲まれ、手を伸ばせばすぐそこに大量の本がある生活。本好きにとっては夢のような場所でしょう。

ですが、どの職業もそうであるように、書店という仕事は楽しいことだけではありません。実際、求人情報の口コミ掲示板などを見れば、書店稼業の過酷さの一端を垣間見ることができます。とはいえ、玉石混交のネット情報じゃイマイチ大変さが伝わってこないな・・・という方は、これを読んでみてはどうでしょうか。宮西真冬さん『彼女の背中を押したのは』です。

 

こんな人におすすめ

家庭や仕事に悩む女性を描いたヒューマンミステリーが読みたい人

スポンサーリンク

妹は、本当に自ら死を選ぼうとしたのだろうか---――美貌の妹・あずさがビルから転落したと知り、ショックを受ける姉・梢子。あずさは一命を取り留めたものの、意識は戻らない。状況からして自殺の可能性が高いようだが、果たして真実はどこにあるだろう。割り切れないものを感じた梢子は、あずさの周辺の人々に会うことにする。鈍感な父と過干渉な母、苦労が多い書店での仕事、上手くいかない人間関係。それらすべてがあずさを追い詰めていったのか。距離を置いていた妹の姿を探るうち、梢子は見ないふりをしていた自身の本心と向き合うことになる・・・・・生きづらさを抱えるすべての人に贈る、切ない長編ミステリー

 

『誰かが見ている』ではネット文化を軸にした心の闇を、『友達未遂』では思春期の少女達の戦いを描いた宮西真冬さんが、本作でテーマにするのは成人女性の傷と再生。家庭について、仕事について、恋愛について、悩みの数々がとても丁寧に描写されています。あまりに丁寧すぎて、梢子やあずさと同じような状況に置かれた読者は、読んでいて胸が苦しくなるかもしれません。

 

主人公・梢子は、結婚を機に実家とは疎遠にし、穏やかに暮らす専業主婦。ある日、梢子のもとに、妹のあずさがビルから転落したという知らせが届きます。急いで帰郷した梢子が見たのは、意識不明のまま眠り続けるあずさの姿。まさか、あずさは自殺を図ったのか。幼い頃から美貌に恵まれ、母のお気に入りである一方、その重圧に苦しんでいたあずさ。一人で実家から逃げ出したという負い目がある梢子は、あずさの身近にいた人々に会い、本当に自殺未遂だったのか否かを探ろうとします。それは、自分の内面を探る旅でもありました。

 

あずさと関わる人々に会うにつれ、彼女が様々な悩みを抱えていたことが分かります。この悩みというのが、嫌になるくらい(褒め言葉)リアリティたっぷりなんですよ。あずさに過剰な期待をかけて本人の意思を無視し続ける母親。家庭内の問題を直視しようとしない父親。負担が日に日に増えていく仕事。拗れる一方の人間関係。特にドラマチックなわけではなく、ありがちな、だからこそ深刻な悩みの数々が本当に苦しかったです。<地味な姉=いいことなど一つもない><美人の妹=周囲にちやほやされて幸せ一杯>という単純な図式にしないところもいいですね。実際、いくら美人でも、こんな環境じゃあずさが脆くなるのも分かるんだよなぁ。

 

そして、中でも多くのページが割かれているのが、書店の仕事の過酷さについてです。肉体を酷使する重労働な上、売り上げなどを巡って精神的な重圧も大きく、なのに給料は上がらない。体力勝負な上に休日が潰れやすい職務の性質上、女性が長く働くことは難しく、必然的に女性軽視の雰囲気が蔓延。労働環境の悪さから、従業員間の人間関係もぎすぎすし、いざという時に支え合うことができない・・・そんな書店稼業の辛さがこれでもかこれでもかと描かれます。本が好きで好きで仕方ない従業員より、本への愛着はさほどでもない従業員の方が、案外割り切ってさくさく働いている場面なんて、いかにもありそうです。最前線の苦労をスルーする上司も、言葉にいちいち棘がある同僚も、別に悪人というわけではなく、仕事をする内にこうなったんだろうと察せられるところが余計にしんどかったです。

 

ただ、他の宮西作品と同様、本作にも希望があります。色々なことを抱え込んできたあずさにも、問題を直視することを避けていた梢子にも、ちゃんと救いが訪れます。と同時に、問題すべてが解決したわけではなく、家族関係をはじめこれからも続くであろう苦難が残っている辺り、いかにも宮西真冬さんの著作らしいですね。本作の出来事を通し成長した姉妹が、手を取り合って再生していけるよう、願ってやみません。なお、題名と各章のタイトルは結構意味深なので、しっかりチェックしておくことをお勧めします。

 

責められるべき極悪人がいないところが逆に辛い・・・度★★★★☆

このテーマで読後感良く描けるのは凄い!度★★★★★

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    宮西真冬さんは湊かなえさんや秋吉理香子さんと比較してインパクトの弱いイヤミスと言うイメージです。
     妹も厄介ですが母親に比べるとまともだと思うほど、母親の情緒不安や思い込んだら暴走するところの主人公が苦労しているのがよく判りました。
     題名の意味が伝わってきて、方向が突然変わって読後感の良いラストになるところも宮西真冬さんらしいと感じました。
     中山七里さんの「特殊清掃人」ですが、グロい描写でしたが意外なキャラクターが登場したのが良かったです。

    1. ライオンまる より:

      確かに、真梨幸子さん等のイヤミスに慣れると、宮西真冬さんの作風は爽やかとすら感じます(^^;)
      姉妹に救いがあって良かった!
      「特殊清掃人」には、確か氏家が登場しているんでしたっけ。
      どういう関わり方をしてくるのか、早く知りたいです。

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください