はいくる

「終点のあの子」 柚木麻子

どんな物事であれ、最初の一歩は大事です。最初の外食、最初の登校、最初のデート、最初の出勤・・・結果が成功するにせよ失敗するにせよ、その人にとって印象に残る出来事であることは間違いありません。

小説家にとって最初の一歩、それはデビュー作です。プロとしての人生を歩み出した記念作なわけですから、小説家本人だけでなく、読者からしても印象的な作品であることが多いですよね。この方のデビュー作も、初読みから何年経っても強く印象に残っています。柚木麻子さん『終点のあの子』です。

 

こんな人におすすめ

女子高生のもどかしい人間模様を描いた青春小説が読みたい人

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個性的な女友達に憧れる希代子、初めてのアルバイト体験に舞い上がる奈津子、失恋により孤独な夏休みを送る恭子、人気者のクラスメイトと過ごすひと時にはしゃぐ早智子、なりたい自分になれず足掻く朱里・・・・・少女達の揺れ動く心を描き切った、著者渾身の連作短編小説集

 

『ナイルパーチの女子会』では大人の女性同士の愛憎劇を、『BUTTER』では現実の事件をモチーフにした犯罪を、『らんたん』では歴史上の人物が登場する大河ロマンを描いた柚木麻子さん。その記念すべきデビュー作は、少女達のひりひりした人間模様をテーマにした青春小説です。『王妃の帰還』も女子高生が主役ですが、こちらが清々しい結末だったのに対し、本作はやりきれない展開を迎えるものが多いのが特徴です。私同様、自分の学生時代を思い出してしまった読者も多いのではないでしょうか。

 

「フォーゲットミー、ノットブルー」・・・希代子は、私立女子校の入学式で朱里という同級生に目を奪われる。有名写真家を父に持ち、海外暮らしも経験してきた朱里は個性的で、校内でも目立つ存在だ。そんな朱里と徐々に親しくなっていく希代子だが、次第に朱里の無軌道さが鼻につき始め・・・・・

大の仲良しだったはずの友達の言動が、ふとした瞬間、癇に障る。やり返してやりたいと思う。そんな、思春期なら誰でも一度は経験する負の感情の描写が見事でした。ただ、朱里は朱里でかなり無神経な面があるし、希代子が痛い目に遭えばいいと思う気持ちもほんの少し分かっちゃうんですよね。「あの時はああするしかないと思っていた」というのは、間違いなく希代子の本音なのでしょう。

 

「甘夏」・・・大人っぽく変身するため、夏休みの間、市民プールでアルバイトをすることにした奈津子。お嬢様女子校の生徒であると知られて以来、男子大学生達からちやほやされ始め、有頂天だ。そんなある日、奈津子は大学生の一人から二人で会おうと誘われて・・・

第一話で希代子の友達として登場した<森ちゃん>こと森奈津子が主人公です。第一話ではただの地味な女の子という印象ですが、この話で、彼女がひと夏の冒険を経験したことが分かります。それは当初、奈津子が期待していたような冒険ではなかったかもしれないけれど、間違いなく今後の糧となることでしょう。軽薄大学生の餌食になるんじゃないかと心配していたので、爽やかなラストで安心しました。

 

「ふたりでいるのに無言で読書」・・・失恋により、独りぼっちの夏休みを過ごす羽目になった恭子。読書三昧にコミケ参戦と、夏の楽しい計画に胸躍らせる早智子。接点などなかった二人が、ふとしたきっかけで知り合い、共に過ごすようになる。居心地の良い時間を満喫する少女達だが、ある日、変化が訪れて・・・・・

スクールカースト上位と下位の少女達が親しくなる展開は、『王妃の帰還』と同じです。二人がきゃっきゃとはしゃぐ様子は本当に楽しそうで、読んでいるこちらもウキウキしてきそうなほど。その分、ラストの切なさが際立ちますが、女子高生ならこうするしかないのかもしれませんね。でももし、カラオケで恭子があの歌を歌う選択をしていたら・・・そう想像せずにはいられませんでした。

 

「オイスターベイビー」・・・美大に進学するも、夢見ていたような人生を送ることができず、焦燥感に駆られる朱里。芸術家志望であるはずの学友達や恋人が、就活に精を出す様子を見るのもうんざりだ。唯一、親友の杉ちゃんだけは自分を裏切らないと思っていたのだが・・・・・

第一話で強烈な個性の持ち主として描かれた朱里が再登場します。群れるのが嫌いで、キャラクター物やジブリや映画『マリー・アントワネット』が嫌いで、父親のように自由に生きたいと願う朱里。もしかしたら、朱里には「私は芸術家の娘なんだから、自由奔放で個性的でなくちゃいけない」という思いこみがあったのかもしれません。そもそも芸術家だって、何のしがらみもなく自由気ままに生きているわけではないと思いますけどね。彼女が理想の生き方を見つけ出せるのはまだ先のことのようですが、今、側にいる大事な存在に気付けて良かったです。

 

なお、朱里の父親である有名写真家・奥沢エイジは、『嘆きの美女』に登場します。ほんの少しですが、娘である朱里に触れている箇所もあり、「おっ」と思わされました。この調子で、主要登場人物と言わず脇でいいから、成長した本作の少女達が他作品にも出てきてほしいものです。

 

こういう気持ち、誰でも絶対覚えがある★★★★★

大人になった彼女達が見てみたい度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    「BUTTER」「ナイルパーチの女子会」「嘆きの美女」「らんたん」「王妃の帰還」など柚木麻子さんの作品は「ランチのアッコちゃん」以来たくさん読んできましたが、「終点のあの子」はまだ未読でした。
     波乱の中学生時代と違って高校生活は平和で受験勉強に疲れたという思い出しか残っていない気がします。
     漫画のような輝く青春ではなかったものの小説のようなスクールカーストや勢力争いに巻き込まれることもなかったのは返って良かったと今更ながら思います。
     繋がりのある短編集で嘆きの美女とも関係あるとは楽しみです。
     「ネジ巻きの片思い」も未読でした。
     イギリスの首相が辞任した翌日、安倍晋三元総理が白昼堂々殺害されるというショッキングなニュースで子供たちが大人になる頃はどうなるのか?心配です。
     期日前投票は済ませてきましたが、誰がやっても同じでも投票には行って欲しいと思います。

    1. ライオンまる より:

      以前から思っていましたが、令和が始まってから大変な出来事が続きますね。
      なんとなく日本に大惨事は起こらないだろう・・・そんな無意識の思い込みが覆されました。
      少しでも未来に希望があるよう、これからも投票には必ず行こうと思います。

      中学生よりはほんの少し成長した、それでもまだ大人ではない少女達の人間模様が瑞々しくも痛々しかったです。
      「王妃の帰還」の滝沢さんの原型かと思わせる、スクールカースト最上位の恭子のエピソードが印象的でした。

  2. しんくん より:

     読み終えました。
     まさに柚木麻子さんのデビュー作だと感じるほどランチのアッコちゃんや嘆きの美女などの作品になっていく元の作品だと感じました。
     印象に残ったキャラクターは朱里や恭子より希代子と早智子の方で何となく共感出来そうです。男でも女子高生の心理や人間関係がどんなものか?リアルタイムで伝わって来ました。
     新庄耕さんの櫛木理宇さんとは別方向の容赦ない結末で重かった後にほんわかしそうな読後感でした。

    1. ライオンまる より:

      私は早智子に一番感情移入しました。
      あそこで恭子と親友にならないところがリアルなんですよね。
      朱里の後日談が語られたように、希代子や早智子のその後が気になります。

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