はいくる

「見つけたいのは、光。」 飛鳥井千砂

私は自分でこうしてブログを運営しているだけあって、他人様のブログを閲覧することもよくあります。本や映画、ドラマのレビュー、家庭内でのあれこれについて、オリジナルレシピの紹介、転職体験記etc・・・もはや取り上げられていないジャンルはないのでは?と思うほどたくさんのブログが存在し、読者を飽きさせません。

ツイッターのようなSNSと違い、長文でしっかりと自分の考えを伝えられるところが、ブログの長所だと思います。反面、思いをこめ、長文で考えを述べているからこそ起こる行き違いがあることもまた事実。そう思ったのは、最近、この作品を読んだからです。飛鳥井千砂さん『見つけたいのは、光。』です。

 

こんな人におすすめ

現代女性の悩みと再生をテーマにした小説に興味がある人

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ワンオペ育児と再就職活動に苦戦する亜希。モラハラ夫と激務の職場にストレスを溜めていく茗子。まったく違う環境で生きる二人の共通の趣味は、<光>という女性が書いた育児ブログを読むこと。ある時、光が失踪したのを機に、亜希と茗子はそれぞれの思いを胸に秘めて動き出す。旅の果てに、彼女達は何を見つけるのか。思うようにならない世の中で懸命に戦う女性を描いた、清々しいヒューマンストーリー

 

ブログがキーワードとなる作品としては、過去に降田天さんの『匿名交叉』を取り上げました。大好きな作品ですが、ネットの負の側面をこれでもかと描写したイヤミスのため、正直、好き嫌いは分かれると思います。対して本作は、辛い場面はあれど、飛鳥井千砂さんらしい希望や活力、明日へのエールが込められているので安心して読めますよ。ブログというツールの捉え方について考えることができるのも、一ブロガーとして嬉しいです。

 

前半の主要登場人物は二人。一人目の亜希は、専業主婦として子育てに勤しんでいます。夫は誠実な人柄ながら激務であり、実質的に亜希のワンオペ育児状態。正社員への道が妊娠を機に閉ざされたこともあり、つい余裕のない気持ちで子どもに向き合ってしまいます。そんな彼女の楽しみは、<Hikari’s Room>という育児ブログを読むこと。書き手である光という女性が、生き生きと育児に臨む様子に励まされていました。

 

もう一人は、正社員としてバリバリ働く茗子。一見穏やかなようで傲慢な夫への愛情は冷め、職場では妊娠中の同僚のフォローに追われる毎日を送っています。茗子は過去、妊娠中の同僚からマタハラで訴えられかけており、妊婦や子持ち女性に対し割り切れない気持ちを抱えていました。彼女にとって、いつも前向きな<Hikari’s Room>の光は癇に障って仕方ない相手であり、ブログに攻撃的な書き込みをすることをやめられません。

 

そんな中で起きた、光の突然の失踪。あれほど明るくパワフルな彼女に一体何が起きたのか。まさか、茗子の度重なるアンチコメントに傷ついた末の出奔なのか。最後の投稿から、光の居場所の見当をつけた亜希・茗子は、衝動的に光を追う旅に出ます。果たして彼女達は光を探し出すことができるのでしょうか。

 

これがミステリーかサスペンスなら、光の失踪には不気味な謎が絡んでいたりするのでしょうが、心配は御無用。作中で血生臭い事件は一切起こりません。それどころか、亜希・茗子が行動を起こす発端となった光失踪事件は、拍子抜けするほど簡単に解決します。あまりに呆気なさすぎて笑っちゃうくらいですが、現実って意外とこういうものなのかもしれませんね。

 

代わりにクローズアップされるのは、亜希と茗子が直面するままならない現実についてです。夫の優しさは理解しつつ、一人で行う育児にすり減っていく亜希。やっと実現にこぎつけた就職面接も、子どもの発熱でお流れになる脱力感。この感覚は、経験したことのある人にとっては堪らないものでしょう。ワンオペ育児をテーマにした小説では、しばしば鈍感だったり無関心だったりになりがちな夫が、<気持ちは十分あるけれど、激務すぎて物理的に育児に割く時間がない(時間を必死にやりくりして子どもと関わろうとはしている)>と描写されているのは、ちょっと目新しい気がします。この夫に対し、自分が限界なのを訴えられない亜希の気持ち、分かるなぁ。

 

でも、亜希の苦しみは切実なものなんだろうけど、読者目線でより痛々しいのは、茗子の方ではないでしょうか。職場では、同僚の妊娠や育児を理由に当然のように仕事を増やされ、サボりを咎めればマタハラ扱い。夫は茗子の気持ちを思いやることは一切なく、家事はすべて茗子任せ。過去に茗子が流産した際には、「俺にまだ謝ってないよね?」などと言い放つ・・・あまりの無神経さ・愚かさにイライラムカムカしっぱなしでした。たぶん、自分では「俺って理性的に妻を接することができるいい夫♪」とか思っていそうなところがより腹立つ!

 

そんな亜希と茗子が偶然出会い、予想外に光とも出くわす展開は超サプライズ!普通ならご都合主義だと捉えられそうですが、現れた光の姿が、二人がブログ上で想像していた姿と違うことで、いい感じにリアリティを出しています。前述した通り、気軽なお喋り感覚のSNSと違い、ブログは投稿者の意見や感情が長く濃く込められていることが多いです。自然、それを受けた読み手が投稿者のイメージを膨らませる割合も多くなり、場合によっては「なんか思っていたのと違う」「ブログのイメージと違ってがっかり」といった行き違いも起こりかねません。で、亜希・茗子と光の場合はというと・・・詳細は語りませんが、三人の束の間の触れ合いがとても清々しいもので良かったです。彼女達が出会ったのが出雲の地ということもあり、まさか本当に神様の思し召し?と思ってしまいました。

 

この旅を経て、亜希と茗子はブロガー・光だけでなく、人生の光をも見つけることができたのでしょう。光に辿り着くのはまだ先でも、見つけられれば希望がある。そう実感できる良作でした。

 

二人の悩みが切実すぎる度★★★★★

居酒屋の店主さんに敢闘賞!★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     主人公の女性2人は「正直者は馬鹿を見る」の典型だと思いながら読んでました。
     ブログに救いを求めた2人が偶然にも会ったことで一気に事態が良い方向に急展開した場面にホッとしました。
     ネットでの弊害、批判だけでなく出会い系サイトを通じての犯罪は後を絶ちませんがこのような救いのある繋がりがあることは望ましいですね。
     SNSはmixiのみでブログはmixi通じてくる「ハイクル」だけですがもう少し他のブログを観てみようと思いました。

    1. ライオンまる より:

      私がイヤミスやホラー大好き人間ということもあり、ネットの負の側面を描いた作品に触れがちです。
      でも本作は、ネット文化をとても前向きに捉えていて、明るい気持ちになれました。
      こういう使い方が現実世界でも増えてほしいです。

      しんくんさんが唯一チェックしているブログが「はいくる」だなんて、すごく光栄です。
      私はTwitterを閲覧のみで利用していますが、一つ一つの投稿が短いので、良くも悪くもあっさりしています。
      読書レビュー等を投稿・閲覧するのはmixiの方が使いやすかったなと、しみじみ思います。

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