はいくる

「掬えば手には」 瀬尾まいこ

<テレパシー>という超能力があります。これは、心の中の思いが、言葉や身振り手振りを使わずに他人に伝わる能力のこと。SF作品などで敵相手に大立ち回りするような派手さはないものの、実生活では結構便利そうな能力に思えます。

テレパシーが登場する小説としては、筒井康隆さんの『七瀬三部作』と宮部みゆきさんの『龍は眠る』がぱっと思い浮かびました。どちらにも、己の能力に苦しみ、葛藤する超能力者が登場します。では、この作品ではどうでしょうか。瀬尾まいこさん『掬えば手には』です。

 

こんな人におすすめ

テレパシーが絡んだヒューマンストーリーが読みたい人

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容姿も勉強も運動も平均レベルの主人公・匠。そんな彼には、唯一、人とは違う能力があった。それは、人の心が読めるという力。この力を使い、平凡ながら穏やかな日々を送る匠だが、唯一、バイト仲間である常盤さんの心だけはなぜか読めない。おまけに、常盤さんの身辺では、どういうわけか匠にしか聞こえない謎の声が聞こえるようになる。その声の主を<秋音>と名付け、交流を深めていく匠だが---――読み終えたら、きっと勇気が湧いてくる。人の優しさが胸を打つ成長物語

 

瀬尾まいこさんの著作でSF要素が絡むのって本作が初めてではないでしょうか。もっとも、そう大がかりなものではなく、世界観は優しく温かないつもの瀬尾ワールド。超能力とか、そういう現実離れした設定はイマイチ・・・という方でも楽しめると思います。

 

主人公・匠は、平凡な大学生を自称する一方、人の心が読めるというすごい能力を持っています。落ち込んでいる人を慰めたり、人間関係の揉め事を解決したりと、能力を活かして過不足ない毎日を送る匠。ですが、バイト仲間である常盤さんの心だけはどういうわけかまったく読めず、どれだけコミュニケーションを取ろうとしても距離を置かれたまま。その上、常盤さんの近くにいると、どこからか謎の声(匠以外には聞こえない)が聞こえるようになります。匠はその声を<秋音>と名付け、親しく会話するようになりました。常盤さんの淡々とした態度と、姿の見えない秋音の存在は、何か関係あるのでしょうか。秋音との対話を続ける中、匠が知ったのは、常盤さんが抱える辛く哀しい過去でした。

 

何よりまず印象的だったのは、テレパシーの能力を持つ匠が、ものすごく平穏な毎日を送っていること。小説の中でこの手の超能力を持つ登場人物って、能力のせいで人の暗部に触れまくり、他者との深い付き合いを避けてひっそり生きているイメージが強いです。前述した『七瀬三部作』の七瀬然り、『龍は眠る』の織田然り、生き辛さを抱えていることが多いのではないでしょうか。

 

一方、本作の主人公・匠は、能力を使って<人の気持ちがよく分かるいい奴>ポジションを確立し、そこそこ円満な人間関係を築いています。『温室デイズ』や『僕の明日を照らして』などで出てきた過酷ないじめ・虐待の描写もなく、曲者のバイト先店長・大竹さんとも何だかんだ言いつつ上手くやり、仲の良い幼馴染の女の子もいる・・・リア充じゃん!と思う読者も少なくないでしょう。

 

ですが、そういう円満シーンの端々から垣間見える、匠の寂しさや満たされなさの描写が上手いんですよ。芸術家肌の個性派一家の中、一人だけ平々凡々に生まれてしまった孤独。両親の落胆が分かってしまう辛さ。唯一の特技と言える読心術だって、年を重ねるにつれ多かれ少なかれ誰でもできるようになるという諦念。匠はそれなりに恵まれた環境で生きているし、本人もそれを自覚しているんだろうけど、恵まれているからといって寂しさが消えるわけじゃないよね・・・という描き方がなんとも秀逸でした。実際、この家族の中で非凡な才能を発揮できないって、かなり辛いと思うなぁ。

 

描写の上手さといえば、匠以外の登場人物の造詣もすごく魅力的です。キーパーソンとなる常盤さんや、匠の能力開花のきっかけとなった三雲さんもいいけれど、読者の票は匠のバイト先店長・大竹さんに集まるのではないでしょうか。この大竹さん、料理の腕はいいものの口も態度も最悪で、匠と常盤さん以外のバイトは数日しか続かなかったという曲者です。ただ、匠は能力のおかげで、大竹さんが密かに孤独を抱えていることに気付き、長く働いていました。そんな大竹さんが、ふとしたきっかけで自身の背景について打ち明ける場面。あれこれありつつ匠のペースに巻き込まれていく場面が切ないやらおかしいやら。そこで「だんだんといい人になりました」ではなく、交流が生まれても基本はいつもの大竹さんだという所が面白かったです。

 

常盤さんの秘めた過去、秋音の真実は切ないものだったけれど、この経験を通し、匠も、常盤さんも、前進していけるはず。そう確信できる、爽やかで光溢れるラストでした。そう言えば、本作には初回限定で、大竹さん目線での本編終了後を描く『アフターデイ』が添付されていたのだとか。こういうことがあると、図書館派から転向したくなっちゃいます。

 

こんな能力を持っていても<普通>でいられるって、実はすごい度★★★★☆

オムライスがめっちゃ食べたい!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     人の心が読める能力を持つ主人公のストーリーは何冊もありましたが、この作品が最も優しさがあり寄り添える作品でした。
     口が悪いですが優しい店主の大竹さんのキャラクターも良かったです。
     三雲さんや常磐さんなど登場人物たち、匠の中にいる秋音など日常の中で繰り広げられるほっこりしたストーリーが瀬尾まいこさんらしく気持ち良く読み終えました。
     先週、テレビで放映されていた「そしてバトンが渡された」を観ました。
     映像化されるとさらにストーリーの新たな場面を見たような気分になりました。
     この作品も映像化して欲しいと思いました。

    1. ライオンまる より:

      人の優しさや生きる希望が満ち満ちている作品でしたね。
      匠の家族との関係や、常盤さんの心の傷など、すべてが解決したわけではないところも、ご都合主義に走り過ぎず良かったです。
      映像化されたら、さぞ面白いことでしょう!
      大竹さんは、大泉洋さんに演じてほしいです。

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