はいくる

「光の帝国 常野物語」 恩田陸

<その作家さんの著作の中で最初に読んだ本>というのは、強い印象を残しがちです。それが気に入らなければ「この人の本は、もういいかな」となる可能性が高いですし、逆に気に入れば、著作すべてを網羅したくなることだってあり得ます。読書に限った話ではありませんが、最初の一歩って重要なものなんですよね。

私は特に、気に入った作家さんの著作は一気読みしたくなるタイプなので、最初にどの本を読むかはかなり大事です。学生時代、西澤保彦さん『七回死んだ男』を読んでハマった時は、図書委員の権限を利用して西澤保彦さんの著作を購入リクエストしまくったっけ。それからこの本は、私が恩田陸さんにハマるきっかけを作った、記念すべき第一作目です。今回は『光の帝国 常野物語』を取り上げようと思います。

 

こんな人におすすめ

超能力が出てくる連作短編集に興味がある人

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不思議な能力を持ちながら、その力を隠し、静かに穏やかに生きることを選んだ常野一族の人々。彼らはなぜ、この世に存在するのだろう。その力は何のためにあるのだろう。途方もない量の書物を記憶できる少年の葛藤、予知能力を持つ女性と出会った青年の未来、不思議な伝説のある山に登った男が垣間見たもの、迫りくる敵と対峙し続ける母親の戦い、戦火の中で静かに生きる子ども達の運命、過去を回想しつつ目的地へと向かう婚約者たちの語らい・・・胸を打つファンタジー連作短編集

 

恩田陸さんのSFは、結末をはっきり描かない作風もあり、合う合わないがはっきり分かれる傾向にあります。ですが、私に関していえば本作は大当たり!超人的な記憶力を持つ<引き出し>、遠く離れた場所の物事が分かる<遠耳>、遠距離を短時間で移動できる<つむじ足>といった異能の描写が秀逸で、超能力モノが苦手という人でもとっつきやすいのではないかと思います。何より、権力への志向を持たず、広く世に紛れて生きることを是とする常野一族の人々が素敵なんですよ。本当に彼らと会いたくなってしまうくらい魅力的でした。

 

「大きな引き出し」・・・膨大な事柄を完全に記憶できるという能力を持つ春田家。その長男である小学四年生・光紀は、家族の能力を周囲に秘密にしなくてはならないことが少し不満だ。なぜ自分は人と違うのだろう。なぜ生まれ持った力を隠さなければならないのだろう。そんな彼にも、自身の能力と向き合う時が訪れて・・・・・

第一話に、主人公として最年少の小学生視点の話を持ってくるところが上手いですね。幼い目線で語られる常野一族の能力の不思議さ、決して目立たず世間に溶け込んで生きる柔和さ、天与の能力を隠さなくてはならない理不尽さの描き方が丁寧で、この世界観をすんなり受け入れることができました。今まで物事を機械的に丸暗記しているだけだった光紀が、本当の意味で能力に目覚める場面の描写、凄い!!

 

「二つの茶碗」・・・その店で働く女性にお茶を頼むと、未来を見てくれるという。知人に連れられてくだんの店を訪れた篤は、事前に言われていた通りお茶を頼むが、なんと茶碗がいきなり割れた。曰く、この女性・美耶子には予知能力があり、お茶を頼んだ客が凡人なら白湯を、大きな物事を成す大人物ならお茶を出すらしく・・・・・

こんな店があったらすごく行ってみたい反面、白湯を出されたらやっぱりちょっと悲しいかも・・・それはともかく、ごく普通に生きていた篤が、美耶子との出会いで大きな流れに乗ったであろうことを推察させる表現が巧みでした。ラスト一行の締め方がなんとも印象的です。

 

「達磨山への道」・・・恋人と破局し、気分転換も兼ねて男友達と共に登山を行う倉田。この達磨山には「人生の転機にある人間が登ると、その人にとって重要な場面を見ることができる」という言い伝えがあった。かつて、倉田の父親も、この山でそういう場面を見たことがあるそうで・・・・・

基本的に優しさを感じさせる収録作品が多い中、唯一、哀れさや不穏さを感じさせる話です。失意の中、こんなものを見てしまった倉田が、今後とんでもないことをしでかさないか不安で仕方ありません。ここで語られる達磨山伝説は、短編で終わらせるのはもったいないほど雰囲気があるので、今後どこかで再登場してほしいですね。

 

「オセロ・ゲーム」・・・夫の失踪後、娘と二人で暮らす暎子の日常は、緊張の連続だ。暎子達を<裏返そう>と目論む敵は街中に潜んでいて、一瞬たりとも気が抜けない。強い力を持っていた夫も<裏返され>、姿を消してしまった。娘を守り、いつか夫のことも取り戻したい。そう決心する暎子だが、やがて敵に隙をつかれてしまい・・・・・

異能を持ちながら静かに生きる常野一族の中、ほぼ唯一と言っていい戦闘描写のある話です。有能なキャリアウーマンであり、頼れる母親であり、優れた戦士でもある暎子がめちゃくちゃカッコいい!洋画『グロリア』の主演女優に似ていると評されるのも納得の女傑ぶりです。なお、拝島母娘の話は長編『エンド・ゲーム』に続くので、ご興味がある方はぜひ!

 

「手紙」・・・その昔、とある地には<ツル先生>と呼ばれる老人がいたという。膝を鶴のように曲げ、七十歳を超えると思われる<ツル先生>は、なんと明治時代からまったく変わらぬ姿で子どもたちに読み書きを教えていたらしい。戦時中には青森の分教場で目撃されているが、そこは謎の爆破事故で消滅していて・・・・・

第三話「達磨山への道」の主人公・倉田の父親が主要登場人物となります。倉田の父親が、友人・寺崎らの力を借りて常野一族について調べる話で、作中の大部分を占めるのは手紙。書簡形式で語られる、常野一族の静謐な在り様が胸に染み入るようでした。最後、寺崎とツル先生の邂逅は、ここだけでも映像で見たいほど好きなシーンです。

 

「光の帝国」・・・戦時中、一族の子どもを守るため、ツル先生は白神山地の某所に学校を作る。豊かな自然の中、穏やかに絆を育んでいく教師と子ども達。だが、一族の力に目を付けた軍部が、子どもを引き渡すよう要求してきた。折り悪くツル先生は遠方に滞在中。わずかな教師と子ども達は、周囲を軍隊に囲まれ、籠城戦を強いられるのだが・・・・・

表題作にして、間違いなく収録作品中一番、読者に強い衝撃を与える話でしょう。前半、子ども達が打ち解け合っていくところが素晴らしい分、軍隊によって兵糧攻めにされ、一人また一人と犠牲者が出る描写が痛ましくて・・・終盤、森への突撃場面は、読んでいて涙が出そうでした。長命であるツル先生が、何を思いながら長い長い時を生き続けているのか。それが分かるラストが救いです。

 

「歴史の時間」・・・亜希子のクラスに、記実子という転校生がやって来た。目立つタイプではないが不思議な存在感の持ち主で、クラスにもすんなり溶け込んでいく。そんな記実子に誘われるように、亜希子は授業中、空を飛ぶ光景を見るのだが・・・・・

ここで出てくる記実子は、第一話「大きな引き出し」主人公・光紀の姉です。光紀目線では勝気でしっかり者の記実子ですが、クラスメイトの亜希子目線だと、不思議な存在感を持つ転校生。二人が空を飛ぶ場面の描き方はとても神秘的で、恩田陸さんの本領発揮!という感じでした。この話だけだとやや尻切れトンボなのですが、「黒い塔」に続くのでご安心を。イチオシキャラの光紀が出てこなかったのが、少し残念です。

 

「草取り」・・・黙々と<草取り>を行う男性に対して実施されたインタビュー。草は、地面に生えるのではない。街の至る所に、そこを行き交う人々の体中に、毒々しい草が生えているのだ。男性は、それらの草を除去することを生業としていて・・・

本作中に登場する常野一族は、名前や背景がきちんと描かれるパターンが多いのですが、この「草取り」の男性はバックグラウンドが一切不明。収録作品の中では異色作と言えるでしょう。特筆すべきは、ビルや通行人にびっしりと生えた草(常野一族以外には見えない)の描写。これがものすごくおぞましく、こんなものに完全に侵食されてしまったらどうなるのかとハラハラゾワゾワしてしまいました。描写から察するに、この<草>は「オセロ・ゲーム」と繋がりがあるのでしょうか。

 

「黒い塔」・・・自身に不思議な力があることに薄々気づきつつ、目を背けて生きる亜希子。秘密の多い生活に疲れ果てる中、父の見舞いのため、秋田の実家に帰省する。その最中、バス事故に巻き込まれた亜希子は、居合わせた赤ん坊を守ろうと・・・・・

「歴史の時間」の亜希子が再登場し、彼女のルーツが明かされます。「歴史の時間」では真実を受け入れきれなかった亜希子が、己の力を自覚し、再出発を決める姿の凛々しいこと!ここでも出てくる記実子もいい味を出しています。「二つの茶碗」との繋がりもあるので、ここまで読んできた読者はきっと「おっ」と思うことでしょう。

 

「国道を降りて・・・」・・・チェリストの律と、フルート奏者の美咲は、律の故郷の地を訪れる。今日はこの地に律の一族が集まるため、一緒に演奏する予定なのだ。律をはじめ一族には不思議な力があるが、あえて力を誇示せず、世界中にばらばらになって生きる道を選んだのだという。集合場所に向かう道中、不思議な安らぎを感じる美咲。やがて彼らの前に、一族の長老だという老人が現れて・・・

不思議な力を持つ律と、その婚約者である美咲の物語・・・だけに終わらず「光の帝国」とも繋がる構成が見事でした。最後、飄々としたツル先生が感情を見せる場面は、感無量の一言です。ずっと待っていて良かったね。あと、個人的に、律の美咲へのプロポーズシーン、これまで読んだどの小説のプロポーズより好きでした。末永くお幸せに!

 

なお、第一三四回直木賞候補作となった『蒲公英草紙』は、この『常野物語シリーズ』の中の一作です。日露戦争後の話なので、時系列としてはこれが一番最初。戦争が絡んでくる関係上、辛い描写も多いのですが、間違いなく名作です。本作の世界観が気に入った方は、ぜひ読んでみてください。

 

常野一族の人々の描写が素晴らしい!度★★★★★

世界観の作り込み方がすごい度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     超能力をテーマにしたストーリーは好みです。
     恩田陸さんの世界観が別次元まで踏み込んでよく分からない作品がありました。
     「光の帝国」「オセロ・ゲーム」がそれに近い気がします。
     「大きな引き出し」は漫画「アウターゾーン」に近いイメージで面白そうです。
     「歴史の時間」も面白そうで繋がっている短編もあるということで楽しみです。
     五十嵐貴久さんの「死写会」読み終えましたが、読まれたでしょうか。
     ホラーミステリー好きにはお薦めしたいです。
     気分が悪くなる人の業も多い内容ですが、櫛木理宇さんの作品に共通するものがあります。
     今から櫛木理宇さんの「ふたり腐れ」読みます。

    1. ライオンまる より:

      恩田節全開!と言える物語ですが、不思議とすんなり頭に入ってきました。
      私は「失われた地図」等のSFはちょっと合わなかったのですが、本作は私的・恩田作品ベストランキングでトップ3に入るくらいお気に入りです。
      「死写会」は気になっていたので、お勧めと聞いて期待が高まりました。
      こちらは湊かなえさんの「C線上のアリア」を読み始めたところです。

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