ものすごく有名な割に、日本の創作物で主要キャラになることが意外と少ない存在、それが<天使>と<悪魔>だと思います。どちらも外国の宗教に由来する存在だからでしょうか。海外作品の場合、主人公のピンチを天使が救ってくれたり悪魔がラスボスだったりすることがしばしばありますが、日本ではこれらの役割を<神仏><守護霊><怨霊><妖怪>等が担うことが多い気がします。
簡単に説明しておくと、<天使>とはキリスト教やユダヤ教、イスラム教における神の使いで、<悪魔>とは神を冒涜し、敵対する超自然的存在だそうです。両者とも、比喩で使われることは多々あれど、そのものずばりがドドーンと出てくる国内作品となると、赤川次郎さんの『天使と悪魔シリーズ』か、森絵都さんの『カラフル』くらいしか知りませんでした。他には何かないかな・・・と思っていたところ、出会ったのがこの作品、朱川湊人さんの『今日からは、愛のひと』です。
こんな人におすすめ
笑って泣けるファンタジー小説が読みたい人
金も仕事も頼れる家族もなく、人生崖っぷち状態の主人公・幸慈(ユキジ)。ある時、派手な女にカツアゲされていた男を助けてやるが、なんと男は記憶喪失なのだそうだ。紆余曲折を経て、この男と幸慈は、シメ子という女が家主を務めるシェアハウス<猫の森>に住むことなる。そこでは、なんだか一癖ありそうな三人の男達が暮らしていた。ここは一体何なのだ。不審に思いつつ、<猫の森>での暮らしに馴染み、愛着を感じていく幸慈。そんな彼の前に、事あるごとにあのカツアゲ女が現れるのだが・・・・・最後の一行が胸を打つ。温かくも切ない傑作ファンタジー
朱川湊人さんの作品には、幽霊や妖怪、異星人といった人外の存在がさらっと出てくることが多いです。本作で登場するのは天使と悪魔。喩えでも何でもなく、本物の天使と悪魔が、あまりにイメージと違う姿で現れるので、初読みの時はきっと目を丸くしてしまうでしょう。朱川湊人さんの、こういうコミカルでいながら妙に説得力のあるキャラ造形、大好きです。
主人公は、無職の上に無一文、家族にも絶縁されお先真っ暗な二十八歳の幸慈。ある時、気まぐれから、ド派手なギャルにカツアゲされる男を助けてやります。自己申告によれば、男は人間界に追放された元・天使で、さっきのギャルは悪魔。この情報以外、何も覚えていない記憶喪失状態とのこと。こりゃヤバイ奴に関わっちまった・・・厄介に思う幸慈ですが、様々な要因により、男(仮名・ガブリエル)と共に、シメ子と名乗る若い女の家、通称<猫の森>で共同生活を送る羽目になります。<猫の森>では、強面ながら頼れるリーダー格のマロ、お喋りなスマホ中毒者の奥山、イケメンでカードゲームマニアのミチヤが暮らしていました。赤の他人同士の暮らしに、幸慈は最初こそ鬱陶しさを覚えるものの、次第に支え合い、労わり合うことの喜びを感じるようになります。そんな彼に対し、時折現れるギャルの悪魔が向ける「呪われた魂」という言葉。なぜか脳裏に浮かぶ、残酷な光景。そしてある日、六人の共同生活が決定的に変わる事件が起きて・・・・・
朱川作品には、『オルゴォル』『主夫のトモロー』のような白・朱川と、『水銀虫』『月蝕楽園』のような黒・朱川、二種類があるのですが、本作は分け方に悩むところですね。前半、ろくでなしだった幸慈が<猫の森>の仲間達と打ち解け、自身を省み、冷たい家族関係を乗り越えていく流れは、ユーモラスでありハートフル。仲間達もまた、決して順風満帆ではない半生を送ってきたことが仄めかされており、彼らが家族として思いやり合う様子は本当に心温まります。要所要所で挟まれる昭和ネタも楽しく、当時を知る人はきっとニンマリしてしまうことでしょう。
それが後半、とある大事件を機に、六人の真の姿と、彼らが集められた本当の理由が分かってくるにつれ、のんきにほのぼのしてはいられなくなります。なぜ天使のガブリエルがここに存在するのか。なぜ悪魔は彼らに付きまとうのか。幸慈が見た、酷い光景の幻は何なのか。すべてが分かった時、あまりに衝撃的な事実に唖然とさせられてしまいました。この辺りの真相解明には、SF的な要素が大きく絡んでくるため、知らずに読むと「???」と思うかもしれませんね。ただ、解釈が難しいような話ではないため、SFが苦手な人でも大丈夫だと思います。
それにしても、幼少期からの生育環境って本当に大事だよなぁ。経済的には裕福ながら、我が子を道具同然にしか思わない親。子煩悩と思わせて、実は子どもの意思を踏みにじり続けてきた親。もし彼らがもっと早く、肉親でなくても、健やかに見守ってくれる大人と出会えていたら、こうはならなかったのではと、思わずにはいられません。<猫の森>でのひと時はかけがえのない時間だっただろうけど、できればもっと違う形で出会い、仲良くなる六人の姿が見たかったです。
なお、本作の天使は、朱川湊人さんの短編小説『本日、サービスデー』に出てくる天使と同一人物です。未読でもまったく問題ありませんが、<サービスデー>の設定や、天使が人間界に来る羽目になった事情などがより分かりやすくなると思うので、興味のある方は読んでみてください。イケイケギャル姿の悪魔もなかなかいいキャラしているし、もしかして、今後も出てくる可能性あるのかな。
読み終わると、タイトルが染みる・・・度★★★★★
表紙の六人にも注目してね度★★★★☆
朱川湊人さんは親しみやすいファンタジーで郷愁溢れるストーリーが良いですね。
漫画のように描写でありながら小説ならではの特徴を上手く活用して読後感も良いですね。これも読みたくなりました。
マイミクさんのレビューで西澤保彦さんの作品で「狂う」に興味を持ちましたがこれは読まれましたか。
中山七里さんの作品で能面検事の第三弾も出たそうで楽しみです。
悲惨な出来事が描写されるにも関わらず、後味は悪くないという、不思議な作品でした。
西澤保彦さんの『狂う』、読みましたよ。
SF要素の一切ないサスペンスミステリーで、かなりインパクト強かったです。
ただ、性的・暴力的な描写が多いところ、コミカルな場面がほぼ0なところから、人は選ぶかな?と思います。
もし読まれたら、感想を聞かせてくださいね。
私は櫛木理宇さんの鳥越恭一郎シリーズ第二弾がようやく図書館に入ったので、わくわくしながら順番待ちしています。