はいくる

「いつかの岸辺に跳ねていく」 加納朋子

<超能力の例を一つ挙げてみなさい>と言われたら、どんな能力が出て来るでしょうか。口から言葉を発せずに意思を伝えるテレパシー、視界に入らないはずの出来事を見る透視能力、手を使わずに物を動かす念動力・・・どれもこれも有名な能力ですが、それらと並んで知名度が高いのが<予知能力>です。文字通り、その時点で起こっていない出来事を予め知る力のことで、かの有名なノストラダムスもこの能力の持ち主として知られています。

下手するとチート状態になりかねない能力のせいか、漫画や映像作品と比べると、小説の予知能力者の登場率はさほど高くありません。それでも、宮部みゆきさんの『鳩笛草』収録作品である「朽ちてゆくまで」や筒井康隆さんの『七瀬ふたたび』では、予知能力者の悲哀や葛藤が丁寧に描かれていました。今回ご紹介する作品は、加納朋子さん『いつかの岸辺に跳ねていく』。切なく、やるせなく、それでいて優しい予知能力者の物語です。

 

こんな人におすすめ

予知能力が登場するヒューマンストーリーが読みたい人

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そこには神様が祝福してくれた未来があった---――明るく大らかな護と、風変わりだが聡明な徹子。幼馴染の二人は、小さな出会いを繰り返しながら少しずつ大人になっていく。進学、成人式、就職、友の死、そして結婚・・・・・お互いをとても大切に思う彼らの人生が交錯した時、明らかになった真実とは。

 

ここ最近は、現実重視の物語が多い加納さんですが、実は『ささらシリーズ』のように、超能力が登場する物語も書いているんですよね。私はもともとSF大好き人間なので、本作に超能力が出て来ると分かった時は「よっしゃ」とガッツポーズをしてしまいました。フィクションの世界ではけっこう悲惨な末路を辿りがちな予知能力者ですが、加納ワールドなら絶対救いがあると分かっているので、安心して読める点も大きいです。

 

護と徹子は、子どもの頃からずっと一緒の幼馴染。進学や就職を経て距離が離れたことはあっても、性差を超えた大事な存在として、大人になるまでの長い時を共に過ごしていきます。のびやかで優しい護には、時折、奇妙な行動に出る徹子が生き辛そうに見えて仕方ありません。なぜ徹子は突拍子もない行動を取ってしまうのか。それは、徹子が誰にも打ち明けたことのない秘密のせいでした。

 

これは割と早い段階で分かってしまうので書きますが、この秘密というのが<予知能力>。徹子には未来を見通す力があり、予知した未来は行動次第で変わり得ることも知っていました。徹子はこの能力を使い、家族や友人を災厄から守ろうと奮闘します。しかし、そんなことなど思いもしない周囲の人達にとって、徹子の行動は<意味不明な奇行>そのもの。そのせいで周りに誤解されながらも、決して捨て鉢になることない徹子の姿は、強く、凛々しく、何より切なかったです。

 

本作は二つの章で構成されています。第一章、護視点の<フラット>は基本的に明るくのどか。護やその家族、友人の人柄もあり、辛い出来事さえくすりと笑えるユーモラスなハプニングに変わります。特に秀逸なのは、護の学友の根津君と、成人式での出来事を機に仲良くなるヤンキーたち。彼らとの和気藹々としたやり取りはいつもの加納節全開で、読者もほっこりしながら読めることでしょう。

 

そんな雰囲気が、徹子視点の第二章<レリーフ>で一変します。予知能力を持つ徹子の孤独な戦いと、そこに登場する一人の<悪魔>。この人物の本性があまりに恐ろしく、「これ、本当に加納さんの作品?」と疑いそうになるほどでした。何の恨みもない人間を追い詰め、いたぶることに喜びを見出すサイコパスが、まさか加納ワールドに登場するなんて・・・こいつの悪逆非道ぶりが凄まじすぎるせいで、第二章を読み進めるのはかなり辛かったですが、そこはやっぱり加納さん。終盤、すべての伏線が回収されるとともに、護ら心優しき仲間たちが徹子を守ろうと立ち上がる展開、そして最後の最後で明かされる<神様>の正体は感涙ものでした。

 

第一章と第二章の雰囲気の差が激しいこともあり、物語に入り込めないという読者もいるかもしれません。ですが、ラストで登場人物たちが幸せになることは保証します。また、内容と直接の関係はありませんが、私の大好きな泉雅史さんが表紙を描いているのも嬉しい驚きでした。胸に優しくじんわり染み入るようなタッチの絵が、加納さんの作風にぴったり。今後の作品でも加納さん&泉さんのコンビを見たいものです。

 

未来は必ず待っていてくれる度★★★★★

神様はそこにいた!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    超能力を秘めた主人公の作品もいろいろ読んできました。
    印象的だったのが宮部みゆきさんの「クロスファイヤ」火炎放射能力で悪人を丸焼きにするというストーリーでした。
    未来が見える能力は百田尚樹さんの作品「フォルトゥナの瞳」にもありました。
    その能力の為に診たくないものまで見えてしまうが無視することも出来ず身体を張って命を救っても誰にも分かって貰えない。
    サイコパスまで登場するとは、主人公がかなり苦しみそうですが理解してくれる仲間や加納さんの優しさに希望ある終わり方もあるようで安心して読めそうです。

    1. ライオンまる より:

      「クロスファイア」「フォルトゥナの瞳」ともども読みました。
      本作の主人公は、上記の主人公たちほど多くを救おうとするわけではなく、あくまで身近な人々を助けようとします。
      それだけに感情移入しやすかったです。
      サイコパスの描写は鳥肌ものでしたが、後味はとても良かったです。

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