かつて、中国の思想家・荘子は言いました。「ものは見方によってすべてが変わる」。まったくもってその通りで、同じ物事でも、どういう立場から見るか、どういう人間の口で語られるかで、解釈が変わってきます。時には白と黒が反転することさえ珍しくありません。
創作の世界において、これは特に歴史関係の分野でよく表れると思います。大河ドラマ『麒麟がくる』では、<織田信長を討った逆賊>と評価されがちな明智光秀を主役に据え、その強さや聡明さを丁寧に描きました。また、鈴木由紀子さんの『義にあらず---吉良上野介の妻』では、赤穂浪士人気の影で悪役扱いされる吉良上野介の妻目線で、忠臣蔵事件が語られます。もちろん、当事者達がとっくに亡くなっている以上、何が真実かは分からないわけですが、それでもなお「この人達は本当にこう思っていたんだろうな」と思わせるだけの説得力がありました。今回取り上げるのも、しばしば敵役として描写されがちな女性を主人公にした小説です。須賀しのぶさんの『帝冠の恋』です。
こんな人におすすめ
19世紀ヨーロッパを舞台にした歴史ロマン小説に興味がある人
私は第二のマリア・テレジアになってみせる---――野心を胸に秘めてハプスブルク家に嫁いだバイエルン公女・ゾフィー。美貌と才気を併せ持つ彼女を待っていたのは、予想以上に冷たく重苦しい毎日だった。すれ違う夫婦仲、昼夜問わず注がれる監視の目、繰り返す流産。寒々しい日々の中、ゾフィーは一人の少年と心通わせていく。彼の名はフランツ。かのナポレオンの唯一の息子だ。孤独に苦しむ二人は、やがて愛情を抱き合うようになるが・・・・・ハプスブルク宮廷を舞台に描かれる、絢爛たる歴史ロマン
バイエルン公女ゾフィー?誰それ?と首を傾げる方もいると思います。どちらかといえば、ヨーロッパ一の美女と称され、最期は暗殺されたオーストリア皇后・エリーザベトの姑というイメージの方が強いかもしれませんね。エリーザベトの印象が強烈すぎるせいもあり、彼女と対立するゾフィーは厳格・冷徹・頑迷の代名詞として描写される傾向にあります。本作は、そんな彼女の若き日の禁じられた恋を描いています。その相手は、ナポレオンの遺児・フランツ。この時代の歴史が好きな方にとっては、垂涎もののシチュエーションと言えるでしょう。
一八二四年、美しく聡明な公女として誉れ高いゾフィーは、ハプスブルク宮廷の第二皇子フランツ・カール大公と十九歳で結婚します。私は第二のマリア・テレジアとなり、このハプスブルク家にかつての栄光を取り戻してみせる。そう決意するゾフィーですが、現実は厳しいものでした。政治に興味のない夫は才気溢れるゾフィーを疎み、夫婦仲は冷めていく一方。どうにか授かった子どもも次々流産し、周囲からの陰口は増すばかり。気丈に耐えるゾフィーの唯一の慰めは、フランツという十三歳の少年です。彼はかのナポレオンの一人息子であり、父親の死後は実母と引き離され、宮廷で寂しい日々を送っていました。孤独だったゾフィーとフランツは支え合い、数年の歳月を経て、やがて男と女として惹かれ合うようになります。しかし、ゾフィーは夫がある身。許されない恋に苦しむ二人に、次々と試練が襲い掛かります。
と、こんな感じのあらすじから、『ロミオとジュリエット』ばりの悲恋物語が想像されそうですが、蓋を開けてみればなかなかに骨太な歴史小説です。当時のハプスブルク家を取り巻く複雑な海外情勢や宮廷内での権力闘争、フランス革命の余波などが丁寧に描かれ、ヨーロッパ史好きならうっとりすること必至。ポーランドやギリシャといった諸外国のあれこれについても触れられていて、何度も「ほほう」と唸らされました。
とはいえ、ゴリゴリに堅苦しいわけではなく、どちらかといえば柔和な筆致で語られるのでご安心を。何より、ゾフィーとフランツの禁断の恋が、物語を彩り豊かなものにしてくれています。野心溢れる美しき大公妃と、英雄の血を引く病弱な美少年・・・これ、須賀しのぶさん本人があとがきで書かれていますが、男女逆にしたら少女漫画のような正統派恋愛カップリングなんですよね。ここで、肺病に苦しみつつ愛を貫こうとするのが男の方、野望のために理性で愛を抑え込むのが女の方というのが、なんとも面白いところ。フランツとの愛が、皇后エリーザベト誕生に続いていく構成も素敵!この二人が親しかったのは史実のようですし、恋愛ではないにせよ、現実でもこんな風に心の支えとなっていたらいいなと思います。
そう応援したくなるのも、本作で描かれるゾフィーが毅然としていて魅力的だからでしょう。エリーザベト主役の物語でしばしば強調される、ゾフィーの冷たさや厳しさ。それが決して底意地の悪さから来るものではなく、斜陽の時代に差し掛かった家と家族を守るため、必死で情を切り捨ててきたからだと分かるのです。確かに、これだけ理性を貫き通してきたゾフィーからすれば、夫を置いてヨーロッパ放浪したエリーザベトはただのワガママ娘にしか見えなかっただろうなぁ。歴史にifはないけれど、もしフランツと結ばれる未来があったとしたら、後にハプスブルク家を襲う悲劇もなかったのでしょうか。
ところで本作、二〇〇八年にコバルト文庫から、二〇一六年に徳間文庫から出版されています。前者は少女向け小説を扱う文庫レーベルなだけあり、表紙はきらきらした少女漫画風。これで内容を誤解してしまう読者も多いかもしれません。実際は、ゾフィーの肖像画を表紙とした徳間文庫版がぴったりくる、奥も趣も深い作風です。登場人物の数が少ないこともあり、歴史小説にしては関係を把握するのが簡単なので、「外国の名前がごちゃごちゃ出てくる小説はちょっと・・・」という方にもお勧めですよ。
たとえひと時でも、きっと幸せだったはず度★★★★☆
後年の悲劇を想像すると辛い・・・度★★★★★
シンデレラストーリーのその後の話~意外というか予想通り窮屈で玉の輿の嫁や逆玉の入り婿が苦労させられるのも王道のストーリーのような気がします。
先月「世界不思議発見」で現代版のシンデレラのその後を生きた王女のストーリーを観ました。
誰もが憧れる宮殿での生活の疎外感、窮屈な生活~食事に困ることもお金に不自由することがないですが別の苦労がある~受験や就職と同じで入ってどうするか?考えないとあっという間に厳しい現実に直面する。
人生とはこういうもの~と改めて思わされそうです。
ヨーロッパのストーリーは好きですので読んでみたいです。
深緑野分さんが描く「戦場のコックたち」「ベルリンは晴れている」「オーブランの少女」より少し前のストーリーでハウスブルグ家の雰囲気がありそうです。
中山七里さんの「越境刑事」「特殊清掃人」が同時に届きました。
めでたしめでたしで終わるのはおとぎ話だけ、多かれ少なかれ苦難があるのが現実というものです。
本作の場合、主人公が夫そっちのけでバリバリ政治関わるタイプというところがなかなか面白いですよ。
「特殊清掃人」、すごく読みたいので羨ましい!
こちらは宮部みゆきさん「子宝船」、秋吉理香子さん「息子のボーイフレンド」、乃南アサさん「家裁調査官・庵原かのん」が図書館に届いたそうなので、近々取りに行きます。
急に予約本の順番が回ってきはじめたので、てきぱき読まなければ!