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「いつか、ふたりは二匹」 西澤保彦

「人間が動物に変身する(逆もあり)」というのは、SFやホラーでお馴染みの設定です。お馴染みすぎて初めて見た変身ものが何だったか思い出せないくらいですが、記憶に残っているのは映画『ウルフ』。段々と狼に変わっていくジャック・ニコルソンの変貌ぶりが印象的でした。

人間が違う生き物に変身するというシチュエーションは、古今東西、たくさんの創作物で扱われてきました。青年が獣に変身する『美女と野獣』はその代表例ですし、フランツ・カフカの『変身』で主人公は巨大な毒虫に変身します。中島敦さんの『山月記』には、挫折の末に人喰い虎に変身する男が出てきますね。これらの作品の中で、登場人物達は人間の体を捨て、動物に姿を変える羽目になってしまいます。ですが、この作品の主人公の変身はちょっと違いますよ。西澤保彦さん『いつか、ふたりは二匹』です。

 

こんな人におすすめ

人の残酷さをテーマにしたミステリーが読みたい人

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「ねじまき片想い~おもちゃプランナー・宝子の冒険~」 柚木麻子

おもちゃが大嫌いという人ってあまりいない気がします。「テレビゲームは苦手」「パズルは好きじゃない」などという好みはあるにせよ、誰しもお気に入りだったおもちゃの一つや二つあるでしょう。かくいう私も子どもの頃はおもちゃ屋さんに行くのが大好き。今でさえ、時間がある時は、ショッピングセンターのおもちゃ売り場をぶらぶら歩くくらいです。

子どもを、時には大人をもワクワクさせるおもちゃの数々。一体どんな人が、そんなおもちゃを考え出しているのでしょうか。今回は、魅力的なおもちゃの作り手が登場する作品を取り上げたいと思います。柚木麻子さん『ねじまき片想い~おもちゃプランナー・宝子の冒険~』です。

 

こんな人におすすめ

元気をもらえるお仕事・恋愛小説が読みたい人

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「噛みあわない会話と、ある過去について」 辻村深月

私は創作物に年齢制限を設けることが嫌いです。ですが、大人向けの作品というものはあると思います。これは内容が卑猥だとか残酷だとかいう意味ではなく、「ある程度以上の年月を生きてきた大人だからこそより面白さが理解できる作品」という意味です。

映画『スタンド・バイ・ミー』などその代表格だと思いますし、恩田陸さんの『夜のピクニック』や朱川湊人さんの『花まんま』には、懐かしくノスタルジックな雰囲気が漂っていました。そう言えば私は、小学生の時に観てイマイチだと思った『おもひでぽろぽろ』の面白さが大人になってから分かり、「ああ、年を取るってこういうことか」と実感したものです。ここまで挙げた作品は郷愁を誘う切ないものばかりですので、少し趣の違う「大人向けの作品」を紹介したいと思います。辻村深月さん『噛みあわない会話と、ある過去について』です。

 

こんな人におすすめ

いじめやいじりに関する短編集が読みたい人

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「女の子は、明日も。」 飛鳥井千砂

学生時代の友達と定期的に会う機会はありますか。私は中学校から大学まで、同窓会の幹事を決めることなく卒業してしまったので、クラスメイトと大々的に集まったことは一、二度くらいしかありません。仲の良い友達数名でこぢんまりと会う機会はありましたが、各々の仕事や家庭の都合もあり、最近はめっきりご無沙汰です。仕方ないこととはいえ、ちょっと寂しくもありますね。

職場や習い事、親同士の付き合いなどでも友達を作ることはできます。ですが、人生で一番未熟な時期を共有した学生時代の友達というのは、やはり特別なものなのではないでしょうか。そんな風に思ったのは、飛鳥井千砂さん『女の子は、明日も。』を読んだから。久しぶりに昔の友達に会いたくなりました。

 

こんな人におすすめ

アラサー女性の友情をテーマにした小説が読みたい人

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「向こう側の、ヨーコ」 真梨幸子

SF作品の中では、しばしば「パラレルワールド」という言葉が登場します。この世界と並行して存在する別の世界のことで、A世界で死んだ人間がB世界では生存していたり、C世界では敵同士だった人間がD世界では恋人同士だったりと、無限のパターンがあります。現実離れした考えと思われがちですが、実は物理学の世界でも存在が議論されるテーマだそうですね。

「もしあの時、違う選択肢を選んでいたら」・・・そんなifの世界を描くことができる特性上、パラレルワールドを扱った作品はSF分野に偏りがちです。ちなみに私が見た最初のパラレルワールド作品は、アニメ映画『ドラえもん のび太の魔界大冒険』。子ども向けアニメとは思えないくらい練られた世界観と緻密な伏線の張り方が印象的な名作でした。SF方面のパラレルワールド作品は山のようにあるので、今回はちょっと毛色の違う「もう一つの世界」を描いた小説をご紹介します。真梨幸子さん『向こう側の、ヨーコ』です。

 

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中年女性の愛憎ミステリーに興味がある人

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「女優」 春口裕子

誰しも「こういう人間になりたい」という理想があると思います。依存心が強く運動神経ゼロの私の理想は、男性顔負けの戦闘をもこなす強い女性。映画『バイオ・ハザード』シリーズのミラ・ジョヴォヴィッチなんて、まさに理想そのものでした。

映画のキャラクターなどは難しいにしても、理想に向けて邁進する人は素敵です。努力する姿は美しく、周囲の尊敬を集めることでしょう。ですが、あまりに「理想」を追い求めるあまり、「本当の自分」が押し潰されてしまったら・・・?それはもう妄執としか言えないのではないでしょうか。この本を読んで、そんなことを考えました。春口裕子さん『女優』です。

 

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女性の嫌な面を扱ったサスペンス小説が読みたい人

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「鏡じかけの夢」 秋吉理香子

古今東西、「鏡」は神秘的なアイテムとして扱われてきました。人や物をそっくりそのまま(正確には逆転した姿ですが)映し出したり、使い方次第で無限に続く空間ができたように見えたりするせいでしょうね。日本でも、邪馬台国の女王・卑弥呼が魏から銅鏡を贈られていますし、鏡を奉っている神社も存在します。

ミステリアスな特性のせいか、鏡がキーワードとなる小説は、どこか謎めいたものが多いです。古くは『白雪姫』『鏡の国のアリス』がありますし、梨木香歩さんの『裏庭』、田中芳樹さんの『窓辺には夜の歌』、坂東眞砂子さんの『蛇鏡』などにも不思議な鏡が登場しました。そして、今回ご紹介する秋吉理香子さん『鏡じかけの夢』。この鏡の不思議さもなかなかのものですよ。

 

こんな人におすすめ

愛憎絡み合うホラー短編集が読みたい人

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「螺旋の底」 深木章子

私が最初に読んだ海外の小説は、ヴィクトル・ユーゴ―の『ああ無情』でした。小学生向けのバージョンだったので、表現はかなりマイルドになっていましたが、作品の持つ切なさや痛々しさ、美しさはよく伝わってきました。そのインパクトがあまりに大きかったせいか、私の中でフランスというと、美しさと儚さ、残酷さと哀しさが並び立つ国です。

きらびやかなようでいて混沌としており、閉鎖的でいながら多くの人を魅了する国、フランス。そういう印象があるからでしょうか。フランスにはミステリーやサスペンスの雰囲気がよく似合う気がします。先日読んだ小説は、まさに私の持つフランスのイメージにぴったりでした。今回は、深木章子さん『螺旋の底』を紹介します。

 

こんな人におすすめ

外国を舞台にした本格ミステリーが読みたい人

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「憧憬☆カトマンズ」 宮木あや子

明るくポップな雰囲気の小説と暗く重厚な雰囲気の小説、世間ではどちらの方が人気なのでしょうか。私はどちらも好きですが、その時の気分によって作風を選ぶことは当然あります。仕事で大失敗した時に道尾秀介さんの『向日葵の咲かない夏』は読みたくないし、ダイエットしたい時は山口恵以子さんの『食堂のおばちゃん』は避けますね。

そして、作家さんの中には、明るい小説と暗い小説の差が凄まじく、同一人物が書いたのかと疑いたくなるようなレベルの作品を書くがいらっしゃいます。作家なのだから当たり前、と言えばそれまでですが、やはりプロというのは凄いものなのだと感嘆せざるをえません。貫井徳郎さんの『慟哭』と『悪党たちは千里を走る』、重松清さんの『疾走』と『とんび』等々、その陰と陽の差に驚いたものです。そう言えばこの方も、明るい作品と暗い作品のギャップが大きいですよね。今回はそんな作家さん、宮木あや子さん『憧憬☆カトマンズ』を取り上げたいと思います。

 

こんな人におすすめ

気分すっきりなお仕事小説が読みたい人

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「ついてくるもの」 三津田信三

振り返ってみると、私の怖い話好きは小学生の頃から始まっていました。学校の図書室にあった『学校の怪談シリーズ』を次々借り、それが終わると市民図書館で怪談本を探してうろうろうろ・・・「この話を読んだ人の所に〇〇が訪れる」という、いわゆる「自己責任系」の怖い話を読み、怯えて親に泣きついたりしたものです。

そんな怖い話好きの私から言わせてもらうと、文章で人を怖がらせるのはとても難しいです。映像なら一瞬で分かる怪異を文章で伝える。だらだら書き連ねればただの説明文だし、あっさり書くと簡潔すぎて何が何だか分からない。そういうハードルを乗り越え、「これは怖い」と読者を震え上がらせるホラー小説もたくさんありますが、今回はその中の一冊を紹介したいと思います。三津田信三さん『ついてくるもの』です。

 

こんな人におすすめ

「自分にも起こりそう」と思わせるホラー小説が読みたい人

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