はいくる

「ついてくるもの」 三津田信三

振り返ってみると、私の怖い話好きは小学生の頃から始まっていました。学校の図書室にあった『学校の怪談シリーズ』を次々借り、それが終わると市民図書館で怪談本を探してうろうろうろ・・・「この話を読んだ人の所に〇〇が訪れる」という、いわゆる「自己責任系」の怖い話を読み、怯えて親に泣きついたりしたものです。

そんな怖い話好きの私から言わせてもらうと、文章で人を怖がらせるのはとても難しいです。映像なら一瞬で分かる怪異を文章で伝える。だらだら書き連ねればただの説明文だし、あっさり書くと簡潔すぎて何が何だか分からない。そういうハードルを乗り越え、「これは怖い」と読者を震え上がらせるホラー小説もたくさんありますが、今回はその中の一冊を紹介したいと思います。三津田信三さん『ついてくるもの』です。

 

こんな人におすすめ

「自分にも起こりそう」と思わせるホラー小説が読みたい人

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夜ごと見る夢に悩まされる男の末路、拾った雛人形がもたらす災厄、平穏なシェアハウス生活に生じた異変、一枚の祝儀絵から始まる恐怖、禁断の地に探検に出かけた少年達を待つ悲劇、隣りの家に住む異様な住人、<人間家具>を作る職人のもとで起きた消失事件・・・・・日常の隙間からのぞく怪異の数々を描いた、妖しく恐ろしいホラー短編集。

 

三津田信三さんといえば、「これは本当にあった話ですよ」という体裁を取った実話系ホラーを得意とする作家さん。本作でも、その臨場感溢れる描写力は遺憾なく発揮されています。怪異と戦えるゴーストバスターズがいるわけでもなく、怪奇現象にただただ怯える登場人物たちの姿がリアリティたっぷりでした。

 

「夢の家」・・・飲食店で偶然知り合った男と会話する主人公。男は異業種交流会で一人の女性と出会い、デートする。やがて彼女の異様な面に気付き、距離を置こうとするが、間もなくその女性が夢に出てくるようになり・・・

お茶しただけなのに求婚されるものと思い込み、一方的に結婚観を押し付けてくる女性がまず怖い。その後、毎晩女性が夢に現れて男を自宅へ誘い、男はなぜか拒めず夜ごと少しずつ家の奥へ奥へと進んでいく・・・という逃れられなさっぷりが鳥肌ものです。「睡眠」という、人間が絶対にやめられない行為に浸蝕してくる怪異って、本気で恐ろしいですね。

 

「ついてくるもの」・・・不気味な廃墟の裏庭に放置されていた雛壇から女雛を持ち帰った高校生。それ以降、周りで不幸な病気や死が連鎖する。もしや女雛の影響なのか。高校生は慌てて人形を手放そうとするのだが・・・

廃墟から人形を持ち帰るという、ホラー作品定番の「余計なことをしたせいで怖い目に遭う主人公」系の話です。何度手放そうといつの間にか戻ってくる雛人形の描き方がひたすら怖い!高校生の家族に巻き起こる不幸も悲惨そのものだし、ラストの不気味な余韻も秀逸でした。今後、雛人形を見るのが怖くなりそうです。

 

「ルームシェアの怪」・・・知人の紹介でシェアハウス<四つ葉荘>に入居した真由美。シェアメイトは常識的な人ばかりで、生活はごく順調に始まるかと思われた。だが、やがて同居人の一人の様子がおかしくなり・・・・・

ルームシェアという住居形態と怪奇現象がうまくマッチングしていたと思います。実の家族なら「ちょっとあんた、どうしたの」と一言聞けば済むところを、互いのプライバシーは不可侵というルールがあるため踏み込めない。そんなもどかしさ、不気味さがスリリングに描かれていました。知人の一言で真実に気付く場面には、心底ゾッとしましたよ。

 

「祝儀絵」・・・四歳年上の叔母から贈られた、婚礼の場面を描いた祝儀絵。それとほぼ同時期に、主人公の知人らの前に彼の婚約者を名乗る女性が現れ始める。奇妙なのは、女性と会った誰一人として彼女の顔を覚えていないことで・・・

人外の恐怖のみならず、生きた人間の狂気、情念のおぞましさをひしひし感じた作品でした。結婚する男女を描いた祝儀絵という、本来おめでたい物から生じる怪異って不気味さがより際立ちますね。ちなみに私、実際にこういう祝儀絵を見たことがあるんですが、その時も何となくゾッとしたことを覚えています。

 

「八幡藪知らず」・・・仲良しの友人達と、決して入ってはいけないと言われる禁断の森への冒険を計画した恵太。その森には数々の恐ろしい噂があった。計画が始まって以降、恵太の家の郵便受けに不気味な手紙が届くようになり・・・

収録作品中、一番ボリュームがある話ですが、少年目線のせいかとても読みやすかったです。「仲良し少年グループの冒険譚」という、本来なら爽やかな成長物語になりそうな設定を戦慄の怪談話に仕立て上げるところが、いかにも三津田さんらしいですね。少年たちの悲惨な末路を含め、三津田節をたっぷり堪能できました。

 

「裏の家の子供」・・・年下の恋人との同棲を決めた女流翻訳家。幸い理想的な一戸建てが見つかるが、次第に隣家から聞こえる子どもの声が気になり始める。おまけに恋人との仲もしっくりいかないようになり・・・

「意味不明な恐怖」という点では、本短編集の中でもトップクラスではないでしょうか。現実に起こる隣人トラブルの事例を見ても分かるように、「隣家」というのは避けたり逃げたりすることが非常に難しい存在。そこで怪奇現象が巻き起こるとなると、その恐怖はどれほどのものでしょうか。読了後、色々と想像を巡らせるのも楽しいです。

 

「椅人の如き座るもの」・・・雑誌の取材のため、人間家具を作る職人のもとを訪れた女性編集者。彼女はそこで不可思議な人体消失事件に遭遇する。作家・刀城言耶(とうじょうげんや)は事件解決に乗り出すが・・・・・

三津田ワールドの人気作品『刀城言耶シリーズ』の一作です。ホラーの雰囲気たっぷりの作品にミステリ要素を落とし込む手腕は、相変わらずお見事ですね。刀城言耶の他、祖父江偲(そふえ しの)、阿武隈川烏(あぶくまがわ からす)といった常連キャラもいい味出しています。特に阿武隈川、好きだなぁ。

 

なお、私が読んだのはノベルス版ですが、後に出版された文庫版では「椅人の如き座るもの」が収録されておらず、代わりに「百物語憑け」という作品が収録されているんだとか。三津田さんの作品で私が未読のものがあるなんて!早速、探して読もうと思います。

 

理不尽な恐怖はすぐそこに・・・度★★★★☆

夜に読むのはお薦めしない度★★★★☆

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