はいくる

「向こう側の、ヨーコ」 真梨幸子

SF作品の中では、しばしば「パラレルワールド」という言葉が登場します。この世界と並行して存在する別の世界のことで、A世界で死んだ人間がB世界では生存していたり、C世界では敵同士だった人間がD世界では恋人同士だったりと、無限のパターンがあります。現実離れした考えと思われがちですが、実は物理学の世界でも存在が議論されるテーマだそうですね。

「もしあの時、違う選択肢を選んでいたら」・・・そんなifの世界を描くことができる特性上、パラレルワールドを扱った作品はSF分野に偏りがちです。ちなみに私が見た最初のパラレルワールド作品は、アニメ映画『ドラえもん のび太の魔界大冒険』。子ども向けアニメとは思えないくらい練られた世界観と緻密な伏線の張り方が印象的な名作でした。SF方面のパラレルワールド作品は山のようにあるので、今回はちょっと毛色の違う「もう一つの世界」を描いた小説をご紹介します。真梨幸子さん『向こう側の、ヨーコ』です。

 

こんな人におすすめ

中年女性の愛憎ミステリーに興味がある人

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作家としての地位と運命を感じる恋人。それなりに満足のいく生活を送っているはずの陽子は、幼い頃から同じ夢を見続けていた。夢の中で冷遇され、息苦しい人生を歩む<ヨーコ>。あれはきっと、私が進まなかった道を進む<もう一人の私>なんだ---――異なる世界を生きる二人の欲望が、密やかに、確実に、彼女たちの人生を蝕んでいく。殺意が絡み合う先で待ち受ける、驚愕の真相とは・・・・・

 

ネタバレ回避のため名前は挙げませんが、本作を読んで、某推理作家の有名小説を連想する人も多いと思います。レビューサイトなどでもそういう意見が多いですし、実際、設定などに似通った部分が多いかも・・・とはいえ、ドロドロもやもやした後味の悪さは本作の方が数段上。やっぱり真梨さんは<イヤミスの女王>の名にふさわしい作家さんだと思います。

 

主人公の陽子は、四十代の小説家。そこそこの知名度と収入がある上、恋人との関係も順調で、これといって問題のない人生を歩んでいます。そんな陽子は、子どもの頃からとある夢を見続けていました。夢の中では、<もう一人のヨーコ>が報われない生活を送っています。息が詰まるような子ども時代、経済的な困窮、ヨーコに無関心な夫と息子・・・それはパラレルワールドを生きる<私>なんだと考える陽子。ですが、<向こう側のヨーコ>の人生は、ひっそりと陽子の人生を侵し始めていたのです。

 

本作は、独身のまま小説家として生きる陽子の<A面>と、パートで細々と稼ぐ子持ち主婦のヨーコ<B面>が交互に描かれる構成です。<A面><B面>では主要登場人物もほぼ同じ。片方では学生時代の友人だった人物が、もう片方では職場の同僚だったりと、立ち場が微妙に変わっているので、最初は混乱するかもしれません。ですが、真梨さんらしい吸引力のある文章のせいか、混乱しながらも「読むのをやめたい」と思いませんでした。

 

で、やっぱりこの作家さんの小説を語る上で外せないのは、これでもかこれでもかと続く登場人物たちの負の感情。それは本作も例外でなく、嫉妬、劣等感、愛憎、性欲、現実逃避、殺意などが洪水状態で押し寄せてきます。さらに、メインの登場人物が四十歳過ぎの女性ということもあり、更年期障害などに関する描写もてんこ盛り。女の人生とはこれほど生臭く救いのないものなのかと、心底ゲンナリしてしまいます。でも、こうやってゲンナリすること自体、真梨さんの術中に嵌ったということなんだろうなぁ。

 

設定こそ<もう一人の自分>というSFめいたものですが、最後にはすべてが繋がり、現実的な真相に結びつきます。本作を読む上での注意点は二つ。一つは、こんがらがってしまうことを避けるため、できるだけ一気読みすること。もう一つは、最終ページに掲載された登場人物一覧表は最後まで読まないことです。これ、勘のいい読者なら、たぶんオチに気付いちゃうと思いますよ。

 

二つの世界が交錯することはない・・・はずだった度★★★★☆

犯人の気持ちも分からんではない度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    パラレルワールドと言えば映画にもなった「僕は明日、昨日の君とデートする」や東野圭吾さんの「パラドックス13」「パラレルワールド・ラブストーリー」を思い出します。
    ドラえもんの長編シリーズ「のび太の魔界大冒険」も好きですが「のび太のアラビアンナイト」もパラレルワールドと現実が上手く合わさって好きな作品でした。
     真梨幸子さんは「アルミーテスの采配」が強烈過ぎてその後1冊しか読んでいませんが、パラレルワールド作品は好きですので読んでみたくなりました。
     現実的な真相に結びつくラストも楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      同じく、パラレルワールド作品と言えば、しんくんさんが挙げたような小説を思い浮かべます。
      ですが、本作はそれらとは趣が異なるので、SFを期待していると肩透かしかもしれません。
      「アラフォー女性の愛憎劇」を想定して読むことをお薦めします(^^)

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