私は創作物に年齢制限を設けることが嫌いです。ですが、大人向けの作品というものはあると思います。これは内容が卑猥だとか残酷だとかいう意味ではなく、「ある程度以上の年月を生きてきた大人だからこそより面白さが理解できる作品」という意味です。
映画『スタンド・バイ・ミー』などその代表格だと思いますし、恩田陸さんの『夜のピクニック』や朱川湊人さんの『花まんま』には、懐かしくノスタルジックな雰囲気が漂っていました。そう言えば私は、小学生の時に観てイマイチだと思った『おもひでぽろぽろ』の面白さが大人になってから分かり、「ああ、年を取るってこういうことか」と実感したものです。ここまで挙げた作品は郷愁を誘う切ないものばかりですので、少し趣の違う「大人向けの作品」を紹介したいと思います。辻村深月さんの『噛みあわない会話と、ある過去について』です。
こんな人におすすめ
いじめやいじりに関する短編集が読みたい人
男友達の結婚相手に感じる違和感、人気アイドルになった教え子が求める一つの約束、女友達が打ち明けてくれた母親との確執、教育界のカリスマとなったかつてのいじめられっ子との再会・・・・・なぜ傷つけてしまったのだろう。なぜ忘れてしまったのだろう。満たされなかった欲求は、水に流せなかった怒りは、時を経てどこへ向かうのか。辻村深月が鋭く描く、過去の傷と痛みを綴った短編集。
せ、背筋が寒くなる・・・!ここ最近、『かがみの孤城』『青空と逃げる』のように、痛みはあってもどこか瑞々しい小説が続いた辻村さんですが、本作は一転して、人間の悪意のない残酷さを描いています。中でも子ども時代のいじめ描写がものすごく鋭く、胸を内側から抉られるような感覚を味わいました。かつて子どもだった経験のある「大人」こそ読むべき小説だと思います。
「ナベちゃんのヨメ」・・・大学時代の部活仲間であるナベちゃんが結婚することになった。異性を感じさせない優男だった彼が、仲間内で一番早く結婚するなんて。驚きつつ祝福する友人たちだが、徐々に結婚相手の異様な一面が分かってきて・・・
あー、あるある、こういうこと!と頷きまくりました。「異性との連絡禁止」「披露宴に関する数々の要求」「女友達の式招待キャンセル」等々、ヤバさばかりが目立つナベちゃんの嫁。ですが、彼女を陰で批判する内、実は女性陣がナベちゃんを都合良く扱ってばかりだったことが分かります。「友達だもん」という言葉って、考えようによっては残酷な免罪符ですよね。収録作品の中では一番読後感が優しいと思います。
「パッとしない子」・・・小学校教師である美穂は浮き足だっていた。アイドルの高輪佑が、テレビの仕事で学校を訪れることになったのだ。美穂は佑の弟を担任していたことがあり、在学中の佑のことも覚えていた。再会の日、佑は美穂と二人きりになる機会を作り・・・
今回テーマとなるのは<教師と生徒>の関係。学校という狭い社会、それも幼い小学生にとって、その力関係は絶対です。そんな中で軽んじられてきた生徒が何を思うか、どれだけの憎悪を溜めこむか・・・これは全国の教職員に配布するべきと思うほどの恐怖と切迫感がありました。美穂が世間一般で言うところの<いい先生>であること、佑の言うことが真実かどうか確定はしていないことが、より怖さをかき立てます。
「ママ・はは」・・・真面目だが困ったところの多い保護者に悩まされている小学校教師。その話を友達の亜美に打ち明けると、彼女は自分の母親との過去について話してくれる。あまりに真面目で頑なな母に対し、亜美は長年鬱屈した感情を抱いていたのだが・・・
これのみ『宮辻薬東宮』で既読でした。そして、収録作品中唯一、ホラーの雰囲気が漂う作品です。真面目だがとことんずれた親も嫌だけど、そんな親に対する亜美の「いつかいなくなるよ」という一言も怖いこと怖いこと。毒親に対するこういう切り返し方は、ちょっと類を見ないんじゃないでしょうか。「いなくなる」はともかくとして、共感する読者が大勢いそうなエピソードです。
「早穂とゆかり」・・・ライターの早穂は、ある時、元同級生であり今はカリスマ塾経営者となったゆかりに取材することになる。昔のゆかりは空気が読めない浮いた子どもだった。今や自信と貫録を身に付けたゆかりは、取材の場で早穂に思わぬ話を切り出して・・・
子ども同士のいじめという、恐らく読者の誰もが何らかの形で関わったことのある出来事を扱ったエピソードです。やった側は「悪気はない」「たかがそれだけ」くらいの言動を、やられた側は一生忘れない。その仕返しを、力関係に逆転してから行う恨みの深さが恐ろしかったです。いじめられっ子が復讐をして気分爽快・・・とはいかず、どこか後味の悪さが残る終盤が印象的でした。だって、ゆかりがあまり幸せそうに見えないんだものなぁ。
正直、読後感はあまり良くありませんが、刑事事件になりそうな出来事があるわけではないので、強烈なイヤミスが苦手な方でもすいすい読めると思います。各エピソードはもちろんのこと、個人的にインパクトあるなと思ったのが表紙。読む前はポップで可愛いデザインだと思いましたが、読み終えた後に見てみると・・・うーん、なんだか意味深で不気味だわ。
見方によって真実は変わる度★★★★★
人に何かを言うことが怖くなるかも度★★★★☆
題名そのままの作品でした。
「因果応報」「殴った方は忘れても殴られた方は一生忘れない」の言葉がそのまま当てはまりそうでした。
「ママ・はは」は湊かなえさんのイヤミス要素を感じました。
「ぱっとしない子」~今さら昔の恨みをしかも被害妄想のように教師にぶつけるのもどうかと思いますが、こういうことは学校という組織がある限り存在すると思いました。教育学部で学んだ辻村深月さんならではの作品でした。
タイトルがまさに「言い得て妙」でしたね。
レビューサイトなどでは「早穂とゆかり」の題名がよく挙がっていますが、個人的には「ぱっとしない子」の方がインパクトありました。
門の件も含め、佑の思い込みもかなりある気がして・・・こんな出来事は、学校という世界には付き物なのかもしれませんね。