<記憶喪失>という言葉を見聞きしたことがない人は、恐らくいないと思います。正確には<逆行性健忘>といい、過去の記憶を思い出すことが困難になる症状を指します。この三日間、どんな風に過ごしたかまるで思い出せないというだけで、ものすごく不安でしょう。まして、今まで生きてきた人生すべての記憶を失い、自分が何者か分からないとしたら・・・その恐怖は想像を絶するものがあります。
現実では恐ろしい記憶喪失ですが、フィクションの世界においては、物語を盛り上げる要素となりえます。宮部みゆきさんの『レベル7』、東野圭吾さんの『むかし僕が死んだ家』、綾辻行人さんの『黒猫館の殺人』などは、<記憶喪失>というキーワードを上手く絡めた傑作ミステリーでした。この作品にも記憶喪失になったヒロインが登場します。近藤史恵さんの『わたしの本の空白は』です。
こんな人におすすめ
記憶喪失をテーマにした小説が読みたい人
続きを読む
子どもの頃から読書好きだった私は、見よう見真似で自分でも小説を書いてみたことがあります。自分で書くだけでは飽き足らず、同じような趣味を持つ友達数名と交換日記形式でノートを回し合い、「前の人が書いた物語の続きを次の人が書く」という遊びをやってみたこともありました。スパイだのクローン人間だの式神だのが脈絡もなく登場する、かなり無軌道な作品になってしまいましたが、やっている最中はすごく楽しかったです。
文章で語られない登場人物たちのその後を考える。これってなかなか面白い試みですよね。実際、シャーロック・ホームズを始めとする小説界の有名人たちの「その後」を、原作者以外の人間が書いた作品だって存在します。もし今ここにとても素敵な物語があり、その続きを自由に創っていいとしたら。そんな「もし」を扱った小説を紹介します。湊かなえさんの『物語のおわり』です。
こんな人におすすめ
後味の良い湊かなえ作品が読みたい人
続きを読む
「一番怖いものは何?」と聞かれた時、どんな答えが思い浮かぶでしょうか。「ニンニクと十字架」なら吸血鬼、「まんじゅうこわい」なら古典落語。そう言えば、作家アンデルセンは就寝中に死んだと誤解されて埋葬されることを恐れるあまり、枕元に「僕は死んでいません」というメモを置いて寝ていたんだとか。人それぞれ、恐怖の対象は十人十色です。
私にも怖いものは色々ありますが、何か一つだけ挙げろと言われたら、「人間の悪意」と答えるかもしれません。だって、ホッケーマスクかぶった怪人やテレビから這い出してくる女幽霊と違い、悪意をまったく受けずに生きていくなんてほぼ不可能ですから・・・今回は、どす黒い人間の悪意を扱った作品を紹介します。若竹七海さんの『プレゼント』です。
こんな人におすすめ
毒と悪意に満ちたミステリー小説が読みたい人
続きを読む
「世界平和のためには、家に帰って家族を大切にしてあげてください」と言ったのはマザー・テレサ、「人生最大の幸福は家族の和楽」と言ったのは細菌学者の野口英世、「楽しい笑いは家の中の太陽である」と言ったのはイギリスの作家サッカレーです。どれもまったくその通りで、どんな家族の中で育ったかは、その後の人生を大きく左右すると言っても過言ではありません。愛に満ちた家族ならばこれほど幸せなことはないですし、殺伐として冷え切った家族なら人生はさぞ辛く寂しいものでしょう。
家族をテーマにした小説はたくさんありすぎて挙げるのに迷うほどですが、ユーモア小説なら奥田英朗さんの『家日和』や伊坂幸太郎さんの『オー!ファーザー』、虐待が絡むものは下田治美さんの『愛を乞うひと』や青木和雄さんの『ハッピーバースデー~命かがやく瞬間~』、ミステリー要素を求めるなら辻村深月さんの『朝が来る』などが有名です。どの作品にも読み手の胸に残る家族が登場しますが、最近読んだ小説に出てくる家族はとても魅力的でした。瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』です。
こんな人におすすめ
家族にまつわる温かな小説が読みたい人
続きを読む
古来、双子というのは神秘的な存在として扱われる傾向がありました。母親の胎内で一緒に育ち、一緒に生まれてくるという状況や、(一卵性の場合)そっくりな容姿などが人に謎めいた印象を与えたのでしょうね。現代でさえ、「双子の片方が怪我をするともう片方も痛みを感じる」「生後すぐ離れ離れになってもそっくりな人生を歩む」などといったミステリアスな説まであるほどです。
フィクションの世界において、双子は「他人には分からない絆や確執を持つ存在」として描写されることが多い気がします。ぱっと思いつく限りでは、双子の少女の入れ替わりをテーマにしたエーリッヒ・ケストナーの『ふたりのロッテ』、泥棒と双子の兄弟の同居生活を描く宮部みゆきさんの『ステップファザー・ステップ』、ルイ十四世双子説と鉄仮面伝説を絡めた藤本ひとみさんの『ブルボンの封印』などなど。今回取り上げる小説にも、複雑な絆を持つ双子が登場します。岸田るり子さんの『月のない夜に』です。
こんな人におすすめ
サイコパスの登場する心理サスペンスが読みたい人
続きを読む
甘ったれで気弱な子どもだった私が怖かったもの、それは「親から離れてのお泊まり」です。幼稚園のお泊まり教室などはもちろんのこと、祖母の家へのお泊まりさえ途中で寂しくなり、夜に自宅に帰ったこともありました。小学校の修学旅行にも戦々恐々としながら参加し、いざ始まってみて「あれ、意外と楽しいじゃん」と思ったことを覚えています。
子ども達が親元を離れて寝起きする。考えてみれば、これってちょっと特殊なシチュエーションですよね。ただの合宿や寮生活なら問題ありませんが、もし何らかの事情で家族と一緒にいられない子ども達を隔離しているのだとしたら・・・?そんな不可思議な世界を描いた作品がこれです。西澤保彦さんの『神のロジック、人間(ひと)のマジック』です。
こんな人におすすめ
叙述トリックの驚きを味わいたい人
続きを読む
人間関係を築く上で一番大切なものは何でしょうか。相手への愛情?気遣い?関係を作るための努力?全部大切ですが、私は「距離感」を挙げます。親子であれ友達であれ恋人であれ夫婦であれ、違う人間である以上、一心同体にはなれません。そのことを忘れず、適度な距離と節度を持ってこそ、いい人間関係が作られるのだと思います。
人間関係を巡るトラブルの内、この距離感の見誤りが原因となるものは多いです。それは小説の世界においても同じ。壮大なものとなると、シェイクスピアの『リア王』なんてまさにその典型ではないでしょうか。今回取り上げるのは、飛鳥井千砂さんの『そのバケツでは水がくめない』。人との関わり方、人間関係の築き方について考えさせられました。
続きを読む
スクールカースト。読んで字のごとく、学校内における人気順位をカースト制度になぞられた言葉です。上位に位置する者ほど発言権が強く、下位の者はクラスの日陰者、どころか下手すればいじめの対象にもなりえます。私の学生時代にも似たような上下関係はありましたが、当時はネットなどがそれほど普及していなかった分、少なくとも校外には逃げ場がありました。今はSNSなどを使えば、最悪の場合、全世界に悪口をばらまかれる可能性もあるわけですから、つくづく怖いなと思います。
言葉自体が定着したのは割と最近なような気がしますが、スクールカーストを扱った小説は昔からありました。山田詠美さんの『風葬の教室』など一九八八年の作品ですし、二〇〇三年に芥川賞を受賞した綿谷りささんの『蹴りたい背中』も学校内での人間模様がテーマです。最近では、映画版も話題になった朝井リョウさんの『桐島、部活やめるってよ』などが有名ですね。今回は、私が読んだスクールカーストものの中でもトップ3に入るほど陰惨な作品を紹介します。降田天さんの『女王はかえらない』です。
続きを読む
近所の図書館は視聴覚資料のラインナップがけっこう豊富です。大ヒットした大作映画はもちろん、ミニシアター系の小品からウケ狙いとしか思えないB級映画まで、バラエティ豊かに揃えられています。先日、その中にお気に入りの作品があるのに気付き、久しぶりに借りて鑑賞しました。ルシール・アザリロヴィック監督の『エコール』。閉ざされた学校で不思議な共同生活を送る少女たちの姿が、なんとも幻想的で美しかったです。
「子ども」がテーマの創作物はたくさんあります。特に「少女」がキーパーソンだった場合、「少年」の時と比べてより妖しく、より残酷な存在になることが多い気がしますね。そんな美しくも謎めいた少女達を扱った作品がこれ、深緑野分さんの『オーブランの少女』です。
続きを読む
この記事を書いているのは二〇一八年ですが、一年ほど前から国内で空前の将棋ブームが巻き起こりました。史上最年少でプロ棋士となった藤井聡太四段の存在、ひふみんこと加藤一二三九段の引退とその後のメディアでの活躍、羽生善治棋聖の国民栄誉賞受賞など、華やかな話題が目白押し。私自身は将棋崩しくらいしか知らない人間ですが、古くからある文化がこうして注目されるのは喜ばしいことですね。
将棋をテーマにした作品は何かと聞かれれば、私が真っ先に思い浮かべるのは大崎善生さんのノンフィクション小説『聖の青春』でした。夭折した実在の天才棋士・村山聖さんをテーマとした迫力ある内容が話題を呼び、藤原竜也さん主演でドラマ化、松山ケンイチさん主演で映画化されたことでも有名です。これと並び立つインパクトの将棋作品はあるのか・・・と思っていましたが、最近読んだ小説もなかなかどうして負けてはいません。柚月裕子さんの『盤上の向日葵』です。
続きを読む