古今東西、「鏡」は神秘的なアイテムとして扱われてきました。人や物をそっくりそのまま(正確には逆転した姿ですが)映し出したり、使い方次第で無限に続く空間ができたように見えたりするせいでしょうね。日本でも、邪馬台国の女王・卑弥呼が魏から銅鏡を贈られていますし、鏡を奉っている神社も存在します。
ミステリアスな特性のせいか、鏡がキーワードとなる小説は、どこか謎めいたものが多いです。古くは『白雪姫』『鏡の国のアリス』がありますし、梨木香歩さんの『裏庭』、田中芳樹さんの『窓辺には夜の歌』、坂東眞砂子さんの『蛇鏡』などにも不思議な鏡が登場しました。そして、今回ご紹介する秋吉理香子さんの『鏡じかけの夢』。この鏡の不思議さもなかなかのものですよ。
こんな人におすすめ
愛憎絡み合うホラー短編集が読みたい人
心を込めて磨けば何でも願いを叶えてくれる---――ヴェネツィアで作られたという古い鏡には、そんな言い伝えがあった。患者の夫に恋した看護師、決して告げられぬ想いに身を焦がす職人、女優に盲目的に尽くす頭巾の男、浮浪児に夢を託す傷痍軍人、残酷な運命に翻弄される双子の姉妹。彼らの必死の願いを、鏡は必ず叶えてくれる。ただし、思いもよらない形で・・・・・一枚の鏡から紡がれる、美しくも恐ろしい連作短編集。
「~すれば何でも願いが叶う」というホラー作品定番のシチュエーションが魅力の本作。そしてこういう場合、「願い自体は叶うけれど、ただし・・・」という展開になるのもお約束ですね。戦前から終戦後という時代設定もいい味出していたと思います。
「泣きぼくろの鏡」・・・脳病院に入院する婦人の担当となった看護師の<わたし>。婦人が特別室に持ち込んだ見事な鏡を磨き上げるのが日課だ。働きぶりを誉めてくれる婦人の夫に、<わたし>はいつしか恋心を抱くようになり・・・
鏡の持つ特性が一番効果的に発揮されているエピソードだと思いました。愚行や小細工をすべて見られているなんて、きっと堪らない気持ちでしょうね。患者の夫に恋をし、後妻になろうと目論む看護師も怖いけど、私が一番怖いのは<あの人>・・・あの、もしかしてすべてはあなたの目論みだったということですか?
「ナルキッソスの鏡」・・・偏屈な鏡研ぎ職人である源次郎のもとに、一枚の鏡が持ち込まれる。早速仕事にかかる源次郎だが、たびたび仕事場を訪れる美青年・龍吾のことが気になって仕方がない。これが恋なのだと悟った源次郎は、鏡に何を願うのか。
恋心を押し隠そうとするあまり龍吾につっけんどんに接してしまう葛藤、龍吾が女性と親しげにしているのを見て感じる嫉妬、自分の想いをからかわれたと激怒する様子など、とにかく源次郎の心理描写が印象的でした。この耽美的なムード、いいなぁ。真相が分かってみれば、タイトルがなんとも皮肉です。
「繚乱の鏡」・・・関東大震災で大怪我を負いながらも、今は実業家として大成功を収めた榊。頭巾をかぶって後遺症を隠す榊は、ある時、女優・美津子に心奪われる。美津子の幸せのため、ありとあらゆる支援を行う榊だが・・・・・
状況はさながら<日本版・オペラ座の怪人>。タイトル通り、眩くも残酷な人間模様が展開されます。登場人物の欲や業の深さは、恐らく収録作品中随一ではないでしょうか。美津子にもう少し本質を見る目があれば結末は違ったのかなぁ。今後続くであろう地獄を思うと、私なら発狂してしまいそうです。
「奇術師の鏡」・・・戦地で重い障がいを負って帰国した栄吉は、通行人に奇術を披露して日銭を稼ぐ毎日を送っている。そんな栄吉が見た、行方知れずの鏡を探すチラシ。さらに栄吉は、その鏡の在処を知っているという浮浪児と偶然出会い・・・・・
唯一、救いと希望が感じられる話です。偶然出会った少年に奇術師として天与の才があることを知り、自分の持てる技術すべてを教え込もうとする栄吉と、そんな栄吉を無邪気に慕う少年。荒んでいた栄吉が癒されていく描写に胸が温かくなりました。ラスト、栄吉の命を懸けた大奇術に拍手喝采です。
「双生児の鏡」・・・戦争で何もかも失った双子の姉妹・アナベラとドナ。飲まず食わずでヴェネツィアを目指す二人は、ふとしたきっかけで鏡を手に入れる。その後、サーカス団に入った二人は、とあるショーで一躍有名になるのだが・・・・・
互いを思いやっていたはずの姉妹のすれ違いがなんとも悲しい・・・終盤、すべてが反転する瞬間の描写は強烈でした。思えば本作の登場人物たちは、悲劇にはなってもそれなりに物事を成し遂げているんですが、このエピソードの姉妹は別。ひたすら蹂躙されるだけだった二人の人生が哀れでなりません。今後も続きそうな余韻あるラストも良かったです。
「気持ちが良いほど、後味悪い。清々しいほど、バッドエンド」というコピーが付いた本作ですが、短編集特有の読みやすさのせいか、それほど読後感が悪いとは思いませんでした。一つ前の話の登場人物が、次の話でさらりと登場したり、その後が分かったりするところもなかなか面白いです。ぜひとも飛ばすことなく、第一話から順番に読んでいってください。
願い事を叶えるには代償が必要だよ度★★★★☆
鏡がすべての元凶です度☆☆☆☆☆
秋吉理香子さんの鏡をテーマにした短編集ミステリーですね。
鏡と言えば、辻村深月さんの「かがみの孤城」を思い出しますが、時代設定も戦前・戦後というのがまた面白そうです。コピーも気になります。
これも読みたい作品です。
同じ「鏡」でも「かがみの孤城」とは違い、人間の底知れぬ欲望を描いた作品でした。
この時代独特の退廃的・厭世的なムードも良かったです。