はいくる

「殺人鬼がもう一人」 若竹七海

ミステリー系の小説や漫画、ドラマなどを見ていると(特にシリーズもの)、しばしば「この町、凶悪事件が起こりすぎでしょ」という突っ込みが発生します。もちろん、人在る所にトラブル有り。それなりの人口を有する町なら犯罪件数が多くても仕方ないですが、それにしたって、そうそう頻繁に<血塗られた復讐劇>だの<阿鼻叫喚の惨劇>だのが起こっていては、住民は堪ったものじゃありません。

とはいえ、あくまでフィクションなら、複雑な謎や衝撃的な事件がしょっちゅう発生した方が面白いもの。ミステリー漫画界で有名な子ども探偵だって、あの町が事件だらけだからこそ能力を発揮できるのです。事件だらけと言えば、ここも負けていません。若竹七海さん『殺人鬼がもう一人』に登場する辛夷ヶ丘(こぶしがおか)です。

 

こんな人におすすめ

ブラックユーモアの効いたミステリー短編集が読みたい人

続きを読む

はいくる

「ふたたび嗤う淑女」 中山七里

面白い作品を読んだ時、こう思うことはないでしょうか。「これ、シリーズ化されないかな」特に、内容だけでなくキャラクターが気に入った場合、彼ないし彼女の活躍をもっと見たくなるのが人情というもの。私自身、このブログ内で「続編希望します」と書いた作品がいくつもあります。

とはいえ、実際にシリーズ化された場合、前作と同じかそれ以上のクオリティかどうかは分かりません。悲しいかな、一作目はすごく面白かったのに二作目はメタメタ・・・という例も存在します。でも、この方に関してはそんな心配無用でした。中山七里さん『嗤う淑女』の待望の続編『ふたたび嗤う淑女』です。

 

こんな人におすすめ

・悪女が出てくるミステリー小説が好きな人

・蒲生美智留の活躍(?)が読みたい人

続きを読む

はいくる

「営業零課接待班」 安藤祐介

私は子どもの頃、「働き始めたら、みんな<接待>をするようになるんだ」と思い込んでいました。それくらい、一昔前のドラマや漫画では、勤め人が接待をするシーンが多かったように思います。しかし自分が社会人になる年齢になってみると、接待文化はすっかり廃れ、勤務時間外の付き合いは控えようという風潮が広がっていました。もちろん、今でも接待を行う業界・職種もあるのでしょうが、一時期ほど派手なものではなくなった気がします。

接待が減ったことによるメリットはたくさんあります。その一方、接待によって得られたものもあったのではないでしょうか。<酒を飲まなきゃいけない>とか<豪華にもてなさなきゃいけない>とかではなく、職場以外の場で飲食を共にすることで腹を割って話せたり、連帯感が生まれたりすることもあったはずです。今回は、そんな<接待>の在り方をテーマにした作品を取り上げたいと思います。公務員として働きながら作家業を続ける安藤祐介さん『営業零課接待班』です。

 

こんな人におすすめ

落ちこぼれ社員たちの成長物語が読みたい人

続きを読む

はいくる

「ベルリンは晴れているか」 深緑野分

昔、とあるドイツ人俳優にハマっていたことがあります。ドイツの歴史映画にたくさん出演しているため、彼拝みたさに出演作を鑑賞しまくったり原作小説を読んだりした結果、すっかりドイツという国に魅せられてしまいました。一時期など、特に意味もなくドイツのガイドブックを借りてうっとり眺めていたことさえあるほどです(笑)

そんな私が思うのは、<日本人作家がドイツを舞台に書いた小説って意外と少ない>ということです。アメリカやフランス、中国などを舞台にした小説は色々ありますが、ドイツとなると、帚木蓬生さんの『ヒトラーの防具』、皆川博子さんの『死の泉』くらいしか知りませんでした。ですので、この作品の存在を知った時は嬉しかったです。深緑野分さん『ベルリンは晴れているか』です。

 

こんな人におすすめ

第二次世界大戦後のドイツを舞台にした小説が読みたい人

続きを読む

はいくる

「すみれ屋敷の罪人」 降田天

子どもの頃、友達とよくごっこ遊びをしました。お母さんごっこ、学校ごっこ、レストランごっこ、スパイごっこ・・・お嬢様ごっこもその一つ。この場合の<お嬢様>は、現代でなく戦前の設定であることが多く、「お姉様、舞踏会のドレスはどうしましょう?」「馬車の用意ができましたわ」などと言い合っていたものです。子ども心に、古き良き時代の香りを楽しんでいたのかもしれません。

ドラマを作りやすいからか、そういう時代の上流階級はよく小説でも取り上げられます。太宰治の『斜陽』や三島由紀夫の『豊饒の海』など、読むと自然と言葉使いが「~かしら?」「〇〇だわ」なんてちょっと改まった風に変化していたっけ。この二つは教科書に載ってもおかしくないほど有名なので、今回は別の作品をご紹介します。降田天さん『すみれ屋敷の罪人』です。

 

こんな人におすすめ

戦中戦後の名家が出てくるミステリーが読みたい人

続きを読む

はいくる

「和菓子のアン」 坂木司

これまで何度か書きましたが、私は甘い物が大好きです。健康のことを考えなくて良ければ一日三食全部スイーツでいいと思うほどで、スーパーマーケットやコンビニに行くたび、デザートコーナーの新作をチェックするのが習慣です。味だけでなく見た目も素敵なスイーツの数々に癒される人って、意外と多いのではないでしょうか。

そんな私が思い浮かべる<甘い物>と言えば、かつては洋菓子オンリーでした。ですが、ここ最近、あんこの風味が懐かしくなったり、買い物中にみたらし団子や葛切に目が行ったりすることがしばしばあります。ガツンとしたインパクトや見た目の派手さという点で洋菓子に押されがちな和菓子ですが、改めて見てみると繊細で美しい品が多いですし、洋菓子とは違う優しい甘さも魅力的です。「でも、和菓子ってあんまり馴染みないなぁ」と思う人は、この作品を読んでみてはどうでしょう。坂木司さん『和菓子のアン』です。

 

こんな人におすすめ

・和菓子がたくさん登場する小説が読みたい人

・若い女性の成長物語が読みたい人

続きを読む

はいくる

「紫蘭の花嫁」 乃南アサ

「将来の夢はお嫁さん」・・・実際にそう口にしたり、誰かがそう言っているのを見聞きしたことはあるでしょうか。一昔前まで女性はお嫁にいくのが当然と思われていましたし(今でもそういう考えがないとは言いませんが)、最近は妊娠出産のことを考えて早めの結婚を目指す女性も増えているそうです。美しいウェディングドレスや白無垢に身を包んだ花嫁は、幸福と希望の象徴ですね。

ですが、小説の世界において、花嫁という存在は時に事件のきっかけとなり得ます。日常とかけ離れた美しさや存在感がそうさせるのでしょうか。赤川次郎さんの『花嫁シリーズ』や辻村深月さんの『本日は大安なり』などには事件に巻き込まれる花嫁が登場しますし、コーネル・ウールリッチの『黒衣の花嫁』は世界的な人気を誇る名作です。今回取り上げる作品にも、謎に満ちた花嫁が登場します。乃南アサさん『紫蘭の花嫁』です。

 

こんな人におすすめ

シリアルキラーが登場するスリリングなミステリーが読みたい人

続きを読む

はいくる

「あわせ鏡に飛び込んで」 井上夢人

<世にも奇妙な物語>というテレビ番組をご存知でしょうか。タモリが進行役を務めるオムニバステレビドラマで、現在は番組改編の時期に二時間ドラマとして放送されています。一話の長さが二十分程度と短いこと、ホラー・サスペンス・コメディ・ヒューマンドラマなど、様々なジャンルの話が楽しめることなどから、多くの視聴者の支持を集めています。

この番組が有名だからか、面白い短編小説を評する際、「<世にも奇妙な物語>に出てきそう話」「<世にも奇妙な物語>で実写化してほしい」などという言い回しが使われることがしばしばありますし、私もこのブログ内でそういうフレーズを何度も使いました。今回は、<世にも奇妙な物語>向けの小説がたくさん詰まった短編集を取り上げたいと思います。井上夢人さん『あわせ鏡に飛び込んで』です

 

こんな人におすすめ

ひねりの効いた短編小説が読みたい人

続きを読む

はいくる

「葬式組曲」 天祢涼

「四苦八苦」という言葉があります。由来は仏教で、人間が避けることのできない苦しみの分類のこと。「生」「老」「病」「死」の「四苦」に「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」の四つを加えて「八苦」とするそうです。どの苦労も深刻なものですが、それらすべての終わりに待ち受ける苦しみは「死」でしょう。

そんな「死」と直結しているからか、「葬式」という儀式は様々なドラマを生み出します。当然、葬式をテーマにした創作物もたくさんありますね。映画『おくりびと』はアカデミー賞外国語映画賞を受賞する快挙を成し遂げましたし、幸田文さんの『黒い裾』、湯本香樹実さんの『ポプラの秋』、宮木あや子さんの『セレモニー黒真珠』などは、どれも面白い作品でした。状況が状況だからか人間ドラマ寄りの作風になることが多いので、今日は意外な路線でいこうと思います。天祢涼さん『葬式組曲』です。

 

こんな人におすすめ

葬儀にまつわるミステリが読みたい人

続きを読む

はいくる

「儚い羊たちの祝宴」 米澤穂信

英語圏には「羊とヤギを分ける」ということわざがあります。聖書に由来することわざで、「善(羊)と悪(ヤギ)を分ける」という意味。このことわざの中で、羊は善の象徴です。日本でも、羊にはなんとなく「大人しく温厚」というイメージがありますね。

ですが、油断は大敵。「羊の皮をかぶった狼」などという言葉もあるように、羊の内面が本当に大人しく穏やかとは限りません。もしかしたら、優しげな顔の下には思わぬ本性が隠れているのかも・・・・・今回取り上げる本には、そんな恐ろしい羊たちが登場します。米澤穂信さん『儚い羊たちの祝宴』です。

 

こんな人におすすめ

皮肉の効いたイヤミス短編小説が読みたい人

続きを読む