コロナが流行り出してからめっきり足が遠のきましたが、以前は古本屋が大好きでした。本屋と違って購入前に中身を確認することができますし、大型店なら在庫も豊富。世間的な認知度の低い作家さんの著作や、かなり昔に出版された本が置いてあることもあり、時にはとんでもない掘り出し物を見つけることもあります。
一昔前はネット等であらすじを確認できなかったため、「面白そうな本を見つけたけど、読んだことのない作家さんだし、定価で買うのは不安だな」という場合に古本屋を利用することが多かったです。貫井徳郎さんや美輪和音さんはこのパターンでハマり、著作をがんがん読むようになりました。今日ご紹介するのも、古本屋で見かけて手に取った作品です。松村比呂美さんの『ふたつの名前』です。
こんな人におすすめ
DVをテーマにした心理サスペンスが読みたい人
私が信じてきた幸せな家庭は幻だったのだろうか---――両親に愛され、仕事も充実し、何の不満もない日々を過ごす主人公・保奈美。唯一、時折訳もなく不安を感じることを除いては順風満帆だった人生が、一本の電話を機に軋み始める。幼少期に行方をくらませた実父はどこに行ったのか、なぜ幼い頃の写真が一枚もないのか、親戚と関わることを頑なに拒否する母の真意は何なのか・・・・悩み傷つきながら真実を探る女性の成長を描いた、傑作家庭内サスペンス
最近はアミの会(仮)の活動が目立つ松村比呂美さんの初期の作品です。ここ数年はどちらかというと短編小説の執筆率の方が高いようですが、本作のように面白い長編小説もたくさんあるんですよ。私にとっては松村比呂美さんを知った思い出の作品でもあります。
主人公の保奈美は、高齢者向け結婚相談所<サードライフ>で働く二十五歳の独身女性。仕事は大変ながらやり甲斐があり、家では心優しい継父と上品な母親に見守られ、充実した毎日を送っています。実は保奈美の実父は長年行方知れずであり、そのせいか、時々得体の知れない不安に襲われるというのが唯一の悩みでした。そんな中、思わぬ形で訪れた、父方の伯母と再会する機会。伯母との交流が深まるにつれ浮き彫りになる、両親の不審な行動。両親と、実父の失踪について調べ始めた保奈美は、やがて予想外の真実に行きつくことになるのです。
実父の失踪をはじめ、本作ではDVがキーワードとなる出来事が繰り返し起こります。それも、世代を超えて何度も何度も・・・かつてDV被害者だった子どもが成長後に加害者になってしまうとか、父親のDVから逃れて幸せな家庭を作るはずが、夫もまたDVを働く男だったとか、執拗に続く暴力の系譜は痛々しいの一言。こうした負の連鎖は現実でも多々起こっているので、余計に重苦しく感じられました。
にもかかわらず、本作の雰囲気がそれほど陰鬱ではない理由は、主に二つ。一つは、継父と実母の愛情を一身に受けて成長した保奈美が、基本的にまっすぐで健やかな女性だということ。この保奈美を中心に物語が進むため、どれほど辛い真実が描かれても、決して絶望的ではないんです。途中、保奈美の継父や実母が視点となる場面もありますが、どちらも誠実な苦労人であり、少々無茶なことをしても湧き上がるのは応援の気持ちばかり。こうなると、立場的に敵役ポジションになってしまった伯母がちょっと可哀想かもしれないですね。
もう一つは、サイドストーリーとして出てくる保奈美の仕事と、母・美紀の主婦仲間のエピソードが明るいからでしょう。高齢者向け結婚相談所で働く保奈美は、DV男だった前夫と死別後、良縁を求めて入会した千鶴子という老婦人の担当になります。ここで千鶴子と引き合わされた紳士が一癖ありそうだったり、千鶴子の幼馴染のサナエが二人の恋路に波乱を巻き起こしたりと、色々騒動は起こるものの、小気味良くユーモラスな描かれ方をしているので嫌な気持ちにはなりません。アクティブな年上世代の恋愛事情に、若い保奈美がたじたじになってしまうところなんて、実際にありそう!美紀の主婦仲間の早智子も、大人しそうに見えて言うべきことはびしっと言う聡明な女性で、今後にエールを送りたくなりました。こんな人ばかりなら、ご近所トラブルなんて起こらないだろうにな。
DVの場面は過酷なものの、きちんと全員が収まるべきところに収まることもあり、読後感は結構良いです。最近のイヤミスとは少し趣が違う、前向きな松村ワールドを楽しめますよ。早智子さんの手作りパン、私も食べたい!
『ふたつの名前』ってそっちのことか!度★★★★★
できれば相関図を作った方がいいかも度★★★★☆
松村比呂美さんの作品は「アミの会」で短篇集を読みましたが、印象的でした。
イヤミスのような雰囲気、DVや高圧的な描写がリアルでも何故か嫌な気分にならなかった気がします。
題名の意味も気になります。
松村比呂美さんのイヤミスは、永嶋恵美さんや柴田よしきさんのイヤミスと比べると、希望が感じられるものが多いです。
長編作品は決して多いとは言えないけれど、これから増えてほしいなと思っています。
題名の意味が分かった時は「おおっ」という感じでした。