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「わざと忌み家を建てて棲む」 三津田信三

季節は夏。今はマスク着用が求められるご時世なせいもあり、暑さが余計に身に染みます。こういう時は、少しでも涼を取れる娯楽が欲しいですよね。例えば、風鈴を吊るすとか、オリジナルのかき氷を作ってみるとか・・・昔のように自由気ままに外出するのがまだ難しい分、自宅で気軽に涼める楽しみを探してしまいます。

そして、伝統的な日本の夏の娯楽と言えば、怪談話。エアコンも扇風機もない時代、人々は背筋がゾッとするような怪談を読み、語り、暑さを乗り切ろうとしてきました。外国と比べて日本の怪談はジメジメと陰気な作風が多く、暑さ対策にはぴったりだったのでしょう。今回ご紹介するのも、夏に涼むのにうってつけの作品です。三津田信三さん『わざと忌み家を建てて棲む』です。

 

こんな人におすすめ

・幽霊屋敷を扱ったホラー短編集が読みたい人

・実話風ホラーが好きな人

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「境界線」 中山七里

フィクションの世界においては、しばしば、登場シーンはわずかにも関わらず存在感を発揮するキャラクターがいます。こういったキャラクターで私が真っ先に思いつくのは、西澤保彦さん『仔羊たちの聖夜』に登場する事件関係者の弟・英生さん(分かる方、います?)。出てくるのはたった数ページなものの、明晰な言動といい、<肉体的にも精神的にもぜい肉をそぎ落としたようなストイックな凄みがある>容姿といい、やたら印象的なんですよ。私はちょっと影のあるキャラに惹かれてしまいがちなので、「いつか別作品の主要登場人物になってくれないかな」と今でも思っています。

こうした脇役にスポットライトを当てる作風で有名なのは、当ブログでもお馴染みの中山七里さんです。『さよならドビュッシー』の序盤で死亡する香月玄太郎は『要介護探偵の事件簿』『静おばあちゃんと要介護探偵シリーズ』でメインキャラになっていますし、中山作品のあちこちでちらほら顔見せする総理大臣・真垣は『総理にされた男』の主役です。主役と脇役、立ち位置が変わることで視点も変わり、かつては分からなかった背景などを垣間見ることができてとても面白いですよね。この作品では、他作品では脇役だったある人物の意外な過去を知ることができました。中山七里さん『境界線』です。

 

こんな人におすすめ

・戸籍売買が絡んだ作品に興味がある人

・東日本大震災を扱ったヒューマンドラマが読みたい人

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「夜明けのすべて」 瀬尾まいこ

学生時代、とてもスタイルの良い女性の先生がいました。背が高く、手足が長く、スーツ姿で佇む様子は舞台女優さながら。そんな見た目とは裏腹に、とある疾患を抱えていて、長時間立ったり歩いたりすることが難しいそうです。ただ、何しろ容姿が健康的かつ華やかなので、バスや電車で優先席に座っていると「年寄りに席を譲れ」と怒られることもあるとのことでした。

外から見て症状が分かる病気と分からない病気。どちらもそれぞれ大変さがあるわけですが、後者の場合、<人に辛さが伝わりにくい>という苦労があります。また、この世には、<手術で病巣を除去しました。ハイ、完治>というわけにはいかない病気がたくさんあります。この本を読んで、そういった病と向き合い、乗り越えようと努める人達について考えさせられました。瀬尾まいこさん『夜明けのすべて』です。

 

こんな人におすすめ

生き辛さを抱えた主人公が出てくるヒューマンストーリーが読みたい人

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「大きな音が聞こえるか」 坂木司

日本は島国であるため、比較的気軽にマリンスポーツを楽しむことができます。私自身、子どもの頃は親に連れられて海水浴に行ったり、海辺で花火をしたりしました。そういう時、海によってはボードを抱えたサーファーを目にすることもあり、「あれはどういうスポーツなんだろう?」と不思議に思ったものです。波打ち際でちゃぷちゃぷ遊ぶのと違い、サーフィンには技術や道具が必要ということもあって、今でもなんとなく縁遠いです。

そんな私でも、本の中でならサーフィンを楽しむことができます。サーフィンが登場する小説といえば、ぱっと思いつくのは豊田和馬さんの『キャッチ・ア・ウェーブ』や村山由佳さんの『海を抱く BAD KIDS』といったところでしょうか。大海原と戦うスポーツなだけあって、成長物語の題材としてよく取り上げられる気がします。この本でも、サーフィンをキーワードに、一回り大きくなる少年の姿が描かれていました。坂木司さん『大きな音が聞こえるか』です。

 

こんな人におすすめ

世界を見て成長していく少年の青春小説が読みたい人

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「小袖日記」 柴田よしき

「最初から最後まできっちり読み通したことはないけど、大まかなあらすじは知っている」「漫画版や実写版しか見たことない」という小説って、意外と多いです。私の場合、ぱっと思いつくのは森鷗外の『舞姫』や太宰治の『人間失格』。一昔前の文豪の作品は、文体が現代と異なっていることもあり、なんとなくとっつきにくく感じてしまいます。

そして、「昔の作品なので全部読み切るのはちょっと大変」の代表格は、紫式部の『源氏物語』ではないでしょうか。日本最古の長編小説であり、翻訳され海外でも読まれている名作ながら、何しろ全部で五十四帖から成る超大作。幸い、大和和紀さんの漫画『あさきゆめみし』や荻原規子さんの『源氏物語』など、読みやすくまとめられた作品がたくさんあり、ストーリーを知るのに不自由はしません。現代の作家が古典を再構築する場合、独自の解釈が加えられることが多く、原作との違いを比べてみたりするのも面白いです。この作品の解釈の仕方も、かなり大胆かつ斬新で面白かったですよ。柴田よしきさん『小袖日記』です。

 

こんな人におすすめ

『源氏物語』をテーマにしたほのぼのミステリーが読みたい人

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「ポーカー・レッスン」 ジェフリー・ディーヴァー

海外の創作物が日本でヒットする要因は何でしょうか。内容が肝心なのは言うまでもありませんが、翻訳の出来も、かなり重要な位置を占めます。学生時代、授業でやった英語一つ取っても、訳する人間が違えばニュアンスが大きく変わるもの。まして、商業的な作品、それも映像で物語を説明できない小説となると、翻訳のレベルが成功の鍵と言っても過言ではありません。

日本における翻訳者といえば、『ハリー・ポッターシリーズ』の松岡佑子さんのエピソードが有名です。日本語の一人称の多さや訛りを利用した訳し方は、老若男女問わず多くの読者を楽しませてくれました。もちろん、日本では他にも優れた翻訳者がたくさん活躍されていますよ。そんな翻訳の妙を堪能できる作品がこれ、ジェフリー・ディーヴァー『ポーカー・レッスン』です。

 

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どんでん返しの短編ミステリーを堪能したい人

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「トゥインクル・ボーイ」 乃南アサ

サスペンスやホラーにおける子どもの役割は、大抵二分されます。登場人物達に未来や希望を感じさせる清涼剤的存在か、子ども特有の残酷さや凶暴さを発揮する恐怖の対象か。どちらも面白いですが、イヤミス大好きな私としては、後者の子どもに惹かれてしまいます。

とはいえ、いつもいつも映画『オーメン』のダミアンのように超自然的な力で大人を殺害していく子どもばかりでは食傷してしまうというもの。冷酷さや大胆さだけでなく、幼稚さや浅はかさがあってこその子どもです。そんな子どもの恐ろしさを描いた作品といえばこれ、乃南アサさん『トゥインクル・ボーイ』です。

 

こんな人におすすめ

子どもが抱える闇をテーマにした短編集が読みたい人

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「プリズム」 貫井徳郎

<ノックスの十戒>というものをご存知でしょうか。イギリスの作家・ノックスが考案した、推理小説を書く上での十個のルールです。半ばジョークとして作られたものらしく、十戒を破った推理小説もたくさん存在しますが、けっこう面白いのでチェックしてみる価値ありますよ。

<探偵は超能力を使って推理してはならない><未知のテクノロジーを犯行に用いてはならない>等々、ほほうと頷かされる文言が並ぶ十戒の中、トップを飾るのは<犯人は物語の中に登場していなければならない>というルールです。上記の通り、十戒を破った推理小説は数多くあれど、これを破った作品は少ないのではないでしょうか(皆無じゃないですが)。ただ、<間違いなく犯人は作中にいるんだけど、結局判明しないままだった>という作品は一定数あります。そんな作品が面白いはずないって?でしたら、これを読んでみたら考えが変わるかもしれません。貫井徳郎さん『プリズム』です。

 

こんな人におすすめ

<藪の中>状態の推理小説が読みたい人

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「カレーライフ」 竹内真

「あなたが一番好きな料理は何ですか?」という質問があり、結果をランキングにするとしたら、どんな答えが集まるでしょうか。さぞかし多くの回答が出るでしょうが、恐らくトップ5の中にはカレーが入っていると思います。ビーフ、ポーク、チキンにシーフード等、種類が豊富な上、辛さを調節したりスパイスで味を変えたりもしやすいので、老若男女問わず人気がある一品です。

しかし、どれだけ人気があろうと、料理一品をテーマに長編小説を書くのは至難の業。それはカレーとて例外ではなく、カレーをテーマにした小説と言えば、橋本紡さんの「ココナッツミルクのカレー(『今日のごちそう』収録)や山口恵以子さんの「うちのカレー」(『うちのカレー』収録)というように短編小説が多いです。それももちろん面白いけれど、たまには頭のてっぺんから爪先までたっぷりどっぷりカレーに浸りたいという方には、これなんてお勧めですよ。竹内真さん『カレーライフ』です。

 

こんな人におすすめ

カレーをテーマにした青春成長小説が読みたい人

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「奇談蒐集家」 太田忠司

短編小説の良いところはたくさんあります。その一つは<収録作品中、どの話から読んでも楽しめる>ということ。一ページ目から読む必要のある長編と違い、短編の場合、ぱらぱらとめくってピンときたエピソードから読む、あるいは、苦手な用語が出てきそうなエピソードは飛ばす、ということも可能です。短編小説が仕事等で移動中に読むのに向いているのは、こういう特性があるからかもしれません。

その一方、第一話から順番に読んでこそ面白さを発揮する短編小説というものも存在します。それがいわゆる<連作短編>で、独立していると思われたエピソードに実は繋がりがあり、最後にすべてが結びつくというパターンです。第一話、第二話・・・と、エピソードが進むごとに伏線が積み上げられていくので、中には、順番通りに読まないとエンディングの真意が理解できないものも少なくありません。綾辻行人さんの『フリークス』や成田名璃子さんの『東京すみっこごはん』はこのパターンでした。今回取り上げる作品も、第一話から順番に読んだ方が楽しめます。太田忠司さん『奇談蒐集家』です。

 

こんな人におすすめ

ミステリアスな安楽椅子探偵ものが読みたい人

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