はいくる

「マザー」 乃南アサ

<女三界に家なし>という言葉があります。<三界>とは仏教用語で<全世界>のこと。「女は子どもの頃は親に従い、結婚してからは夫に従い、老いてからは子どもに従うもので、世界のどこにも落ち着ける場所などないのだ」という意味だそうです。「そんな状態はおかしいから、決して甘んじてはいけないよ」と続くわけでもなく、ここで終わりというところに、旧来の価値観の恐ろしさを感じます。

こんな考え方はもう過去のものだ!と言いたいところですが、残念ながら、そうとも言い切れない現実があることは事実。特に<母親>に対しては、時として同性からも我慢と忍耐を強いられる傾向にある気がします。女であることに加え、親としての責任が生じるからでしょうか。とはいえ、上記の教えが生まれたのは二千年以上前だからもうどうしようもないけれど、現代の女がそうそう服従してばかりとは思えません。あんまり母親を舐めていると、予想外の事態に出くわしてしまうかも・・・・・今回ご紹介するのは、そんな驚愕の事態を描いた短編集、乃南アサさん『マザー』です。

 

こんな人におすすめ

家族をテーマにしたイヤミスに興味がある人

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生家の幸福を信じてやまない男が知った恐るべき真実、激変した兄の再婚に対する疑心と不安、傍若無人な娘一家との暮らしに振り回される老母の運命、母へのわだかまりを抱えて成長する娘の秘密、突如立ち居振る舞いが派手になった女性の唯一の願い・・・・・ここに、あなたの母がいるかもしれない。家庭という名の呪縛を描くサスペンス短編集

 

乃南アサさんの、傑作選ではない短編集は久しぶりなので、刊行情報を知った時からずっと楽しみにしていました。短編ながら濃密な心理描写といい、ひねりの効いたブラックな展開といい、相変わらずの満足度の高さ!やっぱりこの方の短編小説って好きだなと、しみじみ実感しました。

 

「セメタリー」・・・仲睦まじい祖父母や両親に見守られ、幸せな子ども時代を過ごした主人公・岬樹。その中心にいたのは、太陽のように明るい母だった。岬樹をはじめ子ども達が独立し、祖父母に介護の必要が生じてからも、母の愛は変わらない。「心配しないで。あなた達は好きなように生きなさい」。時を経て直面する、祖父母や父の死。コロナ禍が終わったこともあり、久しぶりに帰郷した岬樹が目にしたものとは・・・・・

自分が育った家庭を「<ちびまる子ちゃん>と似た家」と言える岬樹は、きっと幸福な人間なのでしょう。乃南アサさんだから、きっと終盤でひっくり返るんだろうと思っていましたが、真実は予想以上・・・そりゃ岬樹も唖然茫然とするわな。とはいえ、ここまで突き抜けていると、妙な痛快ささえあるから不思議です。もちろん、フィクションならば、の但し書き付きですけどね。

 

「ワンピース」・・・夫や子どもと穏やかに暮らす冴子の唯一の悩み。それは、鬱病を患い、今は実家で母と二人暮らしを送る兄のことだ。文武両道で一族の期待の星だったのに、医師としての激務や職場環境で精神を病み、離婚後はバイトも長続きしない兄。そんな兄の暮らしの助けになればと、母の死後、冴子は相続放棄した。時は流れ、母の一周忌が近づいた頃、兄から再婚したという連絡が入る。相手は兄の病状をすべて知った上で再婚したというが、本当なのか。訝しみつつ兄宅を訪れた冴子を出迎えたのは、意外な人物で・・・・・

本作のタイトルは『マザー』ですが、この話は<母>というより<家族>に重点が置かれていた気がします。冴子の、人気者だった兄に対する失望と心配、兄のケアに追われる老母を案ずる気持ちが臨場感たっぷり。こんなに心配していた末、あんな再婚を見せつけられちゃ、そりゃいてもたってもいられないでしょう。後々、とんでもないトラブルに発展しそうで、他人事ながら非常に不安です。

 

「ビースト」・・・夫の死後、慎ましく一人で暮らす美也子のもとに、家出したきり音信不通だった娘の和美から連絡が来た。結婚に二度失敗し、息子を二人抱え、にっちもさっちもいかない状況だから助けてほしいという。娘の苦境に同情し、和やかな家族団らんを夢見て同居を受け入れる美也子。だが、いざ娘一家が来て始まった生活は、予想とはまるで違うもので・・・・・

老いた親世代が、子どもや孫の世話で疲れ切るというのは、現実でもよくある話。この話の場合、美也子は未亡人であるため一人で娘と孫達を背負い込まなくてはならないこと、娘とは元々揉め事が多かったことなどもあり、苦労が十倍にも二十倍にも感じられました。勝気そうな美也子が、娘世帯と和気あいあいと暮らす希望を捨てきれないところが、なんともやるせなくて・・・収録作品中唯一、タイトルにもある<母>視点で進む話の分、余計に切なかったです。

 

「エスケープ」・・・胎児の頃、母親から繰り返し囁かれた言葉を、今なお深層心理で覚えている陽希。早く、早く。そんな急かされるような思いで成長した陽希は、年齢不相応に大人びた少女となる。そんな陽希に対し、母親は「私をライバル視している。憎たらしい」という思いがあるようで・・・

「ビースト」とは打って変わって、幼い子ども目線で進む話です。主人公となる子どもが成人していた「セメタリー」と違い、こちらは胎児(!)~小学生。母親の言葉や両親の雰囲気に歪んだものを感じ取っていても、正確な意味は理解できません。そんな幼い視点が語られる両親の結婚までの経緯や、母親から娘への対抗意識、やがて起きる変事の描写がものすごく不穏・・・これ、裏に何かあるんじゃない!?まさかそういうこと!?と、勘ぐりまくりでした。

 

「アフェア」・・・定年退職と離婚を経た瀧本の現在の生業は、マンションの住み込み管理人だ。そんな瀧本の目下の関心事は、娘が巣立った後、途端に様子が変わった女性住人・佐野のこと。毎日別人のように華やかに装い、近所に住む男性達を次々部屋に引き入れて遊び回るようになったのである。佐野自身は離婚しているため問題はないとはいえ、いくらなんでも目立ちすぎる。佐野の独立した子ども達も困り果てているものの、佐野はまったく意に介さず・・・・・

異性関係のトラブルはともかく、華やかな恰好で外出しまくるくらい問題ないじゃん!・・・と思ってしまうのは、私が所詮他人だからでしょうか。「年甲斐もなく」「外聞が悪い」と口やかましい子ども達が、決して冷血人間ではなく、それなりにちゃんと母親を案じているという齟齬がリアルでした。結末は色々解釈が分かれそうですが、私は、本人なりのハッピーエンドだったと思います。まあ、周囲は今後ものすごく大変でしょうけど・・・

 

全体的にイヤミス寄りの話が多いものの、意外なくらい後味は悪くありません。最終話「アフェア」で、主要登場人物がそれなりに本懐を遂げているせいかな。「ビースト」辺りが最終話だったら、さぞやりきれなかったでしょうが・・・・・そう思うと、短編集の収録順番って大事なものですね。

 

母親<だから>我慢すべきことなんて一つもない度★★★★★

本当にあり得そうな描写が絶秒・・・度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     乃南アサさんは何冊か読みましたが、家族をテーマにした作品が多かった気がします。ウツボカズラの夢、六月の雪、いつは陽の当たる場所で、水曜日の凱旋など家族が主体となってストーリーを組み立てていると今更ながら思いました。
     それでいて読後感が悪くないのが良いですね。
     日常とブラックが紙一重だと感じる危うさが何よりの魅力ですね。
     「契約」と「聖家族のランチ」借りてきました。
     年末年始で図書館が閉館になる前にたくさん借りておきたいですね。
     櫛木理宇さんと林真理子さんの新作予約しました。
     

    1. ライオンまる より:

      イヤミス寄りの作品揃いですが、楽しく読み終えることができました。
      やっぱり乃南アサさんの短編はイイ!!
      櫛木理宇さんの新作というと「逃亡犯と~」ですよね。
      久しぶりの連作短編とのことで、読むのが楽しみです。
      こちらは中山七里さんのカエル男シリーズ最新刊を予約しました。
      読めるのは来年になりそうですが・・・・・

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