現在、インターネットは生活の至る所に浸透しています。一体いつからかは正確には分かりませんが、少なくとも私が大学生になる頃には、多くの人達が当たり前のようにネットで情報を検索したり、発言や創作物をネットに投稿したりしていました。ネットの危険性が声高に叫ばれるようになったのも、この頃からだと記憶しています。
不特定多数の、それも素性がよく分からない人たちと関わる性質上、ネットは一歩間違うと自分の首を絞める凶器になりかねません。と同時に、使い方次第では、自分の主張を世界に向けて発信し、本来なら知り合うことなどなかったはずの人達と知り合い、それによって社会を動かすことも可能です。せっかくこれほど便利なツールがあるのですから、こうした正しい使い方をしていきたいものですね。先日読んだ作品には、ネットを有効利用して戦う人たちが出てきました。櫛木理宇さんの『虎を追う』です。
こんな人におすすめ
冤罪が絡んだミステリーが読みたい人

ものすごく忙しい時やトラブルが続いた時、ふとこんな風に思ったことはないでしょうか。「自分がもう一人いればいいのに・・・」と。鏡に映したかのようにそっくりな自分の分身。そんな存在がいれば、さぞ便利なように思えます。
「嫁姑の仲よきはもっけの不思議」などという言葉もあるように、嫁と姑というのは多かれ少なかれ揉めるものと思われがちです。赤の他人の同性同士が身内になるという状況のせいでしょうか。もちろん、嫁姑関係が円満にいっている家庭もたくさんあるんでしょうが、小説やドラマの中には、確執を抱えた嫁と姑が大勢登場します。
<超能力の例を一つ挙げてみなさい>と言われたら、どんな能力が出て来るでしょうか。口から言葉を発せずに意思を伝えるテレパシー、視界に入らないはずの出来事を見る透視能力、手を使わずに物を動かす念動力・・・どれもこれも有名な能力ですが、それらと並んで知名度が高いのが<予知能力>です。文字通り、その時点で起こっていない出来事を予め知る力のことで、かの有名なノストラダムスもこの能力の持ち主として知られています。
今更言うまでもない話ですが、殺人という犯罪は多くのものを奪っていきます。被害者本人の命や尊厳はもちろん、その家族の人生をも大きく揺るがし、ひっくり返し、時に破壊してしまうことすらあり得ます。昔見たドラマで、息子を殺された父親が言っていた「家族全員殺されたようなものだ」という台詞は、決して大げさなものではないのでしょう。
今や<婚活>という用語はすっかり一般的なものになりました。漢字にするとたった二文字ですが、そのやり方は様々です。インターネットの婚活サイトに登録したり、結婚相談所を介したり、大規模なパーティーに参加したり・・・最近は寺での座禅や農作業など、ユニークなイベントを利用した婚活も多いようですね。そんな婚活の中に<親婚活>というものがあります。
そこここで<断捨離>という言葉を見聞きするようになって、もうずいぶん経ちます。これは不要な物を捨てて身辺整理を行うことで心身の健康を得ようという思想で、元々はヨガから来ているんだとか。確かに、日本人には<もったいない>という考え方があるので、大量の不用品を延々と保管し続けるケースも少なくありません。
夏という季節は不思議です。エネルギッシュで活気に満ちている反面、終わりに近づくとどこか切なく、物悲しい。四季の中でも、過ぎゆくのが寂しいと感じる季節は夏くらいのものではないでしょうか。
小説では、しばしば<パンドラの箱>という表現が登場します。元ネタは、ギリシア神話に登場する、ゼウスによってすべての悪と災いが詰め込まれた箱(本来は壺ですが)。人類最初の女性・パンドラがこの箱を開けてしまったことで、この世には様々な不幸が蔓延するようになります。このことから、<パンドラの箱>とは<暴いてはならない秘密><知りたくなかった真相>というような意味で使われることが多いですね。
ゆっくりと穏やかな生活を目指す<スローライフ>が注目されるようになったのは、二〇〇年を過ぎた頃かららしいです。同時に、都会の喧騒を離れた田舎暮らしに憧れる人達も増え始めました。この流れを受けたせいでしょうか。最近は田舎暮らしをテーマにした小説でも、<都会から来た主人公が、色々ありながらも近隣住民と絆を作り、困難を乗り越えて田舎暮らしに馴染む>という爽やかな作風のものが多い気がします。