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はいくる

「殺人依存症」 櫛木理宇

本の内容と、その本を読むタイミングというのは、密接な関係があります。例えば、大きな物事に臨む時はスカッとする勧善懲悪ストーリーがいいとか、落ち込んでいる時は悪人が出てこないハートフルコメディがぴったりとか。たかが本、されど本。読書には人の気分を左右する不思議な力があるものです。

実は私、この読書タイミングの見計らい方がものすごく下手。ずいぶん昔の話ですが、所用で飛行機に乗らなくてはならないというのに、直前になってアメリカ同時多発テロに関する本を読んでしまい、貧血起こしそうになりながら搭乗したのは懐かしい思い出です。最近も、読むタイミングを誤ってしまったせいでキツい思いをしました。櫛木理宇さん『殺人依存症』です。

 

こんな人におすすめ

人間の怖さをとことん描いたサスペンスが読みたい人

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「死んでもいい」 櫛木理宇

これは小説に限った話ではありませんが、この世には<万人受けするジャンル>と<そうでないジャンル>の二種類があります。前者はコメディやヒューマンストーリー、後者はイヤミスやホラー。好みはあるにせよ、ユーモラスなほのぼの小説を読んで吐き気を催す人は少ないでしょうが、イヤミスやホラーだとそれがあり得ます。

しかし、だからといって取っつきにくいジャンルを避けまくるのはもったいないと思います。後味悪かろうがグロテスクだろうが、面白い作品は面白いもの。読んでみたら意外と好みだった、ということもあり得ない話じゃありません。そこでお勧めは短編小説。陰鬱な小説を何百ページも読むのはきつくても、ボリュームが少ない短編ならけっこうさっくり読めてしまうこともありますよ。イヤミスは怖そう、でも興味はある・・・という方は、この作品で様子見してみてはどうでしょうか。櫛木理宇さん『死んでもいい』です。

 

こんな人におすすめ

人間の暗黒面を描いたイヤミス短編集が読みたい人

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「螺旋階段のアリス」 加納朋子

世界各国には様々な童話があります。勧善懲悪のヒーロー話からおどろおどろしい怪異譚、くすりと笑えるほのぼのストーリーまで、その作風は千差万別。物語として面白いだけでなく、現代にも通じる教訓や風刺が込められているものも多く、大人になってから読んでも楽しめます。

そんな童話の中でも、『不思議の国のアリス』のシュールさは群を抜いていると思います。主人公・アリスが見た夢の話なだけあって、登場人物の背丈が伸びたり縮んだりするわ、動植物がいきなり喋るわ、道具が擬人化するわとやりたい放題。この奇妙さのせいか、『不思議の国のアリス』がゲームや小説のモチーフとして使われる場合、どことなく不気味で謎めいた作品になることが多いようですね。例を挙げると、小林泰三さんの『アリス殺し』や、当ブログでも取り上げた柴田よしきさん『紫のアリス』といったところでしょうか。もちろんそれはそれで面白いのですが、不気味なのは苦手という読者のため、今回はほっこりと希望のある作品をご紹介したいと思います。加納朋子さん『螺旋階段のアリス』です。

 

こんな人におすすめ

日常の謎を扱ったミステリー短編集が読みたい人

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「二百十番館にようこそ」 加納朋子

<ニート>の正式名称をご存知でしょうか。<Not in Education,Employment or Training>の略称で、勉強することも就労することも職業訓練を受けることもない者を指します。年齢は、一般的には十五歳から三十四歳までと定義されているとのこと。「五体満足な人間が、教育や勤労の義務も果たさずだらだらしているなんて」と、世間の厳しい目に晒されることが多い立場です。

ニートが小説の主要登場人物になる場合、いかにして彼(彼女)はニート生活に終止符を打つかがポイントになることが多いです。例を挙げると、里見蘭さんの『さよなら、ベイビー』や、過去にブログで取り上げた近藤史恵さんの『歌舞伎座の怪紳士』がそれに当たりますね。上記の作品の主人公達は、それぞれ思いがけない形で再出発の機会を掴み、一歩を踏み出します。では、この作品の主人公はどうでしょうか。加納朋子さん『二百十番館にようこそ』です。

 

こんな人におすすめ

ニートの再出発を描いたヒューマンドラマが読みたい人

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「虜囚の犬」 櫛木理宇

相手の人となりや行動を表現するための比喩として、しばしば動物が用いられます。「ライオンのような雄姿だ」となれば<勇ましく堂々とした態度>、「まるでねずみのような奴」なら<こそこそと卑しい様子>となるでしょう。実際にその動物がそういう性質かどうかは、それこそ個体差もあるのでしょうが、動物が持つイメージというのはあると思います。

では、<犬>はどうでしょうか。犬は忠誠心や家族愛が強く、命を賭して主人を守ることさえある頼もしい存在。反面、強者に服従する性質から、「あいつ、犬みたいに尻尾振りやがって」等、力に屈する態度の喩えとして用いられることもあります。この作品を読んでいる間、私の頭には鎖に繋がれ屈服させられる犬の姿がずっと浮かんでいました。櫛木理宇さん『虜囚の犬』です。

 

こんな人におすすめ

洗脳をテーマにしたイヤミスが読みたい人

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「ナルキッソスの鏡」 小池真理子

この世には数えきれないほどの主義・傾向がありますが、その中でも<ナルシズム>の認知度の高さは群を抜いていると思います。これはギリシャ神話に登場する美少年・ナルキッソスが、泉に映る自分の姿に恋したエピソードに由来し、自分自身を強く愛する精神状態と指すとのこと。あまりによく知られた用語なので、「あの人ってナルシストだよね」「今の言い方、ナスルシストっぽかったかな」等々、日常会話に登場する機会も多いです。

そして、<自分を強く愛する>という特徴が描写しやすいからか、ナルシストが登場する作品もたくさんあります。『ちびまる子ちゃん』の<花輪クン>のように、コミカルな自分大好き人間として描かれることが多い気がしますが、語源であるナルキッソスが自分を愛するあまり死を遂げたことを考えると、本来のナルシズムとはもっと真摯で頑ななもののように思います。今回ご紹介するのは、小池真理子さん『ナルキッソスの鏡』。あまりに深く自分を愛した者の運命が印象的でした。

 

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人の狂気をテーマにしたサイコサスペンスが読みたい人

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「うちの父が運転をやめません」 垣谷美雨

高齢者ドライバーによる事故が取り沙汰されるようになったのはいつからでしょうか。正確なところは分かりませんが、ここ数年で、メディアが高齢者による事故を大きく取り上げる率は確実に上がっている気がします。年齢を重ねると、視力や筋力が落ちたり、反応速度が遅くなったりして、事故を引き起こす危険性が高まるとのこと。普通に扱えば便利な車も、ひとたび間違いを犯せば、走る凶器になりかねません。

しかし、だからといって「高齢者は運転させるな」と主張するのはあまりに一方的というものです。加齢により体力が落ちると、若者のように「これくらいの荷物、歩いて持ち運べるさ」「電車乗り継いで三十分の距離なんて近い近い」というわけにはいきません。居住地や家族構成、生活パターンなどによっては、運転しないと生活することが不可能というケースだってあるでしょう。そもそも、昨今やたら高齢者ドライバーの事故が多い気がするのは、車離れによる若者の事故率低下のせいであって、発生件数自体は数十年前から変わっていないんだとか。そうなると、単純に高齢者ドライバーだけを非難するわけにはいきませんね。今回は、そんな高齢者ドライバー問題について考えさせられる作品をご紹介します。垣谷美雨さん『うちの父が運転をやめません』です。

 

こんな人におすすめ

高齢者ドライバー問題を絡めたヒューマン小説が読みたい人

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「歌舞伎座の怪紳士」 近藤史恵

私は自他共に認める運動下手な人間ですので、体を動かす遊びはあまり得意ではありません。反面、インドア系の趣味は色々やりました。読書はもちろんのこと、映画鑑賞、音楽鑑賞、観劇、お菓子作り、ジグソーパズル、猫カフェ巡りetc。そんな中、歌舞伎には何となく興味を持てませんでした。あの独特の台詞回しや化粧に馴染めなかったんだと思います。

ですが、歌舞伎を現代風にアレンジしたスーパー歌舞伎を見て、歌舞伎に対する印象が変わりました。考えてみれば、歌舞伎とはそもそも庶民の娯楽。演目だって、心中だの敵討ちだの三角関係だの、生臭く人間味溢れるテーマがたくさんあります。今回は、そんな歌舞伎がより身近に感じられる小説を取り上げたいと思います。近藤史恵さん『歌舞伎座の怪紳士』です。

 

こんな人におすすめ

歌舞伎をテーマにしたミステリー小説が読みたい人

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「レインレイン・ボウ」 加納朋子

先日、雨上がりに虹を見ました。大はしゃぎするような年齢はとっくに過ぎてしまいましたが、青空にかかる七色の帯を見ると、なんとなく気持ちが明るくなります。そう思う人は多いのか、虹を神との契約と捉えたり、虹の根本には宝があると考えたりする文化もあるようです。

そしてもう一つ、様々な色が並んでいる形状から、虹は<多様性><共存>の象徴でもあるとのこと。そのため、虹がキーワードとして出てくる作品は、異なる個性の登場人物達が支え合って物事を進める内容のものが多いですね。例を挙げるなら、逸木裕さんの『虹を待つ彼女』や瀧羽麻子さんの『虹にすわる』といったところでしょうか。そういえばこの作品でも、登場人物達を虹に例えています。加納朋子さん『レインレイン・ボウ』です。

 

こんな人におすすめ

悩める女性達の爽やかミステリーが読みたい人

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「虎を追う」 櫛木理宇

現在、インターネットは生活の至る所に浸透しています。一体いつからかは正確には分かりませんが、少なくとも私が大学生になる頃には、多くの人達が当たり前のようにネットで情報を検索したり、発言や創作物をネットに投稿したりしていました。ネットの危険性が声高に叫ばれるようになったのも、この頃からだと記憶しています。

不特定多数の、それも素性がよく分からない人たちと関わる性質上、ネットは一歩間違うと自分の首を絞める凶器になりかねません。と同時に、使い方次第では、自分の主張を世界に向けて発信し、本来なら知り合うことなどなかったはずの人達と知り合い、それによって社会を動かすことも可能です。せっかくこれほど便利なツールがあるのですから、こうした正しい使い方をしていきたいものですね。先日読んだ作品には、ネットを有効利用して戦う人たちが出てきました。櫛木理宇さん『虎を追う』です。

 

こんな人におすすめ

冤罪が絡んだミステリーが読みたい人

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