はいくる

「月のない夜に」 岸田るり子

古来、双子というのは神秘的な存在として扱われる傾向がありました。母親の胎内で一緒に育ち、一緒に生まれてくるという状況や、(一卵性の場合)そっくりな容姿などが人に謎めいた印象を与えたのでしょうね。現代でさえ、「双子の片方が怪我をするともう片方も痛みを感じる」「生後すぐ離れ離れになってもそっくりな人生を歩む」などといったミステリアスな説まであるほどです。

フィクションの世界において、双子は「他人には分からない絆や確執を持つ存在」として描写されることが多い気がします。ぱっと思いつく限りでは、双子の少女の入れ替わりをテーマにしたエーリッヒ・ケストナーの『ふたりのロッテ』、泥棒と双子の兄弟の同居生活を描く宮部みゆきさんの『ステップファザー・ステップ』、ルイ十四世双子説と鉄仮面伝説を絡めた藤本ひとみさんの『ブルボンの封印』などなど。今回取り上げる小説にも、複雑な絆を持つ双子が登場します。岸田るり子さん『月のない夜に』です。

 

こんな人におすすめ

サイコパスの登場する心理サスペンスが読みたい人

スポンサーリンク

妹の冬花が殺人容疑で逮捕された。人の気持ちに鈍感で、周囲からの悪意にもまるで気づかなかったような妹がなぜ・・・?事件を知った二卵性双生児の姉・月光(つきみ)は、冬花に好意を持つ男性らの力を借り、真相究明に乗り出した。次第に浮かび上がってくる被害者・喜代の心の闇。人を支配してのし上がっていく悪女が落ちた戦慄の罠。やがて月光が辿り着いた衝撃の真実とは。

 

女性の濃密な愛憎劇を得意とする岸田さんの本領発揮とも言える作品です。どことなく神秘的なムードの表紙とは裏腹に、内容のドロドロと生臭いことといったら!あちこちで登場する京都弁での会話の応酬が、スリリングな雰囲気を盛り上げるのに一役買っています。

 

社交的で快活な姉の月光(つきみ)、人間関係を築くことが苦手な大人しい冬花。まるで似ていない姉妹はいつしか疎遠となり、月光は東京で結婚生活を、冬花は京都で娘との二人暮らしを送っていました。ある日、月光のもとに、冬花が高校時代の同級生である川井喜代を殺したという知らせが飛び込んできます。この喜代は、かつて言葉巧みに冬花を利用しようとし、激怒した月光に追い払われたという因縁の相手でした。なぜ冬花と喜代は交流を再開し、殺人などが起こる事態となったのか。月光は京都へ飛び、真相を求めて動き出します。

 

主役は月光と冬花の姉妹ですが、それより存在感を発揮するのは被害者の喜代です。関係者の口から語られる人物像や生前の回想シーンなどを交えることで、喜代の常軌を逸した強欲ぶりが明らかになっていきます。狙いを定めた相手の懐に巧妙に飛び込み、決して自分に逆らうことのないよう徐々に洗脳していく姿はまさに鬼女。ターゲットが邪魔になるや否や、何の良心の呵責もなく殺すことからして、恐らく彼女は単なる詐欺師を超えたサイコパスなのでしょう。

 

そんな喜代に、月光の妹・冬花は目を付けられてしまいます。冬花は子どもの頃から人の気持ちに鈍感で、空気を読むことができない少女でした。作中ではっきりとは語られないのですが、一種の発達障害なのかもしれません。大人になってもそれは変わらず、離婚後は幼い娘と二人、ひっそりと暮らしています。自分はなぜ周囲と上手くやれないのか。悩む冬花にとって、優しい笑顔と言葉を向けてくれる喜代は救世主のような存在。自然、万事を喜代に任せきりになり、メイドのような扱いを受けた挙げ句、言われるがまま高額の生命保険にまで加入してしまいます。

 

この辺りの描写で印象的だったのは、周囲から見た冬花と真実の冬花の違いです。他人視点では無神経で情のない人間に見える冬花ですが、本人のパートでは、なぜ自分は人に嫌われるのか、なぜ人の気持ちを慮ることができないのか、心底悩んでいます。にもかかわらず、「悩んでいる」ということを上手に伝えることすらできません。それゆえ、「自分の言う通りにすれば守ってあげる」ときっぱり言い切る喜代に依存しきる事態となりました。もし冬花が子どもの頃から適切なケアの受けられる環境にいたならば・・・冬花の孤独な前半生を思うと、そんな「たられば」と考えずにはいられませんでした。

 

だからこそ、姉の月光が遅ればせながら冬花の孤独に気付き、無実を証明しようと奮闘する姿は頼もしかったです。「人の気持ちが分からない冬花は、喜代の悪意に気付いてもいなかったはず。それなら、冬花には喜代を殺す動機はない」そう確信した月光は、冬花に思いを寄せる男性・杉田らと共に事件について調べ始めます。ちなみにこの「チーム月光」の中で一番好感度が高かったのは、好奇心に駆られてついてきた月光の息子・光太郎。思春期らしく生意気ながら行動力があり、思いがけない大活躍をしてくれます。夫や姑もいい人だし、月光はホント、家族に恵まれてるよなぁ。

 

人の負の側面を見せつけられるイヤミスですが、後味は悪くなりません。なお、作中に登場する単語をインターネットなどで検索すると、あっさり謎が解けてしまう恐れがあります。できれば調べたりせず、最後の真相でびっくりしてください。

 

心の隙間に付け込まれた結果・・・度★★★★☆

悪魔すら足元をすくわれる度★★★★☆

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    「味なしクッキー」があまりにも衝撃的だったのでそれ以後読んでいませんが、岸田さんの作品を読みたくなりました。
     自分たちの世代と比べて双子が増えているような気がしますが、そのせいか双子をテーマにした作品も多いと感じます。
     単語の意味に謎解きの意味が込められているミステリーは好きですので楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      正直、衝撃度という点では「味なしクッキー」に軍配が上がりますが、こちらもなかなかですよ。
      双子の姉妹だけでなく、加害者でもあり被害者でもある喜代のキャラクターが強烈で、読んでいてハラハラしっぱなしでした。

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください