はいくる

「味なしクッキー」 岸田るり子

「ジャケ買い」という言葉があります。意味は「内容を知らないCDや本などを、パッケージのみに惹かれて購入すること」。何しろ内容を知らないわけですから、まるで好みに合わない商品を買ってしまって心底後悔することもある、それがジャケ買いです。

反面、ジャケ買いした商品が予想以上の良作だった場合、その喜びは大きいです。私の場合、人生初のジャケ買いはCDで、松任谷由実さんの『THE DANCING SUN』。「Sign of the Time」「砂の惑星」「春よ、来い」といった名曲揃いで、すっかりユーミンファンになった記憶があります。もちろん、ジャケ買いした本も色々ありますが、今回はその中の一冊を紹介します。岸田るり子さん『味なしクッキー』です。

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ある覚悟と目的を持ってパリを訪れた女、別れを決めた男女が口にする最後の晩餐、犯行現場で間違い電話に出てしまった男の運命、妊婦が知った元同級生の死の真相、間違い電話を機に生じた一つの疑惑、献身的な夫が妻を殺した本当の動機・・・・・すれ違い、もつれ合う男と女の運命を描いた珠玉のイヤミス短編集。

 

全編に漂う愚かさと哀しさの香りがなんとも好み!同じイヤミスでも、真梨幸子さんのドロドロや沼田まほかるさんのゾワゾワとはまた違う、キレのある文章が光ります。相変わらず料理描写が美味しそうなところが、作品の臨場感を盛り上げていますね。

 

「パリの壁」・・・覚悟を決めてパリに降り立った一人の女。女の目的は、パリに住むとある男を訪ねることだった。過去に罪を犯して逮捕された男と会い、女は何を果たそうとするのか。やがて明らかになる予想外の真実とは。

十三歳で渡仏した作者の表現力が光る第一話。短いながらも丁寧なパリの描写が、物語の雰囲気をよりエキゾチックなものにしています。中盤以降、白黒が次々と反転していく構成もお見事。個人的な意見ですが、岸田作品未経験の方には、まずこの話から読んでもらいたいものです。

 

「決して忘れられない夜」・・・別れを望む男に女が出した条件は、「最後に一緒に夕食を食べること」。男は渋々ながら女の作った豪華な料理を口にする。気まずい雰囲気で食事が進む中、女は恐ろしい真実を語り始め・・・・・

私が一番好きな話です。腹の内を探り合い、駆け引きを繰り返す男と女。男の身勝手さを上回る女の情念に背筋が寒くなりそうでした。そしてこのラスト、一部の人達にとっては発狂ものだろうなぁ・・・

 

「愚かな決断」・・・殺人の実行中、かかってきた電話につい出てしまった主人公。間違い電話だったため適当に相手をして切るものの、後日、とあるニュースを見て一つの疑念が生じる。もしや、これはあの電話に関わりがあるのでは・・・・・

冒頭で主人公が殺人犯だということが明かされる、いわゆる倒叙もののミステリー。秀才が秀才ゆえのミスを犯し、どんどん追い詰められていく展開がスリリングです。トリック部分の構成もしっかりしており、短いながら読み応えがありました。

 

「父親は誰?」・・・妊娠中の女性研究者は、ある時、自殺した元同級生の幽霊を目撃する。自殺した時、同級生は妊娠していたそうだが、父親は誰だか分からないままだった。何となく引っかかりを覚えた主人公は真相究明のため動き出すが・・・・・

これは見事にタイトルに騙されました。「ふとしたきっかけで過去の事件を調べ始めるヒロイン」というミステリーの王道パターンを使いつつ、一捻りあるオチに繋げる展開が秀逸です。レビューサイトなどを見ると、これが一番好きだという人も多いようですね。

 

「生命の電話」・・・「生命の電話」と間違えて、健康食品の会社にかかってきた悩み相談の電話。社長が対応するものの、後日、その悩み相談者と思われる人物が殺害された。もしやあの間違い電話と何か関係がある?従業員の女性は独自に推理を始め・・・

「ひょんなことから関わった事件を素人探偵が推理する」という、前作と形は違えどミステリーの王道を行くストーリーです。にもかかわらず、明らかになった真相の虚しさ・愚かしさは予想以上。悲しいかな、現実ってこんなものなのかもしれませんね。

 

「味なしクッキー」・・・妻と浮気相手との情事の場に乗り込み、妻を殺した夫。だが、浮気相手であるはずの男は、とっくの昔に事故で他界していた。夫が目撃した浮気現場は一体何だったのか。不釣り合いなほど美しい妻を娶った夫が辿る、あまりに哀しい運命とは。

妻と夫、交互の目線で語られることにより「とっくに死んでいる相手との浮気」という謎がよりミステリアスなものになっています。割とあっさり分かる真相の破壊力は作中でもトップクラス。どこかで何かが少し違えば、平凡な善人として生きられたであろう夫の人生が哀れでなりません。

 

作者本人が「ラストの着地が非常にブラック」とあとがきで述べているだけあって、どの話も後味は悪いです。それなのに読むのが辛くないのは、イヤミスにしては珍しく、主要登場人物たちに比較的共感しやすい内容だからでしょうか。一話一話のボリュームも短めですし、ダークな話をさくっと読みたい時にお薦めですよ。

 

味のないクッキーを食べると、その後味は・・・?度★★★★☆

このモヤモヤが癖になる度★★★★★

 

こんな人におすすめ

気軽に読めるイヤミスを探している人

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コメント

  1. しんくん より:

    図書館で「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ借り」はよくしてますが意外に内容が面白く当たりが多いです。
    この作家さん未読ですが、ブラックでイヤミスもあるのに共感出来るとは大変興味を惹かれます。
     辻村深月さんの短編ホラーに近いような内容の短編もありますが、読んでみたくなりました。

    1. ライオンまる より:

      私は当たり半分・外れ半分というところですが、これは当たりでした。
      所々で使われる京都弁が、ねっとりした雰囲気を盛り上げているんですよ。
      イヤミス好きならお薦めです。

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