はいくる

「定年オヤジ改造計画」 垣谷美雨

「濡れ落ち葉」という言葉が流行語大賞を受賞したのは一九八九年のことだそうです。意味は「濡れた落ち葉が払ってもなかなか落ちないように、主に定年退職後の夫が妻にべったりはりついて離れないこと」。男声差別だという意見もあったようですが、流行語大賞を取った以上、多くの国民の間に浸透していたことは事実でしょう。

特にある程度以上の世代の男性の場合、仕事以外に趣味や交友関係を持たず、定年後にやることがなくて妻にまとわりつくというケースが多いようですね。まとわりつくならつくで、何か手伝いをしてくれるならまだしも、手は出さずに口だけ出すから嫌がられる、という話をよく聞きます。人間百年というこのご時世、リタイア後の人生を豊かに過ごせるか否かは自分自身の努力次第です。どう努力すればいいか分からないという人は、これを読んでみてはいかがでしょうか。垣谷美雨さん『定年オヤジ改造計画』です。

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長年勤めた石油会社を定年退職し、しみじみ感慨に耽る主人公・庄司常雄。セカンドライフをどう過ごそうか、妻と旅行三昧でもしてみようか・・・と思いきや、自分が家庭内でお荷物扱いされていることを知ってしまう。夫源病を患う妻に、父親を「神話の世界に生きている」と冷笑する娘、同士のはずだったのに「親父ってずれてる」と呆れ顔の息子。居場所を失い、ただただ時間ばかりを持て余す毎日。そんな日々が、息子夫婦から孫たちの保育園のお迎えを頼まれたことで変わり始める・・・・・崖っぷちどころかすでに崖下にいた庄司の未来に光はあるのか!?

 

最初、タイトルを見て「ああ、定年退職したダメダメ夫を妻が改造する話ね」と思った私ですが、読んでみてびっくり、垣谷美雨さんの長編小説では比較的珍しい男性主人公の話でした。とはいえ、垣谷さんお得意のダメ男描写は相変わらず容赦なし!前半までは主人公に本気でイライラすること請け合いです。

 

主人公・庄司は石油会社を定年まで勤め上げ、悠々自適の楽隠居になったばかりの身。再雇用されるはずだった会社がすぐ倒産してしまい、必然的に家で過ごす時間が長くなります。そして気づかされる妻や娘からの冷たい視線。まるで相手にされない自分の価値観。最初こそ「誰のおかげで暮らせてこれたと思っているんだ」と憤慨する庄司ですが、やがて自分の考えがもはや通用しないことを悟らされます。さらに、息子夫婦の子ども達のお迎えをする羽目になったことで、庄司の行き詰った毎日に変化が生まれるのです。

 

繰り返しますが、物語開始時の庄司にはホントーーーーーーにイライラさせられます。「家族に尽くすのが女の幸せ。よって、それを辛いと感じる女はおかしい」だの「女には母性本能があるが、男にはない。だから男に育児は無理」だの「子どもの非行は百パーセント子育ての失敗が原因。すなわち全責任は母親にある」だの、世迷言としか思えない台詞を堂々と口にする男尊女卑男。夫源病で病院通いしている妻のことを、本人を前にして「怠け病」と言ってのけさえします。ああ、こうして書いていてまたイライラしてきた・・・

 

とはいえ、女性陣ばかりが全面的に正しいかというと、そういうわけでもありません。娘の百合絵は、無神経で鈍感ながら浮気も暴力もなく、まがりなりにも妻子のため必死で働いてきた庄司を、面と向かって「アンタ」呼ばわりします。また、妻の十志子は、娘が自分を庇うために父親と口論しているのに、ろくに物を言いもしません(口をききたくないほど夫に嫌気が差しているという見方もありますが・・・)。「男=頑迷な加害者」「女=虐げられた被害者」という単純な描き方をしていない辺りがなんとも巧いですね。

 

もう一つ印象的だったのは、作中での田舎の人間の描き方です。中盤、庄司は一人で里帰りし、すっかり年を取った兄姉達と語り合います。古き良き日本の田舎で育った兄姉達ならきっと自分の気持ちを理解してくれる・・・と思ったら、なんと彼らは庄司の偏った価値観を次々と論破。田舎で暮らす彼らは、その閉鎖性ゆえに住民が生活に困るところをまざまざと見てきました。「いつまでもこのままじゃいけない。今はネットだってあるし、新しい考えをどんどん取り入れなきゃ」と、実に公平かつ進歩的な考えを身に付けていたのです。何かというと時代遅れで閉鎖的な面ばかり取り上げられがちな田舎ですが、こういう描写はすごく面白いと思いました。

 

そんなこんなで凹んだり励まされたりしつつ、孫たちのお迎え係を経て「俺はじじいじゃない。じいじだ」と考えを改める庄司は、根っこは真面目な善人なんでしょう。それなりに優秀な勤め人だったらしい所から見ても、一度納得しさえすれば、素直に非を認める誠実さを持っています。そしてこの孫たちがめちゃくちゃ可愛い!最後にスカッとすることは保証するので、ぜひとも世の男性たちに読んでもらい、幸せなセカンドライフに備えてほしいものです。

 

育児は女性の方が向いている度☆☆☆☆☆

今後は息子が改造される度★★★★☆

 

こんな人におすすめ

ダメ親父の成長物語が読みたい人

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コメント

  1. しんくん より:

    垣谷美雨さんの新作ですね。
    いつも女性を主人公にして女性心理を描いた作品が多いのでこれは楽しみです。
    男性が家の中にずって居るのがイライラする女性の気持ちは伝わって来ますが、確か男性を主人公にした作品は「結婚相手は抽選で」~以来だと思います。
    自分は40代半ばで定年後のことも考えないと~と思いますが定年まで正社員でいられるかどうか?子供たちが自立するまで稼げるか?家のローンが払えきれるか?定年になっても働けるか?そのことばかりが心配です。それでもあっという間に定年はやってくると思いま。共感出来ることも多いようですが、新しい考えを取り入れようとする前向きな姿勢が楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      そうですね、「結婚相手は抽選で」以来初の男性主人公です。
      男性であるしんくんさんが読めば、また少し違った感想が生まれるかもしれませんね。
      「まだまだ乗り越えなきゃならないことはある」という雰囲気のラストも好みです。

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