近年、インターネット文化の発展ぶりは目を見張るものがあります。世に現れた当初は<調べ物をするのに役立つシステム>程度の扱いだった気がしますが、今やテレビや新聞、電話などに取って代わる勢いです。特に<技術があれば一般人でもテレビのような作品を作れる>という点から、ネット動画の数は日に日に増える一方。私自身、いくつか贔屓にしているチャンネルがありますが、中にはテレビ以上の企画力や構成力を感じるものもあって驚かされます。
とはいえ、ネット動画ばかりを一方的に賛美するわけにはいきません。この手の動画が魅力的なのにはいくつか理由がありますが、その一つは、プロが作るテレビ番組と違って自由度が高いからです。自由とは、捉え方を間違えれば暴走してしまうもの。場合によっては人の人生を大きく左右し、最悪、破壊してしまうことだってあり得ます。この作品を読んで、そんなことを考えさせられました。薬丸岳さんの『ブレイクニュース』です。
こんな人におすすめ
SNS社会の闇をテーマにしたサスペンス小説が読みたい人
不審な死を遂げた幼い少年、引きこもりの息子へ語り掛ける老夫婦の想い、冤罪で人生を滅茶苦茶にされた男の戦い、女教師の死から浮かび上がる現代の貧困、在留外国人への差別に隠れた意外な真実、軽率さが招いた大きすぎる代償の行方・・・・・現代社会の闇に鋭く切り込む『野依美鈴のブレイクニュース』。危険を省みず取材に臨む美女・野依美鈴は一体何者なのか。ニュースを通し、彼女は何をやり遂げようとしているのか。謎を追う記者は、やがて過去の事件に行き着いて・・・・・豊かさの陰に隠れた闇を描く社会派サスペンス
これはまさに今読むべき作品だと思います。インターネットがもたらした豊かさや恐ろしさ、良くも悪くも世論が動く様子にリアリティがあり、途中、何度かゾッとさせられました。作中で取り上げられる事件に、現実を思い起こさせる部分が多々あったせいかもしれません。五年後、十年後に読んでいたら感想が変わりそうなので、臨場感を感じられる時代に読んで良かったです。
「ブレイクニュース」・・・週刊誌記者である真柄の次なる取材対象は、大注目の美人ユーチューバー・野依美鈴。美鈴は『野依美鈴のブレイクニュース』というニュース動画を配信しており、その過激な内容や取材方法から世間の人気を集めている。そんな彼女が新たに目を付けたのは、四歳の少年の死亡事件。虐待の疑惑があるこの事件について、なんと美鈴は、死亡した少年の兄の顔を出したまま動画配信。結果、住所が特定され、兄弟の母は誹謗中傷の嵐に晒される。無節操なやり口に憤りを覚える真柄だが・・・・・
私自身、現実の事件を検証・考察するYOUTUBEが好きで、お気に入りの番組もいくつかあります。でも、こんな風にリアルタイムで起きている事件を、関係者に何一つ配慮することなく垂れ流すのは共感できない・・・と思ったところで、最後の一捻りが効きました。なるほど、このやり口は組織に属するマスコミにはできないかもしれませんね。弟を失った少年が、心から笑える日が早く来てほしいです。
「巣立ち」・・・長年引きこもり生活を続けてきた智は、現在、野依美鈴に乞われて動画撮影や編集の手伝いをしている。今回、ブレイクニュースで取材するのは、五十代の引きこもりの息子を持つ老夫婦。息子がブレイクニュースを見ていることを知り、動画を通じて自分達の思いを知ってほしいと言う。彼らの境遇に、自らの立場を重ねる智だが・・・・・
いわゆる<5080問題>を取り上げた話です。引きこもり、誰ともコミュニケーションを取らないまま年を取っていく子ども。自身の老いと戦いながら、子どもの再出発を願う親。出口の見えない両者の姿が切なく哀れでしたが、ラストは一筋の光が見えて安心しました。引きこもっている人間がインターネットに熱中するというのは現実にある話なので、そのインターネットを通じて交流を試みようというのはいいアイデアだと思います。
「嫌疑不十分」・・・身に覚えのない暴行疑惑により、仕事も家族も失った杉浦。失意の杉浦は、ブレイクニュースにすがることにする。自分の事件を徹底的に調べてもらい、無実が証明されれば、元の人生が取り戻せるはず。野依美鈴は依頼を引き受けつつ、杉浦に対し「私に隠し事はしないように」と告げ・・・・・
これは騙された!収録作品中、真相が明らかになる瞬間の驚きが一番大きかったです。でも、よくよく読み返してみると、引っかかる部分はあったんですよね。嫌疑不十分で放免された人間への風当たりの強さは、いかにもありそうで憂欝な気分にさせられますが・・・・・願わくば、罰せられるべき人間がきちんと罰せられますように!
「最後の一滴」・・・経済的に困窮し、パパ活で糊口をしのぐ女子大生・詩織。謝礼目当てにブレイクニュースからの取材依頼を引き受けるも、その胸中は複雑だ。そんな中、詩織はパパ活中に偶然顔を合わせた女性が、ホテルで自殺を遂げたことを知る。懸命に生きていた女性を自殺に走らせた<最後の一滴>とは。
「パパ活?そんなに、贅沢好きな甘ったれ女がやることでしょ」という偏見に一石を投じてくれる話でした。もちろん、うきうきわくわくでパパ活を楽しんでいる人もいるのかもしれませんが、パパ活という手段でしか生きていけない人が現代日本に存在することもまた事実。経済的に困窮し、周囲の助けも得られず、追い詰められていく女性達の姿がやり切れませんでした。卑劣なヒヒジジイが痛い目に遭って良かった!
「憎悪の種」・・・ブレイクニュースの手伝いをすることになった詩織に対し、美鈴が指示したのは、ヘイトスピーチを行うグループのメンバーと接触すること。このグループは在留外国人に対して悪質なデマや中傷を流し続けており、そのせいで生活が立ち行かなくなった外国人もいるという。思うところはありつつ、素性を隠してメンバーと接触する詩織だが・・・・・
前のエピソードで、勇気を持って一歩踏み出した詩織が苦境に立たされる場面が辛い・・・それと並行して、外国人に対するヘイト問題が描かれます。単純かつ卑怯な差別問題かと思いきや、明かされた真相は想像以上に複雑なものでした。たぶん、この人はこの人なりに真剣だったんだろうけど、やり口は間違っているよなぁ。あと、沙紀は自分がやったことを猛省してください。
「正義の指」・・・旅行会社の関係者が人気俳優の利用情報を発信したことで起きた炎上事件。間もなく発信した女性社員の名前が晒され、ネットで攻撃され続けた社員は自殺を図ってしまう。ブレイクニュースは、女性社員の名前を晒した犯人を見つけ、動画で取り上げるのだが・・・・・
ネット上で気軽に取った行動が大騒動になるケースは、現実にも存在します。その行動によって直接被害を受けた人間が怒り、償いを求めるのは当然のこと。ですが、得てしてこういう場合、大騒ぎするのは何一つ被害を受けていない他人なんですよね。おまけにこの手の人達って、自身を<悪事を許さない正義の味方>と思い込んでいるから始末が悪いです。正直、ネットでの誹謗中傷に対してはもっと刑罰を重くしていいと思いますが、すぐには難しいのでしょうか。
「ハッシュタグ」・・・ある日、一人の医師がホームに飛び込み自殺した。妻曰く、この医師は長年外科部長から凄まじいパワハラ被害を受けていたという。外科部長は病院長の息子の上、現首相との繋がりもある一族のため、誰も手出しできないのだそうだ。なんでもこの病院では、四年前にも自殺した医師がいるらしいのだが・・・・・
野依美鈴の正体と、彼女がブレイクニュースを作った真の目的が明かされます。あまりに悲しい彼女の過去、最後の最後で一瞬弱々しい姿を見せる場面が辛い・・・救いは、味方になってくれる人もちゃんといることですね。第一話では美鈴に反感を持っていた真柄が、今度は支持する側になって一安心。最低最悪なパワハラ医師に、さっさと制裁が下ってほしいです。
第一話から六話までは、基本的に<ニュースが取り上げられる→意外な背景が浮かび上がる>という流れですが、最終話のみ、あえて結末がぼかされています。この病院の問題はどうなるの?美鈴の目的は果たされるの?詩織の生活は改善されるの?智の引きこもり問題はどうなったの?・・・等々、疑問がいくつか残りますが、これはいずれ続編が出るという布石なのでしょうか。出たらもちろん、すぐ読みますよ。
インターネットは諸刃の刃・・・度★★★★★
自分の言動に責任を持ちましょう度★★★★★
薬丸岳さん独特の腹が立つほど理不尽な背景の設定からジワジワと真相に近づいていく展開がありそうです。
複雑な伏線に敢えて結末をぼかす終り方も健在ですね。
読んでみたくなりました。
薬丸岳さん、SNSをはじめとするネット上のあれこれについて、相当勉強されたんだと思います。
いかにも現代らしい価値観、文化の描写が秀逸でした。
もしかしたら、「刑事のまなざし」のようにシリーズ化の構想があるのかもしれません。