日本人は、神様との距離がとても近い民族です。この世のありとあらゆるものに神様が宿り、人間と絡むエピソードも実に豊富。神様と人間が結婚したり、いたずら好きの神様が人間にやり込められたり、神様がだまし討ちにされたりと、他宗教からすれば信じられないような話が山ほどあります。
神様との距離が近いせいか、日本では生きた人間を神様扱いすることも珍しくありません。菅原道真や徳川家康のように、本当に神社に祀られる例もありますし、特定の分野で多大な功績を挙げた人間を<〇〇の神様>と称することも多々あります。後者の場合、神社に祀るよりハードルが低いこともあって該当者数も多く、誰しも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。今日は、<ショートショートの神様>と称される星新一さんの短編集『ボッコちゃん』を取り上げたいと思います。
こんな人におすすめ
完成度の高いショートショート集に興味がある人
美しいロボットが導く予想外の結末、なんでも吸い込む穴が巻き起こした大騒動、殺し屋を名乗る女の意外な正体、子ども達と宇宙人が交わした約束の顛末、幸福な社会を守るための唯一の代償、悪魔を捕まえた夫婦の残酷な運命、心優しい宇宙人から送られたおみやげの行方・・・・・作者には、未来が見えていたのだろうか。ショートショートの神様が贈る、魅力たっぷりの掌編小説集
思えば、私が児童文学から大人向けの小説に移行したきっかけは、星新一さんの作品を読んだことだった気がします。それから現在に至るまで定期的に読み返していますが、いつ読んでも、その完成度の高さに驚かされっぱなしです。文章は平易、小難しい概念や用語は一切ないにも関わらず、未来や魔界や宇宙といった世界を生き生きと描写し、オチは切れ味鋭いことこの上なし。それだけ魅力的な話を、なんと一話数ページの分量で描ききってしまうのですから、まさに<神様>と称されるに相応しい筆力だと思います。おまけに、昭和中期から平成初期に書かれた作品に、<インターネット><SNS><マイナンバー>等を思わせる概念が登場していて・・・・・この方の頭の中は、一体どうなっていたのでしょうか。ショートショートなだけあって収録作品数が多いので、お気に入りの話をご紹介します。
「ボッコちゃん」・・・とあるバーのマスターが、面白半分で作った美しいロボット<ボッコちゃん>。簡単な受け答えしかできないものの、その美貌とクールな態度に多くの男達が惹きつけられ、店は大繁盛する。そんなボッコちゃんに、一人の青年が夢中になってしまうのだが・・・・・
星新一さんの代表作にして出世作、インドやユーゴスラビアでも翻訳紹介された有名小説です。心を持たないロボットに、そうと知らず骨抜きにされた男の哀れさと、巻き込まれた人間達の末路がなんともショッキング。これほどの大事件を引き起こしたロボットの製作動機が、「美人ロボット作れば面白そうだし、儲かるかな」という軽いものだというところ、実に皮肉ですね。
「おーい でてこーい」・・・とある野原に空いた巨大な穴。どれだけ調べても底が分からないほど深いため、世界中の人々がゴミ処理場として利用するようになる。生活ごみも、犯罪被害者の遺体も、核廃棄物も、穴はすべて飲み込んだ。それから時が流れたある日、かつて穴を発見した男の耳に、覚えのある声が聞こえ・・・・・
星新一さんの作品には「調子に乗った人間が、最後にしっぺ返しを食らう」というパターンがしばしばあるのですが、その好例といえる話でした。ラスト、際限なくゴミを飲み込んでくれる穴に頼り切っていた人類は、壮絶な報いを受けるのでしょう。ただ、現実においても地球のごみ処理問題は深刻で、未だ明確な解決策は編み出されていません。もしかしてこの話は、近い将来の人類を暗示しているのでは・・・と不安になってしまいます。
「殺し屋ですのよ」・・・ある人物への殺意を募らせる男の前に、一人の女性が現れる。「殺し屋ですのよ」。自身をそう名乗った女は、男の殺意を見抜き、絶対に殺人だとバレない方法で相手を殺してくれるという。報酬は完全後払い。「私の仕事ぶりを見れば、必ず報酬を払いたくなる」。女の様子に心動かされた男は、ダメで元々のつもりで殺害を依頼するのだが・・・
前に取り上げた二話が大惨事を予感させるものだったの対し、こちらは小粋でウィットに富んだ作風です。「殺し屋ですのよ」という、令和の時代ではなかなか耳にしない古風な言い回しが、作品の時代不詳な雰囲気を盛り上げていました。女殺し屋の正体と、その<殺害方法>がとてもユニーク。どうかすると、この方法で実際に殺し屋家業がやれてしまう気がしますが・・・不心得者が現実に存在しないことを祈りましょう。
「月の光」・・・その富豪には秘密がある。混血の少女を、赤ん坊の頃からペットとして自宅で育てていることだ。少女に対して邪な思いは一切ない。会話も読み書きも教えず、手ずからのみ食べ物を与え、純粋な愛情を注ぐ日々。そんなある日、富豪は事故で入院してしまい・・・
星新一さん独特の、皮肉の効いたどんでん返しがないにも関わらず、「好きな星新一作品は?」と聞かれた人の多くがタイトルを挙げる名作です。大富豪と、言葉を教えられずペットとして生きる少女、月光、スイレン、リボン、お菓子、フルーツといった描写がものすごく抒情的。そこに性的な欲望は一切なく、少なくとも本人達主観では純粋な愛情で満たされていたのでしょうが・・・見方を変えると、残酷なエゴ以外の何物でもありません。結果として悲劇が起きてしまうものの、その悲劇の描写までもが美しく、ラストシーンは一枚の絵画のようですらありました。
「暑さ」・・・猛暑の日、一人の男が交番にやって来た。曰く「昔から、暑いと無性にイライラし、暴力衝動に駆られる。まだ犯罪は何も犯していないが、いずれとんでもないことをしてしまいそうだから、逮捕してほしい」とのことだ。何もしていないのに、逮捕なんてできるはずないだろう。適当にあしらって追い返そうとする警官に対し、男は子どもの頃からの思い出話を語り始め・・・・・
こ、怖っ・・・!!いわゆる<意味が分かると怖い話>系の話ですね。最初から最後まで、具体的な犯罪は一つも出てきていないにも関わらず、今後の惨劇を予感させる描写力に圧倒されました。自首してきた男が、本気で自分を止めてほしがっているであろうところが余計に怖いです。悲劇を防げるかどうかは、ここで対応しているお巡りさんの頑張り次第。いや本当、頑張ってくれよマジでと願わずにはいられません。
「生活維持省」・・・世界は平和で、豊かで、満ち足りていた。全人類が幸福を享受していた。その幸せを守ろうと、生活維持省に勤める役人達は今日も職務に邁進する。彼らの役目は一つ。平和な社会のため、<政府の方針>を実行していくことで・・・・・
これも星新一さんの代表作の一つです。何不自由ない幸福な社会を維持するための法律とは、一体何なのか。中盤で明かされる真実と、その法律を淡々と受け入れている生活維持省職員の姿が読者の心に突き刺さってきます。なお、この話は、間瀬元朗さんの漫画『イキガミ』との類似点が私的され、一時期、騒動になりました。個人的には、ネタは似ているかもしれないけれど、その後の切り口は違うのでOKな気もするのですが・・・いかがでしょうか?
「冬の蝶」・・・冬の夜、一組の夫婦が自宅で穏やかな時間を過ごしている。次の瞬間、家中のすべての製品が動きを止めた。どこかで大規模な停電が起こったのか。夫婦は戸惑うも、通信システムが停止したため外部と連絡は取れず、空調機も止まったため室内は急速に冷えていく。どうやらこの事態は、この家だけでなく社会全体に及んでいるようで・・・
なぜ停電が起こったのかは、作中では明かされません。戦争なのか、異星人の侵略なのか、ただの故障なのか、最後まで不明のままです。何も分からないまま、恐らくすべてのテクノロジーが停止し、人類は静かに滅んでいくんだろうな・・・と予感させる構成が秀逸です。現実社会においても、例えば電気系統やインターネットがある日急に完全停止したら、世界中が大混乱に陥るでしょう。そのまま各地で衝突が起きれば、人類存亡の危機に陥る可能性すらあります。それを想像すると、この話は決して絵空事とは思えず、ゾッとしてしまいました。
「ゆきとどいた生活」・・・近未来、テクノロジーは急速な進化を遂げた。今や、人類は自ら労力を使って生活していく必要などない。その場にいるだけで、機械が食事も身支度も出勤もすべてサポートしてくれる。それは不満などない完璧な暮らしに思われたが・・・・・
ザ・星新一!といわんばかりの、皮肉と風刺に満ちた作品です。朝は機械が優しくベッドから起こしてくれて食卓に運ばれ、栄養満点の食事が供され、黙って座っている内に完璧に身支度が整えられ、ベルトコンベヤーのように目的地に移動させてくれる。なんて便利な生活・・・と思わせてからのラストが衝撃的でした。最後の一行は、読了後何年経ってもはっきり記憶しています。
「闇の眼」・・・人里離れた土地に建つ一軒の家。そこでは、一組の夫婦と、彼らの一人息子が暮らしている。屋内は真っ暗。実はこの家の子どもには超能力があり、真っ暗な中でも、周囲の状況を正確に知覚できるのである。異能を持ちながら、溌剌と育っていく息子。対照的に、両親の表情はいつも翳りを帯びていて・・・・・
なぜ両親は家の中を真っ暗にしておくのか、ラストで察せられた時は「ああ・・・」という感じでした。超能力を持つ息子は、視覚に頼らずとも周辺環境が分かるため、明かりは必要ないのかな・・・と思いきや、たぶん、自分たちが息子の姿を見たくなかったんだろうなぁ。この子の将来は、一生モルモット扱いか、社会で異端視されるかの二択になりそうで、暗い気持ちにさせられます。
「ある研究」・・・男はある研究に夢中になっていた。この研究がうまくいけば、きっと人類史に残るような業績となるはず。そう確信して取り組むも、なかなか成果は出ず、周囲も彼を理解しない。妻さえ、うだつが上がらない夫に呆れ果て、愚痴を言うばかり。結果が出ない研究の日々に、男はついに白旗を上げ・・・・・
おーっと、これは予想外のどんでん返し!男の研究の真相と、彼らの周辺事情が分かった時はニヤリとしてしまいました。妻の「毛皮が欲しい」って、そういう意味だったのね。でも実際、アレは人類史上稀に見るレベルの大発見だっただろうし、もしかしたら本当にこういうやり取りもあったのかも?現実の研究者の方々も、こういう苦境に立つことが多々あるのでしょうが、決して屈せず頑張ってほしいです。
「おみやげ」・・・遥か昔、高度な文明を持つ異星人が、友好のため地球を訪れた。だが、残念なことに地球は原始時代であり、異星人と交流できる文明レベルではない。そこで異星人は、自身達が持つ技術を惜しみなく図面や書物として書き記し、強固なカプセルに入れて砂漠に隠した。いつか、このカプセルを開封できるレベルの知的生命体が現れれば、きっと喜んで社会のために役立ててくれるだろう。それから長い長い時が流れ、人類は高度な文明を築くに至るのだが・・・・・
教科書に載ったこともあるほどの有名作品です。友好的な異星人が残していった、人類の発展に役立つであろうおみやげの数々。その、あまりといえばあまりな顛末に唖然とさせられること必至です。おみやげを巡って各国が争奪戦、とかいうありきたりな展開にはならないんだなぁ。人類の発展が、結果的に人類を滅ぼすという暗示ではないかと勘繰ってしまいました。
これらのレビューを読んで「星新一さんは未読だけど、この話、なんだか覚えがあるぞ」と思った方も多いかもしれません。それもそのはず。星新一さんの作品はその完成度の高さから、映像化されることが多いんです。今回取り上げた話も、「ボッコちゃん」「おーい でてこーい」「殺し屋ですのよ」「月の光」「生活維持省」「おみやげ」が実写やアニメ化されています。NHKオンデマンド等で視聴できる作品もあるので、良ければ探してみてください。
一話一話のレベルが高すぎる度★★★★★
いつの時代に読んでも古臭くない度★★★★★







