はいくる

「5分で読める!ひと駅ストーリー 猫の物語」 このミステリーがすごい!編集部

コロナが流行り、自粛生活を強いられるようになってから、巷では猫ブームが起こったそうです。犬と違って散歩不要、過度に構ってやる必要もなく、マーキングの習性がないからトイレも楽、家にこもりきりの生活に癒しが生まれる・・・確かに一見、いいことだらけのように思えます。

しかし、生き物を飼うということは、そんなに気楽なものではありません。何しろ相手はぬいぐるみではなく、平均で十年以上生きる生き物です。思い通りにいかないこと、困らせられることなど山ほどあるでしょうし、身も蓋もない話、安くないお金もかかります。「それでも猫でしょ。飼うなんて楽ちん楽ちん」などと思う方、この作品を読めば猫を甘く見る気持ちなど吹っ飛ぶかもしれませんよ。「このミステリーがすごい!」編集部による『5分で読める!ひと駅ストーリー 猫の物語』です。

 

こんな人におすすめ

猫をテーマにしたアンソロジーが読みたい人

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飼い猫を溺愛する女が踏み出した禁断の一歩、猫の法廷で裁かれることになった飼い主の運命、子猫への苦情に鬱憤を募らせていく男の秘密、若夫婦が入居したマンションの謎の規約、未来からやって来た猫型ロボットの本当の使命、飼い主を殺された猫の戦慄の復讐劇・・・・・その眼差しから、果たして逃げ切ることができるのか。人気作家三十三名が贈る、ミステリアスな短編小説集

 

私の一押しアンソロジー『5分で読める!』シリーズの中の一つです。今回お題となっているのは<猫>。このテーマにふさわしく、おどろおどろしい怪談話から、ほのぼのしたヒューマンストーリー、猫ではなく人の恐ろしさがあぶり出されるサイコサスペンスまで、相変わらずバラエティ豊かな佳作が収録されています。以下、特にお気に入りの話をご紹介しますね。

 

「愛しのルナ  柚月裕子」・・・家族にも友人にも恵まれず、孤独に生きる主人公の唯一の楽しみは、飼い猫のルナを愛でること。ふと思いついてルナの動画を動画サイトに投稿してみたところ、たちまちネット上で大人気になる。幸福に浸る主人公は、一つのコメントに気付き・・・・・

柚月裕子さんの短編集『チョウセンアサガオの咲く夏』収録作品です。語り手のルナへの行き過ぎた愛情が、文章の端々から伝わってきます。でもまさか、愛が溢れるあまりこんな行動に出てしまうなんて!本人は満足のようだけど、この先、どうやって生きていくつもりなんだろう・・・

 

「ネコが死んだ  新藤卓広」・・・主人公のもとに飛び込んできた、幼馴染の根本健夫、通称ネコの死の知らせ。子どもの頃から元気一杯で快活だったネコだが、ある時から気難しくなり、徐々に主人公とも疎遠になる。そんな中、ネコが全国的に有名になる日がやって来て・・・

ここで出てくるのは本物の猫ではなく、<ネコ>というあだ名の少年。少年時代のネコとの思い出がほのぼのとノスタルジックな分、少しずつネコが道を踏み外していく描写がやるせないです。最後に明かされるネコの現在に呆然としてしまいました。

 

「極刑  小林ミア」・・・ふと気づくと、なぜか猫達により裁判にかけられていた男。男が飼い猫・ベルの毛刈りをしたり、遊ぶ様子の動画撮影を行ったりしたことが、猫達には暴行や名誉棄損に値するという。必死に弁明する男に、裁判長は極刑を言い渡し・・・

飼い主が良かれと思ってした行為の数々が、猫にとっては苦痛だったとしたら。猫法廷という場面のせいで妙にコミカルに感じられるけれど、こういう行き違いは決してあり得ない話ではありません。ラスト、男の運命を見るに、あの法廷は夢ではなかったのでしょうか。

 

「隣りの黒猫、僕の子猫  堀内公太郎」・・・早朝から隣室の女に騒音で苦情を言われ、苛立つ主人公。子猫を飼い始めたのだから、仕方ないではないか。かくいう隣りの女だって、こっそり黒猫を飼っているくせに。そうこうする内、主人公の部屋に、隣りの黒猫がこっそりやって来て・・・・・

ミステリーやサスペンスに慣れた読者なら、なんとなく真相を察しそうな気がします。分かってみれば、あの描写もこの描写も気色悪いやらおぞましいやら・・・ただ、諸悪の根源に報いはあるので、後味は悪くありません。こういう逆転劇は読んでいて気持ちいいですね。

 

「猫物件  吉川英梨」・・・正孝と朱美の夫婦は、格安でタワーマンションの一室を買う。安く買うための条件はただ一つ、入居者は全員猫を飼うこと。だが、契約直後に朱美の妊娠が発覚し、子どものアレルギーの有無が分かるまで飼育を延期することに。間もなく夫婦の身辺では不審な出来事が起こり始め・・・・

ジャパニーズホラー好きには堪らない話ではないでしょうか。格安マンションの不可解な規約とか、秘められていた過去の惨劇とか、読んでいてドキドキハラハラしっぱなし。なんとなく推測はできつつ、真相は闇のままという所もいかにも日本の怪談っぽいです。膨らませて長編にしても面白そうですね。

 

「十二支のネコ  上甲宣之」・・・ある嵐の夜、猫カフェを営むみのりのもとに、疎遠だった旧友・眉美が現れる。曰く、眉美の夫・陽市が行方不明になっており、持ち物を調べたらみのりの猫カフェのレシートが出てきたという。かつて、みのりは陽市に恋心を抱いていたが、彼の海外留学を機に関係は途絶えていて・・・・・

友情と嫉妬が絡み合う女同士のやり取りに、猫という生き物がぴったりマッチングしていました。こういう場合、単なる友情復活ストーリーで終わらないのが、ミステリーのお約束。不穏な余韻を感じさせるラスト、実に好みです。十二支に関する考察、意外とそれが正解だったりして!?

 

「猫型ロボット  水原秀策」・・・未来から来た猫型ロボット・ノラの使命は、怠け者の小学生・阿比留君を守り助けること。今は甘ったれで泣き虫の阿比留君だが、将来、大企業の不正を暴く告発者になるのだ。明るい未来のため、ノラは阿比留君の願いを次々叶えていき・・・・・

あらすじを読んで察せられる通り、恐らく日本一有名な猫型ロボット作品のパロディです。あまりに有名すぎて、けっこうブラックな改変がなされることが多い作品ですが、この話のオチの皮肉さもかなりのもの。でも、まあ、自業自得と言ってしまえばそれまでなんですけどね。

 

「好奇心の強いチェルシー  中山七里」・・・些細ないざこざから、同棲相手の女性を殺してしまった主人公。家の壁に死体を塗りこめて隠蔽を図るも、女性の飼い猫は毎日カリカリと主人が埋まった壁を引っかき続ける。そんなある日、とうとう主人公の前に刑事が現れて・・・・

最後にご紹介するのは、安定の中山七里さん。モチーフにしているのは、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』でしょう。本家と同様、この話の主人公も、猫によって地獄に突き落とされます。ただ、その突き落とされ方が予想外。猫の仕業か、はたまた狂気の為せる業か、解釈の分かれるラストが秀逸でした。

 

どちらかというとイヤミス寄りの作品が多いのですが、表紙はものすごくほんわかと可愛らしいです。この表紙から、愛らしい猫による癒し小説を想像していると、けっこうショッキングかもしれません。「このミステリーがすごい!」編集部による作品ということを念頭に置いて読むことをおすすめします。

 

ほっこり系の話は少なめなのでご注意を!度★★★★★

本当に一話約五分で読めます度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    柚月裕子さんの短編は「チョウセンアサガオの咲く夏」に収録されていたとありますが覚えていないです。吉川英梨さんと中山七里さん以外は知らない作家さんです。
     33名もいるので他にも知っている作家さんが描いているようで面白そうです。
    「極刑 小林ミア」が特に面白そうです。
     福岡県に住んでいた頃、寮まで付いてきた猫に餌をあげてしまい何度か部屋に入ってその度に餌をあげていましたが、今思えばするべきではなかったと思います。
    「暗黒の中国史」はいかがでしたか。
     中国のコロナが収まった頃に何か動き出しそうで不安です。
     

    1. ライオンまる より:

      全体的にブラック寄りの雰囲気で、イヤミス大好き人間の心をくすぐってくれました。
      猫の餌やり、私も子どもの頃はやったことあるなぁ。
      本当は、飼わない以上、心を鬼にして突き放さないといけないんですよね。

      「禁断の中国史」、読了しました。
      想像以上に生々しく残酷な内容で、ホラー作品を読んだ時のような衝撃を受けました。
      印象的だったのは、「日本は歴史上、たった一度しか占領を経験しておらず、その一度は稀に見る緩いものだった。だから、日本人は侵略・占領の恐ろしさを分かっていない」という箇所。
      まったくもってその通りで、今後、何かしら起こった時にどんなことになるのか、不安が募ります。

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